30:推理
騎士団にスチュムパーロス鳥の解体作業を任せてから、エングルフィールド公爵家の屋敷に戻る。
私はそのままスノウの執務室へと連れて行かれた。
扉が閉まると同時に、ずっと強張った表情をしていたスノウから、急に抱き締められた。
「ス、スノウ!? 突然どうしたのですか……!?」
慌ててスノウの体を押しのけようとすると、私の肩に顔を埋めているスノウから安堵の溜息が聞こえてくる。
「はぁー……。義姉様がご無事で本当に良かったです……」
どうやら先ほどの魔獣討伐で、スノウにかなり心配をかけてしまったらしい。
「アンネロッテから、風車小屋に魔獣が現れて義姉様が囮になったと聞いて、本当に心配しました。初級魔法が使えるようになったとは聞いていましたが、微々たる量しか魔力が戻っていない義姉様が無茶をしたらどうしようかと……。僕は本当に怖かったです」
「……ごめんなさい、スノウ。不安にさせてしまいましたね」
私だって、もしもスノウや父が魔法が全然使えないのに魔獣に遭遇したと聞かされたら、気が気ではないはずだ。
スノウがどれだけ急いで駆けつけてくれたのか、汗で湿ってしまった騎士服の感触でよく分かった。
心配をかけて申し訳ないと思うとともに、ここまで必死になってくれたのかと思うと胸の奥が温かくなる。
「駆けつけてくださって本当にありがとうございます」
「……義姉様が倒してしまったので、僕は何も出来ませんでしたけれど」
「私のために必死になってくれました。それがとても嬉しかったですわ」
スノウは自分に不甲斐なさを感じているのか、不貞腐れた表情をしつつも、「義姉様のために必死になるなんて、当たり前のことじゃないですか」と嬉しいことを言ってくれた。
「義姉様。次に危ないことをしたら、屋敷に閉じ込めますからね」
「まぁ、それは怖いですね。気を付けますわ」
私がおどけて答えると、スノウは真剣な表情で私の両肩に手を置き、顔をずいっと近付けてきた。
「本気で気を付けると約束してください。義姉様は時々思いもよらないことをするから、僕の心臓はいくつあっても足りません。約束してくださらないのなら、もうあなたを部屋に閉じ込めて、どこへも行かせません」
「や、約束しますわ……」
危ないことはしないと約束するだけなのに、なんだか口説かれている気分になってしまって、私は真っ赤な顔でもごもごと頷いた。
魔力が完全に戻った今、私の中でスノウの求婚を受けることに、なんら問題がなくなってしまった。心理的ハードルが下がったのだ。
スノウと結婚しても、ちゃんと彼の役に立てる。お荷物にならずに済む。なんだったらエングルフィールド公爵家直系の私と結ばれることで、彼の後継者としての地位を強固なものに出来るかもしれない。
けれど、自分の中に芽生えた恋心に気付かされたせいで、どう返事をすればいいのか分からなくなってしまった。
私からもスノウに好きだと言いたいのに、照れてしまって、言葉が出てこない。
プロポーズの時にスノウが正装したみたいに、私も告白の雰囲気を整えたほうがいいのかしら……?
うんうん唸りながら頭を抱えていると、スノウが魔獣討伐に話を戻す。
「それにしても、まさかスチュムパーロス鳥をお一人で討伐されるとは……」
「スチュムパーロス鳥の弱点は鼓膜ですから。鐘塔が完成間際だったお陰で倒すことが出来ましたの」
「鐘塔はもともと義姉様のアイディアですよ。それに中級以上の風魔法が使えなければ、あの位置からは鐘を動かすことが出来ませんでした。やはり、義姉様の魔力は完全に戻ったのですね」
スノウは執務机へ移動し、引き出しから何かの書類を取り出した。
あきらかに告白の雰囲気ではなくなったことを察して、ホッとするような、物足りないような……。
私は気持ちを切り替えて、執務机のほうへ近付く。
「『やはり』だなんて、スノウはまるで私の魔力が元通りに戻ることを予想していたみたいにおっしゃるのですね?」
「はい。正直、予想していました。義姉様、これを見てください」
「これは……。魔法学校から持ち帰った論文ですわね」
「ええ。この論文を読んでいて気が付いたことがあるんです」
それは、以前スノウの部屋で読んだ『他人の魔力を奪う方法』の論文の草稿のようだった。
ホロウェイ伯爵が書いたと思われる荒々しい文字で、たくさんのメモが書き加えられている。
……それともう一種類、繊細で綺麗な文字が書き加えられている箇所があった。
私はこの文字をどこかで見たような気がした。
「義姉様、このページです」
見覚えのある文字が気になったけれど、まずはスノウが捲ってくれたページを読む。
「『まだ仮説の段階だが、自分より魔力量の少ない者からは魔力が奪えるが、多い相手の魔力は奪うことが出来ない可能性がある』……。他人の魔力を奪う魔法には、そんな致命的欠陥があったのですね」
「ええ。そして、おそらく犯人はその欠陥に対処するために、義姉様の意識を一時的に奪ったはずです」
「犯人……」
スノウは草稿をぺらぺらと捲り、ホロウェイ伯爵の筆跡と異なる、綺麗な文字のメモ書きを指差す。
「犯人は父の論文を参考にして、独学で他人から魔力を奪う魔法を完成させた。何せ、魔法学校で才女と名高かったくらいに、魔法の勉強が出来たのだから。そして父親にねだって質の良い魔石を買ってもらった。そして城にいる義姉様に会いに行き、おそらくお茶に睡眠薬でも仕込んであなたの意識を奪い、犯行に及んだのです」
どこかで聞いたような話ばかり。
つまりスノウは、マデリーンを疑っているのだ。
「……スノウは、マデリーンが犯人だと言いたいのですか?」
「婚約披露パーティーでマデリーン嬢に会った時、彼女のペンダントから、なぜか義姉様の魔力を感じました。エイベル侯爵家に出入りしている商人に確認を取ると、彼女が高ランクの魔石を執拗に探していたことを聞き出せました。魔法学校の用務員も、立ち入り禁止になっている父の研究棟の周囲で彼女の姿をよく見かけたと言っていました」
「あの時、スノウは用務員にそんなことを聞いていたのですね」
「魔法学校に問い合わせて図書室の禁書のリストを調べましたが、魔力に関するものが多くありました。マデリーン嬢がその禁書を読んでいる姿も目撃されています」
「…………」
「義姉様、マデリーン嬢からの手紙を貸してください。筆跡を調べたいのです」
マデリーンが私の魔力を奪った犯人である可能性をここまで出されて、『マデリーンがそんなことをするはずがないです。何かの間違いでは?』だなんて、口に出来るわけがない。
それに私も、心のどこかで彼女を疑っていた。もやもやとした不安を抱えていた。
スノウが指し示していた草稿の綺麗な文字も、改めて見ればマデリーンの字によく似ている。手紙を持って来て、きちんと確認したほうがいいでしょう。
でも、マデリーンが犯人であることに納得している半面、ショックを受けていた。
「マデリーンが犯人だったとしたら、動機は何かしら? どうしてこんな恐ろしい人体実験を私に……」
私が蒼褪めた顔をしていたのでしょう。スノウが慰めるように、そっと私の肩を抱き寄せた。
「多少は察するものもありますが、本当の動機は本人に聞かなければ分かりません。そしてどんな動機であれ、他人の魔力を好き勝手に奪っていいはずがないです。義姉様は犯人にもっと怒ってもいいのですよ? 体や心と同じように、義姉様の魔力は義姉様だけのものなのですから」
「スノウ……」
長年付き合いのある従妹に恨まれていたのかしら、私が何か彼女の嫌なことをしてしまったのか、など、いろいろ考えて落ち込んでしまったけれど。
確かにスノウが言うように、本人に気持ちを聞かなければ分からないことだ。
私なんて、義弟の好意にも長年気付かずにいたくらい鈍感なのだから。
マデリーンの本心を想像して、落ち込んでばかりもいられない。
「そうですね。今はマデリーンの筆跡を確認するほうが先ですわね」
私は自室に手紙を取りに戻り、ホロウェイ伯爵の草稿に書き込まれた綺麗な文字と比較する。
一目見ただけで、同じ文字だと思った。
「念のため筆跡鑑定にかけますが、マデリーン嬢の文字でほぼ確定でしょう」
「ええ」
どうしても苦しい気持ちになりながら、スノウの言葉に頷く。
スノウは私の両手を包み込むように握りしめると、こんな忠告をした。
「義姉様。もしかするとマデリーン嬢は、また義姉様の魔力を奪い取りに来るかもしれません。義姉様の魔力が戻ったということは、マデリーン嬢が持つ魔石が空になったということですから」
「確かに……そうですね。でも、私は彼女より魔力量が多いので、彼女の前で眠ったりしなければ、対抗出来るのではないかしら?」
「対抗出来るかもしれませんが、それでも僕は義姉様が心配です。あなたが無茶をしたり、傷付いたりするのは絶対に嫌なんです」
スノウは不安げに、セルリアンブルーの瞳の奥を揺らした。
「どうかお願いです。マデリーン嬢から呼び出されたら、絶対に断ってください。それでもどうしても対面しなければならないことになったら、必ず僕を呼んでください」
「わ、分かりました」
「絶対ですよ」
「はい」
私が了承したことに安心したのか、スノウからの圧が消えた。それでも切なげな表情をして、私の手の甲に口付けを落とす。
「必ず駆けつけますから」
彼の真剣な様子にドキマギしているうちに、部屋の扉がノックされた。
どうやらスチュムパーロス鳥の解体作業が終わったらしく、騎士が呼びに来たらしい。
……もしかして今、プロポーズの返事をするタイミングだったかしら?
そのことに私が気付いた時には、すでにスノウは屋敷を出ていったあとだった。




