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婚約破棄された魔力無し令嬢ですが、塩対応だった義弟から実はド執着されていました  作者: 三日月さんかく


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19:他人から魔力を奪う研究



 仕立て屋が屋敷に来るまでの間、私は一人で図書室に籠り、魔力関連の本を片っ端から読んでいた。

 といっても屋敷にある本は幼少期から読み込んでいるので、目新しい情報は特にない。私がいない間に増えた本にも、魔力が突然なくなるという事例はなかった。


 私は本を閉じると、小さな声で詠唱する。


「〈風よ、浮遊させよ〉」


 本が私の手の中から浮かび上がり、そのまま本棚の元あった場所へと戻る。


「やっぱり、魔力が少し戻っているわね……」


 これはどう考えるべきなのでしょう?

 私の魔力は完全に消えたわけではなく、魔力器官の中で眠っているのかしら? 

 でも魔力器官の中に魔力が存在している時点で、魔力判定が0になるはずがない。それこそ、私の魔力をごっそりと他の場所に移動させないと。

 そういえばスノウに魔力譲渡を試してもらった時、魔力が自分の中から消えていくような感じがあったわ。私の魔力が盗まれて、別の場所に保管されているみたいに……。


 ……それだとまるで、スノウが母親から受けた魔力増幅実験の真逆みたいね。

 スノウという成功体がある以上、人工的な魔力増幅は可能だ。

 だからといって、人工的な魔力減少が可能だというわけではないけれど。

 ……もしかして可能なのかしら?


 悩んでいると、図書室の扉がノックされた。

 ようやく仕立て屋がやって来て、アンネロッテが呼びに来たのかしら?

 私が入室を許可すると、入ってきたのは執事だった。


「ルティナお嬢様。スノウ様からお預かりした物と伝言があります」

「……スノウから?」


 今はスノウの名前を聞いただけでも、妙に心臓がドキドキしてしまう。

 私が恐る恐る問い返すと、執事から一本の鍵を渡された。


「『義姉様が図書室で魔力関連の書物を読み漁っていると、使用人から聞きました。僕の部屋に、個人で集めた資料や論文があるので、よろしければお使いください』とのことです。そちらはスノウ様のお部屋の鍵です」

「それはとても助かりますわ。スノウにお礼を伝えておいてください」

「かしこましました」


 私はスノウの部屋へ向かうことにした。




 扉を開けると、スノウが普段使っている香水の残り香が漂ってくる。


「し、失礼します……」


 無人だと分かっているのに、思わず挨拶をしてしまう。

 スノウの部屋に入るのはいつ振りかしら?

 子供の頃は普通に出入りしていたけれど、彼からプロポーズされたあとに入るのは、なんだか妙な気分だった。


 室内は整理整頓されていたけれど、紙類の多い部屋だ。空いている壁をすべて本棚で埋めたという感じだ。窓際に置かれた机の上にも、書類や本が積み重ねられている。

 人の心や精神状態は、部屋の状態に現れると聞く。

 ここはスノウの内側に近い場所だ。

 特に本棚は、その人がこれまで得てきた知識や、興味のある分野、脳内そのものが現れるものだと思う。


 私は本の背表紙の文字を一つひとつ読む。本当に魔力関連の本ばかりだ。

 スノウがこれまでいかに自分の魔力と向き合ってきたのか、よく分かるわ。


「あなたが今日まで集めてきた知識をお借りしますわね、スノウ」


 私はそう呟くと、目ぼしい本を読み始めた。


 しばらく読書に没頭していると、『他人の魔力を奪う方法について』という論文が出てきた。

 あまりの気味悪さに研究者の名前を確認すると、ホロウェィ伯爵――スノウの父親の論文だった。

 簡単に言うと、他人の魔力を魔石に貯めて、自分で使用するというものらしい。

 魔獣から取り出された魔石は魔道具のエネルギー源として使用されるが、もちろん使用期限がある。使い切って空になった魔石は、人が魔力を注ぎ込んで再利用するのが普通だ。

 けれど、その程度で人の魔力が枯渇することはない。肉体疲労と同じで、普段通り生活していれば回復するものである。

 この論文には、人の魔力器官から魔力をすべて奪いつくす方法について考え出されていた。

 狂人の夢としか言い様がない、悍ましい論文だ。

 ……だけど、私は先ほど図書室で自分の身に起きたことを振り返り、『人工的な魔力減少は可能なのだろうか?』と考えてしまった。

 人工的な魔力減少を可能にしようとした人が、少なくともここに一人存在したことに、私はゾッとする。


 スノウの母親のように、誰かがホロウェイ伯爵のこの論文を成功させてしまったとしたら……。

 そして私に対してその実験を行ったとしたら……。


「いえ、でも、ホロウェイ伯爵の他の研究資料や論文は、城が回収したはずです。王都の屋敷を捜索したと聞きました。ここにある分はスノウの母親が隠し持っていたもので、他に存在するはずがありません」


 私は不安を振り払うために、声に出して自分に言い聞かせる。


「それに一体いつ、誰が、私の魔力を奪ったというのです? 他の婚約者たちとも仲良くしていましたし、城の人々だって皆親切でした。実験を受けた記憶もありませんわ。私の記憶が抜けている部分なんて、そんなの、寝ている時くらいで……」


 ふと、マデリーンが遊びに来た時に居眠りをしてしまったことを思い出したが、あれは単純に疲れていただけだ。

 魔力を奪われた記憶などない。


 ……そう思うのに、何故か不安は消えず、胸の奥がもやもやした。


 胸を押さえていると、扉がノックされた。

 続いてスノウの声がする。


「義姉様、失礼いたします。仕立て屋が来たので呼びに来ました」

「……スノウ」


 入室してきた彼は、こちらを見て驚いたように目を丸くした。

 慌てた様子で私に近付き、目線を合わせるために屈む。


「どうしたのですか、義姉様!? 顔が真っ青です! 一体何が……」

「スノウ。……ホロウェイ伯爵の研究資料や論文は、ここにあるものがすべてですよね? あとは城に没収されていて、他の人が安易に閲覧することは出来ませんよね?」


 スノウは私が広げていた論文に目を落とし、「ああ、他人の魔力を奪う研究を読まれたのですね」と納得した。


「義姉様が魔力を失ったと聞いてから、僕もいろいろな可能性を考えました。未知の病気から呪いの類、もちろん、他人から魔力を奪われた線も。そして今日届いた城の医師や学者の手紙を読み、病気や呪いの線は消えたと思っています」

「ですが、この論文はここにしか……」

「一か所だけ、父の論文や研究資料が残っている可能性のある場所があります」


 気が付くと、私の体は小刻みに震えていた。

 スノウがゆっくりと私に両手を伸ばし、宥めるように二の腕や背中をさすってくれる。

 その手のひらの温度に、私は自然と息を吐いた。


「……その場所はどこですか、スノウ?」

「父が教鞭を取っていた、王都魔法学校です。父の研究室がありましたが、魔力暴走が起きたせいで建物が半壊しました。今でも強い魔力が渦巻いており、魔力の多い者しか近付けないそうです。建物を壊すことも出来ず、一帯を立ち入り禁止にしていると聞いています」

「半壊した建物の中に、論文が残されたままの可能性があるのですね」

「はい」


 私もスノウも魔法学校へ通ったことがない。

 そもそも、魔法学校に通う生徒はそれほど多くない。魔法の上達は魔力量が大きく関係するからだ。

 どれだけ上級魔法を扱いたくても、高位貴族しか扱えないものだ。

 そして高位貴族の長子や次子は領地の管理に幼い頃から関わらなければならないため、それ以下の比較的自由な子しか学校へは通えない。

 他にも様々な分野の学校が王都にある中で、わざわざ魔法学校に入学する者はさらに減る。

 エングルフィールド公爵家の一族の中で魔法学校に通った者はそれほど多くないし、私たちの代ではマデリーンくらいだ。


「義姉様。ちょうど、王太子殿下とマデリーン嬢の婚約披露パーティーのために王都へ行く機会があります。魔法学校へ行ってみましょう」

「部外者ですのに、立ち入り禁止の場所に入れるのでしょうか?」

「僕が『亡き父に花を手向けたい』と言えば、同情して見学させてくれるでしょう」

「……そうですわね」


 スノウの計画に、私は頷く。


「ただ、他にまだ問題があります。魔力がなくなった私では、魔力の高いその建物に近付くことが出来ないかもしれません」

「その場合は僕が一人で建物内に入りましょう。もしも本当に父の研究資料を使って義姉様の魔力を奪った犯人がいるなら、僕が見つけ出して、必ずや義姉様の魔力を取り戻します」

「ありがとうございます、スノウ」


 昔から頼りになる義弟だったけれど、今はスノウの存在が一段と心強かった。

 もうすっかり体の震えが止まり、それを確認したスノウが私の体から手を離す。それがなんだか少しだけ寂しかった。


「そろそろ応接室へ行きましょうか。仕立て屋が待っています」

「ええ」


 まだ私の肩や背中に、スノウの温かな手のひらの感触が残っているような気がした。


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