20:婚約披露パーティー①
エングルフィールド公爵領から三日かけて王都に向かい、公爵家のタウンハウスで一泊し、朝早くから支度をして登城する。
スノウのエスコートで大広間に入ると、途端に人々の視線がこちらに集中するのを感じた。
「見て、エングルフィールド公爵令嬢よ。よくもまぁ、元婚約者の婚約披露パーティーに出席出来るわよね?」
「彼女は魔力がなくなったらしいな。それでは貴族としての役目が果たせない」
……やはり言われているわね。
大広間の隅で囁き合う人々の、嘲るような声が聞こえてくる。
けれどそれはごく一部のようで、大多数の人々は私の隣に立つスノウの表情を見て、驚きの声をあげていた。
「彼は本当にあの『氷雪の貴公子』なのか!? いつもと違って笑っているぞ!?」
「エングルフィールド公爵令息様って、あれほど可愛らしい笑顔をされる方でしたのね……! あぁ、なんて素敵なの!」
「きゃあっ! 今、スノウ様がルティナ様の腰を抱かれたわ!? エングルフィールド義姉弟って、あんなに甘いご関係でしたの!? 衣装もお揃いですし!」
もしかするとスノウは、自分の変化を見せつけることで私の悪評を抑えようとしているのかしら?
ありがたいけれど、腰を抱くのはちょっとやりすぎだと思うわ。
私は声を潜め、スノウに耳打ちする。
「ねぇ、スノウ。私を悪評から守るために、そうやって自分の変化を周囲に見せつけているのでしょうけれど、やりすぎです」
「申し訳ありません、義姉様。確かにあなたを守りたいという打算もあるのですが、勝手に顔が笑ってしまうんです」
スノウはセルリアンブルーの瞳を柔らかく細め、普段は陶器のように白い頬を赤く染め、蕩けるような笑みでこちらを見つめる。私のことが愛おしくてならないと言うように。
「義姉様が王太子殿下の婚約者になった時、義姉弟としてだってもう二度とエスコート出来ないと思っていました。それなのに今は僕の腕の中にいる。それも、僕のこの気持ちを知っているあなたが」
「スノウ……」
貴族にとって政略結婚などよくあることだ。上位貴族なら、なおさら。
誰かに恋心を抱えても一人秘めるしかないことが多く、想い合えても道ならぬ関係にしかなれないことだってある。
それを正々堂々と伝えられる幸運に、スノウは浮かれているらしい。
……そんなに喜ばれてしまうと、どう反応すればいいのかわからないわ。
私はただスノウの腕の中で照れることしか出来なくなる。
「やはり、薔薇色のドレスを仕立てて正解でしたね。華やかな義姉様の美しさと艶やかな金髪がより一層引き立っています。本当に綺麗だ」
「あ、ありがとうございます。……あなたも、とても素敵ですよ」
派手顔のせいか、ピンク色の瞳のせいか、薔薇色は私の得意な色だ。
胸元には薔薇を模した飾りがふんだんに縫い付けられ、ふわりとしたスカートの裾部分には、金糸の蔓薔薇が縁取るように刺繍されている。
私の衣装と揃いにすると豪語していたスノウは、暖色を得意とする私とは異なり、寒色がよく似合う青年だ。
仕立て屋もスノウに似合うよう苦心したらしく、白をベースにしたスリーピースのスーツだが、ジャケットの襟元や裾は金糸の蔓薔薇で縁取られていた。さらに薔薇色のリボンを首元に結ぶことで、私の衣装との統一感を出していた。
いつもと雰囲気は違うスノウに、それでも若い令嬢たちは熱っぽい視線を向けている。
「アラスター王太子殿下とマデリーン・エイベル侯爵令嬢、ご入場です」
従者の声が響き渡り、奥の扉からマデリーンを伴ったアラスター殿下が登場する。
続いてその後ろから、他の三人の婚約者が現れた。国王陛下の姿はないが、四人の妃様も入場される。
アラスター・オルティエ王太子殿下は、黒髪黒目の美丈夫だ。
キリッとした鋭い眼差しに、男神のような凛々しい顔立ちをしている。甘さなど一切なく、ただひたすらに神々しい青年だ。
アラスター殿下はよく通る声で、人々に話し始めた。
「皆の者、私の婚約披露に遠路遥々やって来てくれたことを感謝する。彼女がマデリーン・エイベル侯爵令嬢だ。先日まで魔法学園に在籍しており、魔法の腕は確かだ。マデリーンと、そして他の三人の婚約者と共に、私はオルティエ王国を魔獣被害から守り抜く。ぜひ、この婚約を歓迎してくれ」
アラスター殿下の宣言に、貴族たちが一斉に「おおっ! さすがは王太子殿下だ!」「頼りになる御方だ!」「ご婚約おめでとうございます、殿下!」と声援が上がった。
私も周囲の人々に合わせて拍手をしながら、二人の婚約が祝福されている雰囲気にホッとした。
その後は乾杯の合図があり、アラスター殿下とマデリーンに挨拶しようとする人々が長い列を作っていた。
「私たちはもう少しあとで挨拶に行きましょうか」
「そうですね、義姉様」
ブッフェスタイルで様々な食事が並ぶテーブルに向かい、スノウと二人で好みの料理を皿に盛り付けていると、突然、横から皿を奪われた。
「ありがとう、ルティナ。お別れの挨拶もせずに領地へ引っ込んだ薄情者のくせに、私がロックピッグのローストが大好きなのを覚えてくれたのね。嬉しいわ」
「わたしの好物の卵サンドもちゃんとあるわね」
「でも量が足りないわ。もっともっと乗せましょう」
「まぁ、クリステル、アダリン、フェリシャ。お久しぶりですわ」
私から皿を奪ったのは、アラスター殿下の婚約者たちだった。
サンチェス公爵家本家のクリステル・サンチェス。
アドコック公爵家に連なるペレス伯爵家のアダリン・ペレス。
ベッグフォード公爵家に連なるガルシア侯爵家のフェリシャ・ガルシア。
それぞれ系統は違う美人が三人も集まると、周囲が一気に華やかになった。
「三人とも、こんなところで油を売っていてもいいのですか? 婚約者なのですから、アラスター殿下のお傍にいるべきでは? もしくは来賓の方々とご挨拶は?」
「いいのよ、いいの。今日の主役はあの子と殿下だもの」
「わたくしたちが傍にいたって、あの女狐が睨んでくるだけよ。来賓との挨拶なら、今ルティナとしているしね」
「さぁ、積もる話もあるし、テーブルに移動しましょう? どこが空いているかしら?」
女狐とは一体誰のことかしら……?
尋ねてみようと思ったけれど、勝手に山盛りにされたお皿をフェリシャが運んでいく。それを見たスノウが「こちらのテーブルが空いていますよ」と案内した。
「まぁ、珍しい。ルティナの義弟がツンツンしていないわ」
「『氷雪の貴公子』が今日はデレデレね」
「ルティナは『義弟は今、反抗期なんです』なんて、鈍感の極みみたいなことを言っていたけれど、殿下と別れたおかげで前進したみたいね。スノウ君からなんて告白されたの?」
テーブルに着いた三人が、程よく料理を乗せた皿をどんどん追加してくれるスノウを眺めながら、そんなことを言う。
スノウはにっこりと微笑み、「義姉様がお世話になっております、サンチェス嬢、ペレス嬢、ガルシア嬢」と挨拶をした。
「以前の僕は大変愚かな子供でしたが、そのことを深く反省し、これからは義姉様に精一杯愛を伝えることにしました。もう二度と嫉妬で義姉様に冷たくするようなことはいたしません」
「そう。じゃあ、私たちのルティナのことを頼むわね」
「嫉妬に苛まれているあなたを見てるのは、傍から見る分には面白かったけれどね。もう二度とルティナをしょんぼりさせないでね」
「ルティナのことをちゃんと上手に丸め込みなさいよ。頑張って!」
なんだかスノウと分かり合っているクリステルたちに、私は恐る恐る尋ねた。
「……待ってください。もしかしてクリステルたちは、スノウの気持ちをご存知だったのですか……?」
「気付かないのはあなたくらいのものよ、ルティナ」
「あとはアラスター殿下ね。あれは鈍感ではなく、ノンデリなだけだけれど」
「お茶会やパーティーで周囲のご令嬢を寄せ付けず、ひたすらルティナとアラスター殿下を睨んでいればねぇ。流石に分かるわよ。……あら! スノウ君が取ってきたパテが美味しいわ! ちょっとスノウ君! このパテの追加をお願い!」
「かしこまりました、ガルシア嬢」
「スノウは従者ではありませんのに、すみません」
三人の指摘が恥ずかしいやら、義姉の友人にこき使われているスノウに申し訳ないやらで、私はテーブルに撃沈してしまう。
「まぁ、ルティナの将来の旦那様問題はいいのよ。最初から心配してないから。そんなことよりも、あなたの魔力の話よ」
「魔力量が0になってしまったんですってね。体調に問題はないの?」
「はい。魔法が使えない以外は特に問題ありませんの」
少し魔力が戻ってきて、初級魔法が使えるようになったことはまだ黙っていよう。
ぬか喜びさせたら悪いもの。
「つらい時にあなた一人にして悪かったわ。お別れも言えずに領地に帰ってしまって、わたしたち本当にショックだったのよ」
「フェリシャたちはそれぞれ遠征中でしたから。それに一人ではなく、アラスター殿下がいてくださいましたし」
「魔獣討伐や執務以外なら、殿下はいないほうがまだマシでしょ。ルティナの魔力量が変化したからと言って、たった三ヵ月で婚約者を挿げ替えるだなんて。王妃様たちも嘆いておられたわ」
「仕方がありませんわ。魔獣討伐に出られない者が、婚約者で居続けるわけには参りません。『災害級』の魔獣と戦えてこそ、妃になれるのですから」
「それはそうなのだけれど……」
「わたくしたちもアラスター殿下もかなり脳筋ですけれど、ルティナもまた脳筋なのよね……」
フェリシャが一番大食いだが、私もクリステルもアダリンもよく食べるので、スノウが何度も料理を取ってきてくれる。魔力量が多いと、消費カロリーも比例してしまうのだ。
私は現在魔力量が殆どない状態なので、食べる量を減らさないと太ってしまうはずなのだが、普段通りに食べていても体型にまだ変化はなかった。
そのうちお腹がぽこんとなってしまうのかしら……と思いつつ、お腹を撫でてみたが、特に変化はない。
誰かに魔力を奪われていた場合、別の場所に保管されている私の魔力を維持するために、私の摂取カロリーが使用されているということもあるのかしら……?
考え込んでいると、横から声をかけられた。
「ルティナ! 大変な時なのに、私とアラスター殿下の婚約披露パーティーに出席してくれてありがとう!」
「マデリーンと、アラスター殿下……」
テーブルの横に、本日の主役二人が立っていた。




