35話 次の目的地
セイレーンの城で、世界地図を見つけたあと。
俺とフィーコは地図と向き合っていた。
『えっと、オーガの町はここで、人狼の城はここで、魔界はここだから……』
フィーコが地図を指さしながら、これまでの旅の経過を確認していく。
『うわぁ……こう見ると、本当に一直線に魔界に向かってるわね。さすがに、脱走した人間が魔界に突撃してくるなんて、魔物たちは思ってもいないでしょうね』
「旅を始めてから1週間にしては、順調に距離を稼いでるな」
『ああ……まだ1週間なのね。あなたと出遭ってから』
フィーコがどこか遠い目をする。
『……長いようで短かったわ。たぶん、わたしが生きてきた中で、一番長い1週間ね』
「とはいえ、本番はここからだからな」
『……魔界はもうすぐだものね』
地図上の中央に記載された黒い島。
魔界――魔物たちの本拠地。“王”がいる魔物たちの世界。
魔物は野良のものですら強く、地形も気候も全ての環境が過酷だ。
今の俺のレベルでも危険な地帯だが……もしも、“王”を殺すのならば避けては通れない。
「この町からだと……あと山を1つ越えて、海峡を1つわたれば、魔界に到着か』
まともに補給できそうな町もあと1つ。
これまでみたいなぬるい旅はできなくなるだろう。
「とりあえず、さしあたっての問題はこの山か」
セイレーンの町のすぐ側に、牙のようにそそり立っている巨大な山のつらなりがあった。
前世ではこんな目立つ山があった覚えがないが……地図に記載されてる地形なんかも記憶とは違う部分も多いし、俺が転生するまでの間に地殻変動でも起きたのかもしれない。
地図上のその山には、不吉にもこう名が記されている。
――人喰山脈、と。
『人喰山脈、ね……よりにもよって』
「知ってるのか?」
『魔物の間じゃ、有名よ。この山に足を踏み入れた者は、みんな山に食われる……ってね』
「山に食われる?」
『人喰山脈は世界で一番大きい魔石鉱山なのよ。だから、魔物たちが何度も開発しようと、家畜を送り込んだわ。そして――』
フィーコは俺を怖がらせるように、にぃぃ……と凶悪に笑う。
『――全員、消えたわ。人間も魔物も関係なく、まるで山に食べられたようにね』
「魔物も、か」
『人間が消えるだけなら、いくらでも説明はつくけど……爵位持ちの魔物ですら消えてるとなれば、話は別ね』
「……考えられるとすれば、高レベルの魔物すら食えるほどの、さらに高レベルの魔物がいるってところか」
『そうね、この山には十中八九、未知の魔物がいる……で、どうするのかしら? もしかして、迂回でもする?』
「もちろん、突っ切るに決まってるだろ。それが近道だし、強い魔物がいるならレベル上げにちょうどいいしな」
『ふふ……あなたならそう言ってくれると信じてたわ。それに、わたしとしても人喰山脈の魔物には興味があるし、ね』
「じゃあ、次の目的地は――人喰山脈で決まりだな」
◇
セイレーンの城を探索し終えた、さらに翌日。
俺は補給によって増えた荷物をまとめて、町の門の前に立っていた。
そんな俺たちを、市民たちが見送りに来る。
「もう行くんだね……」
「もっと、ゆっくりしていってもいいんじゃないですか……?」
名残惜しそうに引き留めようとするのは、おなじみの兄妹だ。
「まあ、俺たちみたいなのが長居するべきじゃないだろうしな」
『そろそろ、追っ手も来るでしょうしね。でも……この町が戦場になるというのも、それはそれで面白そうかしら?』
「はは……それはできれば、勘弁願いたいね」
兄が苦笑する。わりとフィーコの扱いには慣れたようだ。
「まあ、引き留めても、君たちが止まらないことはわかってたよ。君たちの手助けができないのは心苦しいが……」
「これ……せめてもと、お弁当を作ったので食べてください。フィーコさんが好きそうなお菓子も入れておいたので」
『……わたし?』
フィーコが少し目を丸くする。
『あなた、昨日からやけにわたしに取り入ってくるわね。人間にしては、なかなか見る目があるじゃない』
「えっと、取り入ろうとかじゃなくて……フィーコさんにも守ってもらいましたから、そのお礼です」
「ああ、“歌鳥の儀”のときか」
俺がこの少女に憑いているように頼んだ件だ。
そのこともあって、この少女はフィーコのことを気に入ったようだ。
『ふ、ふんっ……まったく、人間はあいかわらず単細胞ね』
誇り高き不死鳥、満更でもないらしい。
『ところで、あなた……マリーとか言ったかしら?』
「あ、名前……覚えててくれたんですね」
『もう忘れたわ』
「さすがインコ頭」
『とにかく、あなたの肉はわたしがキープすることにしたから、他の魔物に勝手に食べられちゃダメよ?』
「……え? ……え?」
『ま、せいぜい美味しくなって待ってなさい。食べ頃になったら、また来てあげるわ』
「……なんだかんだで気に入られたみたいだな。人間のオスメスぐらいしか区別できないフィーコが名前を覚えるなんて珍しい」
「あ、あはは……喜ぶところなんですかね、これ?」
妹が苦笑する。
そこで自然と会話が途切れ――それが合図となった。
「それじゃあ……そろそろ行くとする」
「ああ、また会おう。君の旅路に光があらんことを……」
「……どうか、食べられないでくださいね」
「ああ、お前らもな。ハリー、マリー」
「あ……」
最後に名前を呼んでやると、2人は少しうれしそうに笑って――。
「はい!」「ああ!」
と、元気よく返事をするのだった。
そんな彼らに見送られながら、俺はセイレーンの町を後にした。
『ま、人間の町にしては、なかなかいいところだったわね』
「……ああ、そうだな」
人喰山脈への道中、フィーコが名残惜しそうに背後の町をちらちら見る。
『まあまあ気に入ったから、あの町はわたしの領地にしてあげたわ。あの町は今後、フィフィタウンと呼びなさい』
「断る」
『ま、とにかく……せっかくキープした肉たちを、他の魔物に食わせるわけにはいかないわね。わたし、自分のものを奪われるのは赦せないタイプなの。だから……』
「とっとと“王”を殺せ、だろ?」
『わかってるじゃない』
さて、あの町で英気は充分に養えた。
魔物への憎しみも新たにできた。
ここから目指すは、道の先――はるか視線の先にそびえる人喰山脈。
獲物を待ちかまえる獣牙のような威容へと、俺は足を向けるのだった――。
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