36話 人間の反逆(敵視点)
「――ほ、報告いたします、フルーレティ様」
冷え冷えとした月光に照らされた、魔界の氷城。
その謁見の間にて、全身傷だらけのハーピィが息を白く震わせながらひざまずいていた。
その視線の先にいるのは、薄氷のドレスをまとった雪色の髪の少女。
氷の玉座の上でゆったりと膝を組み、水色の液体空気が入った氷杯を優雅に指で回している。
種族不明。年齢不明。天恵不明。
しかし、魔物の間で彼女を知らない者はいない。
七公爵最強の1柱――。
――氷の女王フルーレティ・フルール・ド・レス。
彼女がそこにいる。ただそれだけで……放たれる冷気に周りの空気が液化し、玉座の周りには水色の湖面が出来上がっていた。
その冷気は充分に距離を取っているはずのハーピィの体ですら、ぴきぴきと凍りつかせていく。
「ふぅむ……」
フルーレティは、ハーピィの報告を一通り聞くと。
ようやく口を小さく開いた。
「あなたは不思議なことを言いますのね。セイレーンが家畜などに殺された、と?」
「は、はい。他にも都市にいたハーピィたちも、たった1匹の人間によって全滅しました……“生きよ”とご命令を受けた私を除いて」
「なるほど……嘘をついている匂いはしませんわね。セイレーンは死して情報を遺しましたか」
「そう、ですね……」
ハーピィがぎこちなく頷く。
本当はセイレーンに“歌鳥”にされたことで運よく生き延びただけではあるが、話がややこしくなるので黙っておくことにした。
「しかし……信じられませんわね。ただ……そういえば、最近オーガの町から1匹の人間が脱走したという話を聞きましたわ」
オーガが皆殺しにされ、人間が1匹脱走した。
それから数日後には、少し離れた人狼の城が襲撃された。城に残されていたのは、鋭利な刃物で斬殺された人狼とコボルトの死骸だけ。
「それで……今度はセイレーンというわけですのね」
時期も殺害方法も同じで、場所も近辺……。
となると、一連の事件はまったく無関係というほうが無理があるだろう。
「でも、レベル1の人間が、どうやってセイレーンを……?」
セイレーンのレベルは65。
それも、その天恵は――【絶対王声】
人間のような格下の相手に対して、絶対的な勝利を約束する力だ。
だからこそ、セイレーンは人間支配の要のような立場にあった。
魔界にとっては、最重要の魔物の1体だ。
人間に殺すことが可能だとは思えない。
「……わけがわからないですわ。こんなことで、セイレーンを失うだなんて」
今回の件で、セイレーンありきの人間支配の体制に大きな影響が出るのは避けられないだろう。
フルーレティは思わず溜息をつく。
「そういえば……関係ないかもしれませんが」
と、ハーピィは言うべきかどうか躊躇うように口を開いた。
「人間の側には、1匹の下級霊がいました」
「下級霊? 人間に憑依していたということ?」
「いえ……別々に行動していたようでした。やたらふてぶてしい顔をしているわりに、ただふよふよ浮いてるだけだったので、とくに問題はないかと思いますが……あっ」
「……? なんですの?」
「あ……ああ、いえ、なんでもありません」
ハーピィが慌てて言葉を濁す。
とくに重要な情報とも思えなかったし、さすがに不敬だと思ったのだ。
その下級霊が、『フルーレティ様とよく似た容姿をしていた』などと発言することは……。
「ともかく、こうなると本格的に対処しなければなりませんね。まったく……どんどん仕事が増えますわ。フィフィ・リ・バースデイもこういうときにかぎって失踪するし……」
フルーレティが周囲の氷霧を操り、星球儀を創り上げた。
すぅっと、その表面を指でなぞりながら、フルーレティが目をすがめる。
オーガの町、人狼の城、セイレーンの都市……。
その3つの地点は、ほとんど一直線につなげることができた。
そして、その延長線上にあるのは――魔界だ。
「まるで……一直線に、魔界に侵攻しているかのようですわね」
この人間はあきらかに魔界を認識し、最短距離で魔界へと迫ってきている。
それも隠れひそむことなく、堂々と魔物たちを襲撃しながら。
それほどまでに、この人間は自分の力に自信があるとでもいうのだろうか。
自分の力――人間の力。
「……忘却させられた人間の天恵」
ふと、そのことが脳裏をよぎる。
長生きしている高位の魔物しか知らない情報だし、人間の事情にわざわざ興味を持つ者もいなかったが……。
かつて、“王”によって世界から人間の天恵が忘却させられたという。
それによって、人間は天恵という牙を抜かれ、家畜になり下がった。
もしも、天恵を扱える人間がでてきたのならば、それは――。
――脅威だ。
フルーレティの背筋に悪寒が走る。
こういうとき、彼女の第六感はよく当たる。
「……ハーピィ、七公爵の全員に言伝を頼みますわ。『七公爵の総力をもって“脱走者”を殺処分せよ』、と」
「い、いきなり七公爵を全て出動ですか? たかが家畜の脱走に……?」
七公爵の1柱が動くだけでも大事件なのに、それが全員――。
史上かつてないレベルの対応だ。
いくら前代未聞の事態とはいえ、たかが家畜の脱走にしては、やりすぎな気もする。
「そんなのは、まるで……戦争……っ!?」
と、ハーピィが言いかけたところで。
押し寄せてきた冷気に、舌や喉が凍りつき言葉が継げなくなる。
「……戦争はすでに始まっています――始められたんですわ。たった1匹の人間によって、ね」
フルーレティは少し悔しげに奥歯を噛んだ。
「これは――たった1匹の人間による、全魔物に対する反逆ですわ」
フルーレティはふたたび氷の星球儀を確認する。
もしも、人間が一直線に魔界まで突き進むのならば、これから通過するであろう地点も予測がつく。
まずは、人喰山脈。そして――。
「……結界都市シーリア」
人間の通過までに間に合う位置にいる魔物、高速の移動手段を持った魔物、そして人間を確実に殺せるであろう魔物……。
それらを氷の駒にして、氷の星球儀上に並べ立てる。
「ふふふ……」
人間の駒1つを取り囲むように王手をかける、大量の魔物の駒たち。
それを眺めながら、フルーレティーは口元に酷薄な笑みを浮かべた。
「それでは――楽しい戦争を始めましょうか、人間?」
というわけで7章終了です!
ここまで読んでいただきありがとうございました!
次章から本格的に物語が動き始めます!
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