25:はかりごと②(マデリーン視点)
(……なんでルティナばかり幸せなの? どうして私は幸せになれないの? ルティナが憎いわ)
ルティナの送別パーティーを欠席したマデリーンは、自室のベッドの中で可哀想な自分のために涙を流した。
(ルティナって本当に嫌な子だわ。私のほしいものばかり、なんでも持って行ってしまう。あの子がアラスター殿下のことなんて、これっぽっちも好きじゃないことを知っているわ。あの子にあるのは臣下としての忠誠心だけなのよ。それなのにルティナがアラスター殿下の妃になるの? お城で今よりも優雅に暮らして、国民から愛されてちやほやされながら生きていくの? ルティナばっかりずるいわ……)
ルティナが城に上がると、マデリーンも身の振り方を考えなければならなかった。
でもマデリーンは長年アラスターの婚約者になると思い込んでいたので、他の道を考えろと言われても思いつかない。
両親はマデリーンをエングルフィールド公爵家に嫁がせたいと思っているようだったが、ルティナが従姉なのも嫌なのに、義姉になるなんてとんでもないことだった。公爵夫人になっても、王妃になったルティナには勝てないのだ。
それに、スノウ・エングルフィールドがルティナを懸想していることも知っている。元伯爵令息というだけで格下の存在なのに、さらに実母から禁忌の魔法実験を受けた悍ましい体を持つ化け物で、憎いルティナに心を捧げている男の嫁になるなんて、ありえなかった。
(化け物と愛のない結婚をさせようとするなんて、お父様もお母様も本当にひどいわ。毒親よ。私って、なんて可哀想な子なのかしら……)
マデリーンは結局、魔法学校へ進学することにした。
魔法学校に通うなら、王都のタウンハウスで暮らさなければならないので、都会暮らしも楽しめるだろう。
それに、王都にいればアラスターに会うことが出来るかもしれない。
今までは年に数度会えるだけだったから、アラスターにあまり自分の魅力が伝わらなかったのかもしれないけれど、どうにか定期的に会えるようになって、アラスターと恋仲になれれば、愛妾にくらいはなれるかもしれない。
……いや、愛妾では結局ルティナに勝つことが出来ない。彼女を蹴落として、王妃にならなければ。
(どうやってルティナを蹴落とせばいい? スノウ・エングルフィールドを焚きつけて、あの女を襲わせるとか? 貞操を失えば、さすがにルティナも婚約者から脱落するわ。でも、最近のあの男はルティナを避けている。せめて二人きりになってくれたら、媚薬でも使えるのに……)
マデリーンは良いアイディアが降ってくることを願って、魔法学校の校庭を歩いていた。適度な有酸素運動をすると脳が活性化することを知っていたからだ。教えてくれたのは知識欲の塊のルティナだが。
暫く歩いていくと木立が現れ、その奥に半壊状態の建物が見えた。
マデリーンはこの辺りまでやって来たのは初めてだが、確か、立ち入り禁止区域があると入学式で聞いたような気がする。
(この辺りは空気中の魔力濃度がかなり高いわね。それで生徒の立ち入りを禁止しているのだわ)
けれど、マデリーンは一族の中でも歴代二位の魔力量を保持している。この程度の魔力なら、なんの影響もなかった。
(そういえば、スノウ・エングルフィールドの父親がやらかして死んだ場所って、この建物ね……)
スノウ・エングルフィールドの実父の話は、一時期、一族でかなり噂されていたから、マデリーンもよく覚えている。
今では彼が本家の後継者であることに異を唱える者は表向きはいないので、すっかり出てこなくなった話題だが。
(確か、魔力増幅実験だったかしら? 魔力の少ない奴らって、そんな馬鹿なことをしてまで魔力量を増やしたいわけ? 持たざる者って憐れよねぇ)
マデリーンは鼻で笑いながら、建物の中に入る。ほんの気まぐれだった。
そして事故現場と思われる研究室の床から、マデリーンはホロウェイ伯爵の論文や研究資料をあっさりと発見した。
その中から、『他人の魔力を奪う研究』を見つけて読み、にんまりと笑う。
「いいじゃない、これ! ルティナの魔力を奪うことが出来れば、私がアラスター殿下の婚約者に繰り上がるわ!」
マデリーンは次の日から立ち入り禁止の研究室に通い詰めた。
ホロウェイ伯爵が残した論文は完璧ではなく、足りない部分がいくつもあったので、マデリーンは勤勉な生徒の振りをしながら他の教授たちにアドバイスをもらい、図書室の禁書の棚にも何度も足を運び、独自の魔法を編み出していった。そんなマデリーンの姿は意欲的で優秀な生徒に見えて、教師たちからの評価は高くなった。
実験場所には事欠かなかった。半壊した建物の周辺に近付けるほどの魔力量を持つ者は、校内には数人の教師くらいしかおらず、人気がなかったからだ。途中で校庭の手入れをしている用務員をたまに見かけるくらいで、他には誰とも会わなかった。
そして三年の月日が経ち、他人の魔力を奪う魔法が完成した。
高ランクの魔石を媒介させることが肝心なので、父に強請って良い魔石を買ってもらった。まぁ、氷結竜レベルのものがほしかったが、さすがにそこまで高ランクのものはなかなか市場には出回らないし、見つかったとしてもマデリーンに買い求めることは出来なかったので諦めた。それでも最良だと思える質の魔石は手に入った。
あとは簡単だ。ルティナに魔法をかけて魔力を奪い、魔石に貯めればいいのだ。そうすればルティナの魔力を自分で使うことが出来る。
マデリーンが『久しぶりにルティナに会いたい』と手紙を送ると、ルティナはなんの疑いもなく承諾の返事を寄越してきた。
ルティナは城の一室で二人だけのお茶会を開いてくれたので、簡単に睡眠薬を仕込むことが出来た。ルティナの意識がある状態だと、魔力量の差で負けてしまい、マデリーンの編み出した魔法が上手く施せないのだ。
彼女が眠っている間に、マデリーンはすべての犯行を終わらせた。
そこからの展開はあっという間だった。
ルティナは魔力が激減して、アラスターから捨てられた。そしてマデリーンが彼の婚約者になったのである。
婚約者になってしまえば、あとは楽勝だ。
他の婚約者たちを蹴落とし、アラスターに寵愛されて、魔力量の多い王子さえ生めれば――……。
(……そう思っていたのに)
黒い騎士服を着て黒馬を操るアラスターの後ろに、四人の婚約者もまた王家の紋章が入った騎士服を着て騎乗し、彼に付き従っていく。
目の前に広がるのは、どこまでも続く荒野と崖だ。乾いた風が砂を巻き上げて吹きつけるその中を、オルティエ王国騎士団の精鋭たちが強行軍で進んでいく。
「民の話によると、この先にグリフォンの棲み処があるらしい。フェリシャはいつも通り周囲に防御魔法を。クリステル、アダリンは先鋒だ。そしてマデリーン、お前は囮役となれ」
「承知いたしました」
「お任せください」
「ほほほ。殿下の出番など奪って差し上げますわ」
マデリーンは、アラスターの命令を聞き、凛々しい顔つきで返事をする三人の婚約者を見て、絶句する。
「ア、アラスター殿下!! わ、私が囮役って、どういうことですか!? 私、グリフォンなんかと戦えません!!」
「分かっている。初めて我々と組むお前が、連携を取れることなど期待していない。個人で『災害級』を討伐出来るとも思っていない。だから囮役をしろと言っているのだ。お前はルティナの代わりとして私の婚約者になったのだ。それくらいなら出来るだろ? 自分一人の命を守ればいいだけじゃないか」
淡々と言うアラスターに、マデリーンは自分の中に長年あった彼への憧れが、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていくのを感じた。
「私に従う気のない『兵士』はいらん。マデリーン・エイベルよ、やるのか? やらないのか?」
「あっ、あ……、私は……」
魔法研究に三年を費やし、ルティナの魔力を奪い、国一番の男の婚約者になった。
ここまで来て、どうして否が言えるだろうか。
マデリーンは首から下げたペンダントをぎゅっと握りしめる。
(……大丈夫よ。私にはルティナの魔力を使えるんだから)
自分に必死で言い聞かせ、マデリーンは蚊の鳴くような声でアラスターに返事をした。




