27:魔獣襲来②
馬車が走り出すと、店主たちの前では静かにしていたアンネロッテが口を開く。
「何もルティナお嬢様が風車小屋を見に行く必要はないと思います」
アンネロッテはこちらを心配そうに見つめていた。
魔力を失った私が魔獣目撃情報があった場所に出向くのは危険だと言いたいのでしょう。
「スノウもお父様もお忙しいですから、公爵家で一番暇な私が見に行けばいいのです。騎士団の巡回もあるはずですから、それほど危険はありませんわ」
「それなら騎士に、職人たちの説得を任せればいいのではないでしょうか?」
「私は職人たちと昔から親しいですもの。騎士より私のほうが適任でしょう」
口ではそう答えつつも、詭弁だなと思う。
私はただ、役立たずではいたくないだけなのだ。
もしも私が以前と同じ魔力量を持っていたら、きっと戸惑いつつもスノウのプロポーズを受け入れることが出来たはず。
だって、役に立つ私なら、スノウと結婚しても彼を不幸にさせることはないから。
そんなふうに思ってしまうくらいに私はスノウが大切で、――好きなのだ。
自分の気持ちに気付いてしまうと余計に、無力な自分のことが嫌で嫌でたまらなくなってしまう。
アンネロッテの言うとおり、本当は私が風車小屋に行ったところで、説得なんて出来ないかもしれないのに……。
モヤモヤと悩んでいる間にも、馬車は街道を進み、第一の領門近くにある風車小屋へと辿り着いてしまった。
風車小屋の前には、小麦の袋を持参した人々がたくさんいる。
普段なら順番待ちの行列が出来ているのだけれど、今日は何やら入り口の前に人だかりが出来て、口論が起こっている様子だ。
「ルティナお嬢様、どうやら本日の粉挽きが終わってしまったみたいです。まだ昼前だというのに」
「それで自分の順番が来なかったお客が職人たちに怒っているのですね」
どう諭したらいいものか迷いつつも、私は馬車から降りる。
すると、上空から黒い影が差した。
慌てて顔を上げると、青空を背にして飛ぶ巨大な鳥型魔獣の姿が見える。翼や爪や嘴が太陽に照らし出されて青く光っていた。
特徴的な「ピギャア! ピギャア!」という鳴き声が聞こえてくる。
「スチュムパーロス鳥ですわ!! 皆、建物の中に避難してください!!」
私が急いで指示を出すと、ようやくこちらの状況に気付いた領民たちが「公爵家の馬車だ! ルティナお嬢様だぞ!」「おいっ、空を見ろ! 魔獣だ!」「お嬢様の指示に従え! 風車小屋の中に入るんだ!」と口論を止めて動き始めた。
職人たちが風車小屋の扉を開けて、客を誘導している。風車小屋の傍には職人たちが家族で暮らしている家が数軒あるので、風車小屋の中に入りきれない者はそちらへ移動した。
「アンネロッテ、あなたは騎士団を呼びに行ってください! きっと近くに巡回中の騎士がいるはずです!」
「わかりました! ルティナお嬢様もご一緒に馬車へ!」
「いいえ、私はスチュムパーロス鳥を少しでも遠くへ移動させますわ!」
「そんな! お嬢様、危険です! 領民たちは皆、建物の中に避難しましたから、お嬢様も……!」
「建物の中に避難するだけでは、まだ危険なのです!」
スチュムパーロス鳥の翼や爪や嘴は、すべて青銅で出来ている。固く鋭利な爪や嘴で建物を壊されたら、中の領民たちは一溜まりもない。
領民を逃がそうにも、翼を羽ばたかせることで鋭利な羽根を矢のように飛ばしてくるのだ。
私がスチュムパーロス鳥を引き付けて、この場から引き剝がしたほうがいいでしょう。
「大丈夫ですわ、アンネロッテ。私は囮役も得意ですの。逃げるだけなら魔力無しでも問題ありませんわ!」
問題は大ありだと分かっているけれど、アンネロッテを安心させるために大ぼらを吹く。
アンネロッテは真っ青な顔で頷くと、「分かりました! すぐに騎士を連れて来ます!」と馬車に乗り込んだ。
スチュムパーロス鳥が馬車を追いかけたら困るので、私は近くに落ちていた石を拾い、初級魔法で石をスチュムパーロス鳥のほうへ飛ばす。
石が上手いこと胴体に当たり、スチュムパーロス鳥が怒った目で私のほうに首を回した。
「さぁ、こちらにいらっしゃい!! あなたの相手は私ですよ!!」
「ピギャアアアア!!!」
スチュムパーロス鳥の怒声を背に、私は素早く走り出した。
アンネロッテの連絡を受けた騎士団が私に追いつく時間を考えると、最低でも三十分はかかるでしょう。アラスター殿下からたくさんの地獄を体験させられた身としては、その程度の囮役などなんてこともない。
先ほどから何度もスチュムパーロス鳥が羽根を投げつけてくるけれど、この程度なら魔法を使わずとも身のこなしだけで避けられる。私を打ち損じた羽根が、ザクザクと地面に突き刺さった。
それにしても、先日から目撃情報が上がっていた魔獣は、スチュムパーロス鳥だったのね。普段は山奥の湖などで群れになって暮らす魔獣だ。きっと餌を求めて山を下りた際に群れからはぐれて、エングルフィールド公爵領まで来てしまったのでしょう。
今が農作物のある時期でよかったわ。スチュムパーロス鳥はかなりの雑食で、春から秋にかけては農作物を食べるけれど、冬は食料が少ないので動物や人間を食べるのだ。領民の犠牲が出なくて本当に良かったわ。
さて、どのルートを走ろうかしら? 出来るだけ人気がなく、被害が少なくて済む方向は……。
ふと、石造りの高い塔が見えた。あれは私が城に上がる前に計画したものだ。
まだ運用前のようだけれど、もうほとんど完成しているらしく、上部には塔の要となるものがすでに設置されていた。
もしかして、あそこへ誘導出来れば――……。
「ピギャアアア!! ピギャアアア!!」
「あら、あまり悩んでいる暇はなさそうですわね」
羽根が当たらないことにさらに苛立ちを募らせたスチュムパーロス鳥が、私のほうへと急襲してくる。
ギリギリ避けられたけれど、やはり青銅製の嘴や爪は厄介だわ。
スチュムパーロス鳥の攻撃が当たった地面は深くえぐられていた。
私は建設途中の塔へ向かって走る。
工事中の作業員たちがいたが、スチュムパーロス鳥に追いかけられている私に気付いて、「魔獣だ! 作業は中止だ! 早く逃げろ!」「道具なんて置いて行け! 命あっての物種だ!」と避難し始めた。
もちろん彼らを危険な目に遭わせるつもりはない。
私は塔の手前で立ち止まると、周囲の人々に指示を出す。
「皆、耳を塞いでいてください!!! 〈打ち鳴らせ、我が天津風の大槌〉!!!」
平時は時刻を知らせるために、非常時は警鐘を鳴らすために建設計画を立てた、エングルフィールド公爵領初の鐘塔。
運用間近であったため、すでに鐘が取り付けられていたのは幸運だった。
青銅製の頑丈な体を持つスチュムパーロス鳥にとって、弱点は二つある。一つは目で、もう一つは――鼓膜だ。
私の風魔法が鐘を激しく打ち鳴らし、ガランガランと大きな音が辺りに響く。
そこにさらに拡散魔法を追加すると、領地の外まで大音響に包まれた。
「ピギィィィィ……!」
あまりの大きな鐘の音に鼓膜をやられたスチュムパーロス鳥は、飛行を保てなくなり。そのまま地面へと落下した。
今ならやれる、と長年の勘が私の体を突き動かす。
「〈穿て、我が烈風の鉾よ〉!!!」
久しぶりに発動した上級魔法は、以前と変わらないスピードと威力でスチュムパーロス鳥の目を突き、脳天を貫いた。
「おおぉぉぉ!! ルティナお嬢様がたったお一人で魔獣を倒したぞ!!」
「さすがは我らエングルフィールドの直系だぜ!!」
「すげぇぇ!! ありがとうございます、ルティナ様!!」
いつの間にか鐘塔の作業員たちが近くにやって来て、私のことを褒めそやしていた。
遠くのほうには馬に乗った騎士団の姿が見えて、その先頭には白馬に乗ったスノウがいる。
スノウは、私と討伐されたスチュムパーロス鳥を交互に見て、美しいセルリアンブルーの瞳を丸くしていた。
……どうやら私、上級魔法が使えるほどに、魔力量が戻ったみたいです。




