105、その笑顔を守りたいから
フットワークの軽いジャスターさんの遠縁の男性が、とてもいい笑顔を浮かべながら料理長のルイデンを連れてくる。
彼もジークリンドさんが受けたことを知って、とても怒っているようだったから、これからどう裁きを受けるのかウキウキしている様子がうかがえる。
うむ! その予想、当たってるよ!
口髭が似合わない痩せぎすの男は、コック帽をくしゃりと握りつぶしている。さかんに瞬きしている目は下睫毛だけやけに長く見える。
この男がジークリンドさんに毒を盛った野郎か。
騎士のレオさんたちが、当主夫妻と料理長に向けて突き刺さるような視線で威嚇している。冷や汗が止まらないみたいで顔色が真っ白になっているけれど、彼らに同情する人間はこの場にいない。
「さて、君たちの罪だけど……」
「わ、わたしはっ、毒とは知らずにっ」
「大丈夫、分かっているよ料理長君。食べ物をあつかう誇り高き料理人が、まさか自分の料理を汚すようなことはしないだろうからねぇ」
「はははははいっ! その通りで!」
「ルイデン! 裏切るのか!」
ぽっちゃり当主が悲鳴をあげるような声で料理長を責める。
「落ち着きなさい。まったくお前は昔からそうだ。人の話を最後まで聞かないのだからねぇ」
ジークリンドさんは憐れむように当主を見て、それからこちらを伺うように見る。
はい。出番ですね。
「私の大切な騎士、ジークリンドに仇なす者たちがいると聞きました。そこで、彼の恩寵を行使することを『春』の名において許可いたします」
「は?」
「お、恩寵?」
ぽっちゃり男と痩せ男が、目をパチクリさせている。
ちなみに当主夫人は少し前から失神してたらしい。まったく気がつかなかった。
「彼の恩寵は『断罪』です。人の法ではなく、神王様の法で裁かれる栄誉を授けましょう」
「ふざけっ……ぐはっ」
「我が姫の前で、無礼ですよ」
無謀にも私に摑みかかろうとしたぽっちゃり当主は、ジャスターさんに取り押さえられている。痩せ料理人はへなへなと崩れ落ちていた。
この世界では悪事を働いた場合、国ごとの法で裁かれる。人の作った法であれば、間違いや抜け穴が存在するものだ。
だけど、神王の法というものは違うらしい。
いわゆる『神罰』と呼ばれるものは、何が起こるかわからないそうだ。ジークリンドさんが教えてくれた罰で軽いものでも、涙目になってごめんなさいってしたくなるようなものだった。やばい。こわい。
「衛兵を! 衛兵を呼んでくれ! 今すぐだ!」
ぽっちゃり当主は叫びながら屋敷を出ていった。
そして、タイミングよく見回りをしていた衛兵に「初代当主に毒を盛った! 私を捕まえてくれ!」と自首をしたのだった。
「ジークリンドさん、恩寵は使ってないですよね?」
「まだ使っていないよ……まったく、春姫たんは優しい子だねぇ」
「優しくないですよ。人の法に裁かれた後にジークリンドさんの気が向いたら、ぜひとも使ってください」
「ふふふ、容赦なく使っちゃうよぉ」
そう言いながらもジークリンドさんは使わないだろうなって思う。というよりも、彼が身内に恩寵を使うところを見たくなかったというのが正しい。これはただの、私のわがままだ。
ほんの少しでも自分の血をひく子どもたちなのだから、彼は許してしまうのだろう。
だけど、やっていいことと悪いことって……あるよね?
「ジークリンドさんは私の家族みたいなものです。間接的でもあの人たちは『姫』に関わりをもってしまいました。だからもう、逃げられないですよ」
「逃げられない?」
「だって私、一応『神王様』に関わっているじゃないですか。今後何かあったら確実に『神罰』が下りますよ」
「ああ、そうか。恩寵の『断罪』を行使する必要もなく、彼らは罰を受けてしまうのだね」
「悔い改めればいいんですけど」
主人が不在の屋敷には私たちとジャスターさんの親戚……ミゲル君しかいない。
現在、私はサラさんに負けないテクニックを持つ、ミゲル君の美味しいお茶を堪能しているところだ。
うむ。美味なり。
「姫さーん、衛兵にちゃんと言い聞かせておいたぞー」
「ありがとう。レオさん」
レオさんとキラ君は『春姫の騎士』として、衛兵さんたちに当主たちを王都へ送る手続きをしてくれていた。
元々ジークリンドさんの領地には代官がいるから、それを取りまとめる仕事をしている人間が屋敷にいれば、今までと変わらず領民は平和に暮らしていけるそうだ。
「というわけでミゲル、がんばってねぇ」
「初代様の指示には従いますが……本当に、俺で大丈夫なんでしょうか……」
「これまで散々仕込んでおいたんだから、出来ないわけがないよぉ」
あははと爽やかに笑うジークリンドさん。でも、ミゲル君自身が知らぬ間に領主の仕事を仕込んでいるとか、正直ドン引きですぞ。
「なんとか上手くおさまりそうですね」
「ありがとう、春姫たん」
目尻のシワを深めて礼を言うジークリンドさん。
でもね。これは私のわがままなんだ。
いつまでも身内に甘い「じぃじ」でいてほしいだけなんだ。
「ありがとうございます。我が春の姫君」
とてつもなく綺麗な笑顔を浮かべたジャスターさん。
こんなの見たら、私のわがままも役に立つなって思っちゃうよね。えへへ。
お読みいただき、ありがとうございます。
活動報告にも書きましたが、ちょっくら遠出してきますんすん。




