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婚約破棄された魔力無し令嬢ですが、塩対応だった義弟から実はド執着されていました  作者: 三日月さんかく


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31:従妹との対決①



 筆跡鑑定の結果、ホロウェイ伯爵の論文に書かれた文字はマデリーンの文字と一致していることが判明した。

 それからずっと、私の気持ちは落ち着かない。

 マデリーンの動機を考えても仕方がないので、他のことで気を紛らわせようとするのに、なかなか上手くいかず、結局『仲良しの従妹だと思っていたのに、そうではなかったのか……』と、気落ちしてしまうのだ。


 スノウのほうでも気を使ってくれているのか、私のことをそっとしておいてくれている。

 おかげで彼との関係も進展せず、日々がなんとなく過ぎて行ってしまう。


「……せっかく魔力が戻ったというのに、これでは役立たずと変わりませんわね。とりあえず、また街へ出かけてみましょう。前回買い損ねたパンもほしいですし」


 スチュムパーロス鳥が討伐されたおかげで、風車小屋の職人たちも以前のようにしっかり働けるようになり、パン屋の店主やおかみさんも『店を再開出来ました。ルティナ様、ありがとうございます!』と、新作パンを屋敷に持ってお礼に来てくれた。

 領民の役に立てて良かったと本当に思う。

 やはり大好きなこの土地の人々には、いつも笑顔で暮らしていてほしいわ。


 私はアンネロッテに馬車の手配をお願いした。


「ルティナお嬢様、街に出掛けられるのでしたら護衛の騎士をつけましょう」

「前回はつけなかったのに、今回はつけるんですか?」

「前回ルティナお嬢様が魔獣と遭遇したので、スノウ様からきつく言い渡されたんです!」

「あらあら……」


 いつか現れるかもしれないマデリーンに対する警戒もあるのでしょう。

 魔力を取り戻した今は、正直彼女に負ける気はないのだけれど……。スノウの配慮がくすぐったかった。


「では、騎士の手配もお願いしますね」

「はい。お任せください!」





 まずはパン屋に寄り、屋敷の者たちの分も含めてたくさんパンを買う。

 気を利かせてくれた店主がパンを屋敷まで配送してくれることになったので、急いで帰る必要はなくなり、アンネロッテと護衛の騎士一人を連れて広場のほうへ向かう。


 広場は領民たちの憩いの場となっており、その賑わいを感じながら噴水まで歩く。

 シンボルとなっている噴水は魔石を原動力として動いている。私がいない間に水の出方が変化したと聞いていたので、見に来たかったのだ。


「わぁ、とっても素敵。以前は水が単調に吹き上がっているだけでしたが、今は水がクルクルと回転しているのですね」

「スノウ様がお考えになられたんですよ。夜には噴水の周りに灯りが点って、とても綺麗なんです。恋人たちのデートスポットになっているんですよ。ルティナお嬢様もスノウ様と訪れてはいかがですか?」

「スノウとですか……」


 アンネロッテからのなんとも答えづらい提案にまごついていると、突然、横から「ルティナ!」と名前を呼ばれた。


 声のするほうへ顔を向けると、ローブのフードで顔を隠す人物が立っていた。

 けれど、背格好や先ほどの声から、その人物が誰なのか推測出来てしまった。


「……マデリーンなのね」

「ええ、そうよ」


 彼女がフードを外すと、愛らしいマデリーンの顔が現れる。

 でも、マデリーンの表情はとても疲れていて、肌や髪に艶がなくなっていた。ローブも汚れがひどく、かなり無茶な旅程で王都からエングルフィールド公爵領までやって来たことが伺えた。

 マデリーンの薄紫色の大きな瞳だけが、怒りでギラギラと光っている。


 彼女の異常な様子に、騎士が私の前に立った。

 こちらの警戒を見たマデリーンはクスッと笑う。


「私が帰ってきたことに、あまり驚いていないみたいね、ルティナ?」

「……正直、半信半疑でした。王太子殿下の婚約者になったからには自由に里帰りすることは出来ませんから」

「でも、私が会いに来る可能性がることは分かっていたのね。なら、愚鈍なルティナでも、ようやく気付いたのね。私があなたの魔力を奪って、後釜に座ったことを」

「……はい」


 マデリーンの言葉に痛みを覚えながらも、私は頷く。

 私は他人の気持ちに鈍感で、スノウの愛情にも長年気付かなかったように、マデリーンから嫌われていたことにも気付かないでいたのでしょう。


「結果として私の魔力は戻っていますし、アラスター殿下の婚約者の地位に未練もありません。だから、マデリーンが私に行ったことは許します。……でも、一つだけ聞かせてください。私の魔力を奪おうとした理由はなんだったのでしょうか? もし、私が知らないうちにあなたを傷付けていたのだとしたら、それで恨まれていたのなら、あなたに謝罪がしたいですわ……」


 私がそう言った途端、マデリーンは笑った。


「アハハハハ! 本当にお人好しの馬鹿なんだから、ルティナは! 私に謝ってくれるの? なら、地べたに頭を擦りつけて謝罪しなさいよ! 『生まれてきてごめんなさい』って!」

「……マデリーン」


 そんな酷い言葉を強要されるとは思わなかった。

 私どころか、命をかけて生んでくださった母や、妻を失った悲しみの中でも私の存在を喜んでくれた父に対しても、酷い言葉だった。


 マデリーンの歪んだ笑顔を、私は絶句して見つめることしか出来ない。


「あら、その表情いいわね、ルティナ。いかにも『傷付いています』って感じで。……でも、私のほうがずっとあなたに傷付けられてきたわ? 私より家格も上で、私のほしいものはなんでも買ってもらえて、見た目も華があって、……その上、魔力量も私を上回っちゃった。幼い頃は私のほうがアラスター殿下の婚約者として有力視されていたのにね!」


 固まったままの私を守るために、騎士がマデリーンに「それ以上はおやめなさい」と声をかけた。


「エイベル侯爵令嬢といえども、そんな暴言は許されない。これ以上の罪を重ねる前に、騎士団へ連行いたします。侍女はスノウ様へ連絡を」

「はっ、はい! すぐにスノウ様のところへ……」

「はぁ~。そういうのが本当に腹が立つのよ」


 マデリーンは水魔法を放ち、一瞬で騎士を倒してしまった。


「なんて酷いことを……!」


 私は慌てて、騎士の状態を確かめる。どうやら大きな怪我はなく、気を失っているだけのようだ。

 アンネロッテはスノウを呼びに行くために、急いでこの場から離れていった。


 マデリーンの怨嗟がなおも続く。


「いつだって皆にチヤホヤされるのは本家直系のルティナばかり。私はいつも二番手で可哀想。私を褒めそやしていた相手でさえ、ルティナが現れた途端に私に見向きもしなくなるのよ」

「そ、れは……、ただ、私が公爵令嬢なだけで……」

「そう! ルティナはただ生まれる時の運が良かっただけなの!」


 身分がハッキリと分かれているオルティエ王国では、侯爵令嬢のマデリーンよりも公爵令嬢の私のほうが優遇されるのは普通のことだ。

 でも、マデリーンだって伯爵令嬢や子爵令嬢より優先されてきたはず。

 貴族の下には庶民がいて、庶民の中にも下位貴族より裕福な人もいれば、今日の食事にも困っている貧しい人もいる。

 もしもマデリーンが『世界のすべての人に平等な暮らし』を願っているのなら、まだいい。夢見がちだけれど、優しい人だ。

 でもマデリーンは、身分差を取り払ってすべての人を幸せに導きたい改革者ではないのでしょう。

 侯爵令嬢として自分が享受している恩恵に満足出来ず、ただ身分が上の私を妬んでいるだけなのだ。


「運が良かっただけのくせに、私の上に立っているルティナが昔から大っ嫌い! だからルティナの魔力を奪って、私がアラスター殿下の婚約者になったのよ! これで世界は正しいの!」


 マデリーンから向けられてくる僻みの感情が、ただただ悲しい。

 もうこのまま彼女と縁を切ってしまいたかった。


「……マデリーンの気持ちは分かったわ。私はもうアラスター殿下の婚約者に戻る気はありません。私の魔力量が戻ったことを王家に黙っていれば、マデリーンはそのままアラスター殿下の婚約者でいられると思います。だから、もう城にお帰りください」

「馬鹿ねぇ。そういうわけにはいかなくなったから、わざわざ私がここまでルティナに会いに来たんじゃない」

「どういうことでしょうか?」

「アラスター殿下に寵愛されるためには、『災害級』の魔獣討伐に成功しなくちゃいけないの。でも私、ルティナや他の婚約者たちより魔力量が少ないから」

「マデリーンの魔力量なら、十分アラスター殿下の婚約者でいられる範囲です。あとは経験値を上げて、攻撃魔法を磨けば、『災害級』の魔獣相手でも勝てるはずです」

「そんな泥臭い努力はしたくないのよ! 怪我するかもしれないのに、怖いじゃない!」

「ですが、それが高位貴族としての責務で、王太子殿下の婚約者に求められることですよ……?」


 そんな当たり前のことの何が問題なのか、よく分からない。

 確かにとても疲れるけれど、魔獣なんてバーンと倒せばいいだけなのに。アラスター殿下も、クリステルもアダリンもフェリシャもそうしているし、国王陛下と四人の王妃様はさらに派手に戦っている。


 けれど、ふいに思い出す。

 マデリーンが領地の魔獣討伐に全然参加していなかったことに。


「だから、今度こそルティナの魔力を奪い尽くして、私のものにしないといけないのよ! 前回使った魔石のレベルがイマイチだったから、失敗しちゃったけれど。今回はこれがあるから大丈夫!」


 マデリーンがそう言ってローブのポケットから取り出したのは――……どう見ても『災害級』の魔獣から取れた魔石だ。一般には流通せず、王家が管理しているものである。


「まさか、マデリーン……。王家の保管庫から盗み出したのですか……?」

「盗み出しただなんて、人聞きの悪い女ね。ちょっと借りただけよ。今の私は王家の一員なのよ? アラスター殿下に貢献するために魔石を使うのだし、どうせ彼の寵妃になるのだから、許されるに決まっているじゃない!」


 彼女は自信満々に言うと、魔石を高々と掲げた。


「さぁ、これでやっと、ルティナの魔力を全部吸い尽くせるわ」

「やめてください、マデリーン!! だいたい、マデリーンが編み出した方法では、自分よりも魔力量の多い者からは魔力を奪えないではありませんか!! 前回は私の意識を奪って一時的に優位に立ったのでしょうけれど、今の私はきちんとあなたに抵抗出来ます!!」


 私はマデリーンを止めようとしたが、彼女は不敵に笑うだけだった。


「そうねぇ。今日はルティナを睡眠薬で眠らせるのは無理よね。でも、一瞬だけなら、勝てるわよ?」

「マデリーン……? 何を言っているのですか……?」


 マデリーンは魔石とは反対の手から一本の薬瓶を取り出す。

 見たことのない毒々しい紫色の液体に、私は思わず首を傾げた。


「これもね、『災害級』の素材保管庫に一本だけあったのだけれど――人工的に魔力爆発が起こせる禁止薬物なんですって。ホロウェイ伯爵の研究室から回収した物らしいわよ?」

「まさか、マデリーン!?」

「魔力暴走の最中なら、私も一瞬くらいはルティナに勝てるはずよ」

「ダメです、マデリーン!!!」


 私が引き止める声も虚しく、マデリーンは禁止薬物を一気に煽った。

 マデリーンから発する魔力が強くなった、と思った瞬間、彼女が詠唱する。


「〈奪い尽くせ、我が深淵なる影のしもべよ〉」


明日は2話連続更新で完結しようと思います。

何卒よろしくお願いいたします。

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