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この世界で俺だけが【レベルアップ】を知っている(Web版)  作者: 坂木持丸
第8章 人喰山脈

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37話 消えたフィーコ


 ――人喰山脈。


 それは、魔界の前に城壁のようにそびえ立つ険しい山々だ。

 山肌の岩は刃のように鋭く、谷底には獣牙のように尖った岩の群れが待ちかまえている。

 世界最大の魔石鉱山と言われるだけあり、青白い魔石の結晶があちこちに見られるのが特徴的か。


「この山に足を踏み入れた者は、山に食われる……か」


 険しい山道を踏みしめながら呟く。

 かつて魔石鉱山として開発されていた山。

 “人喰山脈”と呼ばれるようになってからも、多くの欲望に突き動かされた人間や魔物がこの山に入り、そのまま消息を絶ったという。


 この山に絶対に近づいてはならない。 

 この山に踏み入れた者は、山に食われる。

 そんないわれのある人喰山脈に、俺たちは足を踏み入れていたが……。


『なんか、意外と静かね』


「……ああ、気味が悪いぐらいにな」


 山に入れば襲われるぐらいの心持ちで身構えていたが。

 見わたすかぎり、この山にあるのは岩と砂と魔石結晶ぐらいだ。


 魔物が隠れられそうな場所もない。

 知性のない野良の魔物ぐらいはいると思ったが、そういう魔物の痕跡すら見当たらないのは異常だった。


「人喰山脈の魔物が、みんな食ったとでもいうのか?」


『もしそうだとしたら……面白いわね』


 と、フィーコがぺろりと唇をなめる。


『いったい、どんな魔物がいるのかしら。人喰山脈の魔物の正体がなにかっていうのは、魔物たちの間でもよく話題に上がったことだけど』


「お前友達いないのに、そういうのは知ってるんだな」


『はい、残念でしたぁ! たまに会話する相手ぐらいはいましたぁ!』


「切ない」


『と、ともかく! 人間だけじゃなく魔物も食べられるってことは、それなりにレベルが高い魔物だってことは確かよ』


「だろうな」


 ただの偶然ではレベルの差は埋められない。


「シンプルに考えたら、竜系か鳥系の魔物だろうな。ちょうど、こういう上向きの気流が発生しやすい土地にわきやすいし」


『でも、空飛ぶ魔物なら遠くからでも見えるでしょう? この辺りにそういう魔物が住んでるなんて話は聞かないのよね』


「そうなると、魔物は1匹じゃないのかもな」


『へぇ、どうして?』


「このバカでかい山に入ったやつを、たった1匹の魔物が全部食いきれるわけないだろ。空を飛べるならまだしも、地上からじゃ山の端から端まで移動するだけで1日が終わるぞ」


『たしかにそうね』


「それか魔物なんていなくて、みんな谷底に落ちて死んでるとか」


『それは論外ね』


「なんでだ」


『だって、そんな答えじゃ……わたしがつまらないもの』


「お前な……」


『それに、テオも気づいてるでしょ?』


 と、フィーコがわずかに声を低くした。



『――ずっと見られてるわ。この山に足を踏み入れてからね』



「…………」


 もちろん、気づいている。

 気づかないほうがおかしい。


 こちらを、ねっとりと無遠慮になめ回すような視線。

 獲物に向けるような粘ついた視線が――全方位から向けられていた。

 まるで、山そのものに観察されているような感覚だ。


「魔界からの追っ手か、それとも……」


『人喰山脈の魔物ね』


「まあ、後者だろうな」


 その視線の主こそが、謎に包まれている人喰山脈の魔物の正体だろう。

 それはわかるのだが……視線のほうを見ても、なにもない。


「――魔力色覚ライラ


 魔力探知の魔法を使ってみるが――ダメだ。

 なにも見つからないし、魔石鉱山というだけあってか、山全体が赤く光って見える。そこらの岩や砂にも大量の魔石が含まれているんだろう。


「……やっぱり、なにもいないんだよな」


 神経が過敏になりすぎているんだろうか。

 それでも念のため、手の甲のレベル刻印はマントで隠しておく。

 もし見られているのだとしたら、俺のレベルは知られないほうがいいだろう。

 そこで、空から魔物を探していたフィーコがふよふよと戻ってくる。


『空からも見てきたけど、なにもいなかったわ』


「見られているのに、なにもいない……か」


『……ちょっとホラーね』


「なんだ、怖くなったか?」


『は、はぁ!? そ、そそそ、そんなわけないでしょう!? わたし、おばけとか平気なタイプだしぃ!?』


「そりゃ、お前自身がおばけみたいなもんだしな」


 襲われるわけでもなく、ただ見られ続ける。

 べつに山越えが目的なわけだから、人喰山脈の魔物の正体を暴く必要もないし、無視してもいいのだが……。


「気に食わないな」『気に食わないわね』


 つい、言葉がハモってしまう。


「おい、真似するな」『ちょっと、真似しないでくれるかしら?』


 むぐぐ、と睨み合う。

 それはともかく。


「ここまであからさまに視線を向けてくるって、完全に挑発してるよな」


『なめられたままじゃ終われないわね。絶対に見つけて食べてやるんだから』


 フィーコがむんっと張り切ったように拳を握ると、またふよふよと空へ飛び上がる。

 わりと頭に来ているらしい。それは俺も同じではあるが。

 と、そこで。


『……ん、あれはなにかしら?』


 頭上を飛んでいたフィーコがなにかを見つけ、すいーっと飛んでいく。


「あ、おい」


 俺もフィーコの後を追ってみると、そこにあったのは岩陰にぽっかりと開いた洞窟だった。


「これは……坑道の跡か?」


『たしかに、自然にできた洞窟にしては不自然ね』


 中をのぞいてみると、洞窟の中はかすかに明るい。

 地面や天井から表出した無数の魔石結晶が、ほのかに発光しているようだ。

 まるで、巨大な宝石箱の中身のような光景だった。


「……これ、全部が魔石の結晶か。すごい量だな」


『ふ、ふふふ……これは魔物を何度も送り込んでるわけね。入り口にある分だけ持って帰っても、100年は豪遊できるだけの価値があるわ……じゅるり』


 フィーコがよだれを垂らす。

 すごいわかりやすく欲で目がくらんでいた。


 まあ、たしかに魔石とは重要なエネルギー資源だ。

 小さな1粒の魔石ですら、日々の生活から戦争まで幅広く使うことができる。それは魔物にとっても同じことなのだろう。


 だが、この魔石に飛びついた者は、人間も魔物もみんな失踪した。

 まるで、この山に食われたかのように……。


「消えたやつらは、どいつも坑道に入ったんだよな? とすると……これは罠か?」


『なに、怖いの?』


「慎重になってるだけだ。俺たちの目的はあくまで山越えだし、わざわざ罠に飛び込むこともないだろ」


『ふふ……罠ごときで怖がるなんて、やっぱり人間は軟弱ね』


「あ、おばけ」


『ふ、ふぇぇッ!? ど、どどど、どここここ!?』


「ああ、おばけかと思ったらお前だった」


『…………』


 むぐぐ、と睨み合う。

 それから、こほんとフィーコが咳払いを1つ。


『とりあえず……まずはわたしが、ぱぱっと洞窟の様子を見てくるわ。人喰山脈の魔物は気になるし、ね』


「まあ、お前なら、どうせ死ぬことはないだろうしな」


 人間ならば無鉄砲すぎる行動だが、どうせフィーコは死なないし大丈夫だろう。

 いつもはふよふよしているだけだが、斥候役としては役に立つ。


『ふん、ふふん、ふふ~ん♪ 略奪、略奪ぅ~♪ 今日も楽しい略奪の日ぃ~♪』


 フィーコが上機嫌に歌いながら、すいーっと洞窟の奥へと飛んでいく。

 それを見送りながら、俺は近くの岩に腰を下ろした。

 まともに疲れる前に休憩するのが、冒険の鉄則だ。いざ疲れてからでは緊急時に対応できなくなる。


 というわけで、マリーからもらっていた弁当の包みを開けて食べる。

 こういうのは、フィーコがいないうちに食べておかないとな。

 俺やフィーコの好みに合わせてか、弁当は全体的に甘めの味付けだった。


「やはり、疲れたときには“甘きもの”に限るな」


 フィーコが働いている側で食べているという状況が、また飯を美味くさせている。

 そんなこんなで、弁当に舌鼓を打ちながらフィーコの帰りを待つ。

 それから、10分後――。



「…………いや、遅くないか?」



 弁当を食べ終えても、フィーコが帰ってくる気配はない。


「おい、フィーコ! まだか!」


 洞窟の奥へと呼びかけてみるが、返事はない。


「おい、からかってるのか? 出てこないなら、お前の分の弁当も食うぞ?」


 さすがにこう言えば、慌てて出てくるかと思ったが……。



 ――返事は、ない。



「…………フィーコ?」


 その瞬間――ぞくっ、と悪寒とともに気づく。


(……静か、すぎないか?)


 洞窟の中は、異様に静かだった。

 フィーコの調子外れの歌声も聞こえない。


 洞窟の中はどこまでも無音だった。

 ありとあらゆる生き物の気配が感じられない。

 空気が通る音すら――聞こえない。

 それなのに、冒険者としての直感が告げている。




 …………なにかが、いる。




 なにかが、じっとこちらを見ている。

 気づけば、頬に冷や汗が浮かんでいた。

 脳裏によぎるのは、以前に聞いたフィーコの言葉。


 ――全員、消えたわ。人間も魔物も関係なく、まるで山に食べられたようにね。



「……ちっ」


 立ち上がり、音を立てないように剣を抜く。

 あの不死鳥は不滅ということにかけては、この世界で右に出る者はいないはずだ。霊体だし物理的な攻撃も効かない。


 フィーコになにかあったとは思えない。

 あったとしても、助ける義理はないが……まだ裏切られたわけでもない。

 ここでフィーコに消えられるのはデメリットのほうが大きい。


「……俺が殺す前に、勝手に消えたりするなよ」


 俺は舌打ちをしながら、消えたフィーコを追って洞窟の中へと足を踏み入れるのだった――。


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