53、モフモフな恩寵と迫る危機
異世界の川の水ってどうなんだろうって思ったけど、そもそも免疫力も強化されている私には生水でお腹こわすとかないよね。
思い返せば、この世界に来てからというもの体調を崩したことはない。お腹が痛いとかそういうのがまったくないってすごいよ。本当に。
今までは滞ったりしていた腸のアレもスムーズだ。身体能力強化の恩寵パネェっす。
「あ、この果物美味しい。プラムみたい」
『鳥たちが張り切っていっぱい持ってくるって』
「お祈りしたらアサギも食べれる? てゆか、ここにいる子たちも食べれるかな?」
『アサギも食べる。ハナと一緒に食べたい』
なぜか周りの動物に対抗意識を燃やすアサギ。可愛い。
ピンクのウサギが数匹寄って来たので、果物を割ってやると嬉しそうに食べている。異世界のウサギも鳥も雑食だとアサギは教えてくれた。
「アサギは物知りだね」
『神王様の麟だもん。この世界のことなら知りたいと思えば何でも分かるけど、人の心は分からないの。いっぱい複雑なの』
「そっかぁ……」
話しながら食べながら、しばらくぼんやりしていた私はふと思いつく。
「そうだ。アサギと離れるのは怖いけど、鳥さんに頼んだら助けを呼んでもらえるかな?」
『うーん、どうだろう。動物はハナの言葉を理解できるけど、単純な行動しか出来ないよ』
「ダメかぁ……」
がっくりと項垂れる私に、アサギは慰めるように擦り寄る。モフモフの尻尾がくすぐったくてクスクス笑っていると、アサギが唸っている。どうした?
『もしかしたら、あのつよいのだったら見つけられるかも。つよいのはつよいから』
「つよいのって?」
『つよいのはつよいのだよ。いつもハナのそばにいるの。あの時もつよいのが魔獣をいっぱい倒したでしょ』
「レオさんのことかな?」
『つよいのなら、動物にも分かると思う。鳥に頼めばいいよ』
「そ、そうなんだ……」
なぜ、レオさんが動物に『つよいの』で認識されているのかは謎だけど、とりあえず頼めるなら頼んでみよう。
「えーと、そこの鳥さんたち。私の騎士で『つよいの』を知ってる?」
「ピュイピュイ、ピチチチ」
『ほら、知ってるって』
「マジか……すごいなレオさん。あとアサギは動物の言葉が分かるんだね」
『ハナも分かるはずだよ』
そう言われれば、どんな言葉も理解できるし話せるって恩寵だから、私にも動物の言葉が分かるはずだよね。
いやいや、そんなファンタジーなことがあるわけないか。ははは。
『ピピピ、つよいの、さがすのチュピピ?』
『ピュイピュイはるのひめがこまってるピピ!』
『つよいのよんでくるピピピッ!』
あれー? 分かっちゃったよー? こいつはびっくりだー。ははは。
三羽の鳥さんたちは、ピーチクパーチク話していたと思ったら、飛んでいってしまった。まさかレオさんを探しに行ったとかじゃないよね……いやまさかそんな。
『鳥たちは群れで行動するから、群れ経由であっというまに広まるよ。他の鳥も探してくれてると思う』
「すごいな鳥ネットワーク! お礼とかどうしよう」
『儀式の時みたいな音楽がいいと思うよ。鳥は歌と音楽が好きだから』
「そっかぁ、塔まで来てくれたら練習に付き合ってもらいたい。鳥さんいっぱいいたら楽しそうだし」
『一番はアサギだからね!』
「あはは、分かってるよ。アサギ、いつもありがとうね」
大きくなったアサギの胸元モフモフを撫でてやる。気持ちよさそうに目を細めるアサギを愛でていた私は、ふと辺りが暗くなってきていることに気づく。
「うわ、どうしよう。今日はここで野宿になるのかな」
『ここなら魔獣も来ないし、何かあったら動物が知らせてくれるよ』
「ちょっと肌寒い気がする……夜は冷えるよね」
『それなら、呼べばいいよ』
「え? 布団を?」
すると、私の手にアサギとは違うモフモフが手に触れる。何なんだと手元を見ると、可愛らしいまんまるな目をこちらに向けている小動物たちがモフモフとひしめき合っている。
「うわっ!! いつの間にこんなに集まった!?」
ピンクのウサギだけじゃなく、白いリスみたいなのやアライグマみたいなのもいる。それにしても、森って苦手なんだよね。虫とかそういうのが心配なんだよね。
『毒のある虫とか寄ってこないよ。ハナなら刺されても元気だろうけど、せっかくのハナの綺麗な肌が傷つくとか絶対許さないだろうから』
「もしかして、それも私の恩寵があるから?」
『近いけど違う。神王様が許さないから』
「そう、なんだ?」
よく分からないけど、蚊とか蜂とか刺されたら嫌だから良かった。アサギ曰く、神王様とやらは私のことをすごく心配しているらしい。それは何となく分かる。私の恩寵もレオさんたちの恩寵も、明らかに強すぎる気がするんだよね。
『ほらハナ、モフモフもいっぱいいるし、ゆっくり寝ていいんだよ』
「いや、寝ていいと言われましても……」
いつのまにか葉っぱやら何やらが集められて、モフモフした小動物たちが周りに待機している。君たちは布団になるのかい? それでいいのかい?
フード付きのポンチョを脱ごうとしたけど、まぁこのままでいいかと横になる。するとモフモフが絶妙な重さ加減で乗ってくる。ぴったりくっついて離れようとしないアサギは枕になってくれるみたいだ。
「じゃあ、ありがたく寝させていただきます。ふおぉぉ、あったかい」
夜になり冷え込んできた川辺で、うっすら汗をかくくらいの温かさの天然モフモフ布団に包まれた私はあっという間に寝てしまうのだった。
ほんの数分ほど寝ていたと思ったら、遠くから響くような重低音に目が覚めてしまう。
『にげる! こわいのくる!』
『はやくおきて!』
ピンクのモフモフウサギに体当たりされて起き上がると、すでにアサギが耳をピンと立てて遠くを見ていた。
「こわいの来るって、魔獣のこと?」
『魔獣だと思う。でも地鳴りだけで何も感じないんだ』
「地鳴り……地震? 土の中から?」
『ハナ!!』
その瞬間、大きな音とともに私とアサギは空へと放り出される。私と離れたことで元の小さなチワワ状態になってしまったアサギが見えて、手を伸ばしてなんとか掴めたモフモフを抱き込む。
「頑張れ私の恩寵!! 身体強化!!」
数メートル飛ばされたくらいなら何とかなるだろうと、根拠のないことを無理やり思い込む。ここは異世界。私は四季を司る姫。そう簡単に死んでたまるか。
思った通り、ふわりと地面に着地した私は腕の中で目を回しているアサギをポンチョのフードの中に入れる。
「地面の中から、また出てくるかもだよね」
地鳴りはまだ止んでいない。
逃げようにもどこへ逃げればいいんだと、私は涙目で辺りを見回す。
『ピチチチこっち!!』
反射的に声のする方向へ走り出した私の後ろで、再び地面が爆発するような音が響いた。
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