嘘のような本当の話
◇◇◇
都内某所にある雑居ビルの一室にある白田が所属する芸能事務所。その更に一室の応接室。内側され施錠された空間に対面に座る俺と白田の事務所の社長。
「この部屋はさ――」
社長は加熱式喫煙具の煙を燻らせながら薄笑いで言葉を続ける。
「防音になってんだよ。中の声とか音は外に聞こえないから安心しろ」
「あ、そうなんすか」
口が妙に乾くが、反面手のひらには汗がジワリと滲む。
「それで、話って言うのは何なんですか」
「わはは、まぁそう話を急ぐなよ。ところで幾つか質問なんだが、……山と海ならどっちが好きだ?」
どう考えても夏のバカンスの話では無さそうだ。
「じゃあ、……山で」
「ほうほう。参考にさせてもらうよ。次の質問。畳と布団なら?」
「……布団ですかね」
次の質問は無かった。そのまま少しの間沈黙が部屋を包み、足を組んだ社長が加熱式喫煙具を吸って煙が揺れる。
「芸能人はさぁ、夢を売る商売なわけよ」
ソファの背もたれに両手を回し、足を組んでふんぞり返りながら社長は俺を睥睨する。
「あー、違うな。話戻そう。一年契約って言うのは強者の建前でな。本来契約を結ぶ結ばないの決定権はこっちにあるわけだ。ほとんどの場合『嫌なら結ばなければ(笑)』なわけよ」
部屋の空気がとても重く感じる。
「自分で望んで芸能界に入って来てさぁ、99%が塵芥と消えていく中で幸運にもすぐに売れてよぉ、……普通一年で辞めると思うか?」
ガシャン!と音がする。社長が机に足を投げ出した音だ。机の上に置かれていた高そうなガラスの灰皿やら筆記具やらが机から弾き出される。
「幾ら投資したと思ってんだ?あぁ!?他所に移籍とかならタダじゃおかねぇぞ!?」
「移籍なんてしません」
恥ずかしい話だけど、足も口もガクガクと震えている。
「聞けば君のせいらしいじゃないの。この業界に入ったのも、来年で辞めるのも。その辺どう落とし前付けんの?家は?親は金持ってんの?」
「……親は、関係ありません」
ダン、と大きな音がする。社長の踵がテーブルを打つ音だ。
「関係無ぇなら俺がお前の親をどうしようがそれも関係ないわなぁ」
正直な話、もう涙が眼球の後ろのすぐそこに迫ってきている。必死にそれを堪えると手に力が入り、身体が震える。
柊がいてくれれば――、と情けない考えが一瞬頭をかすめて思わず首を横に振る。この部屋には柊はいない。紙谷もいない。伊吹さんも委員長もいない。白田もいない。社長と向き合うのは俺一人だけだ。
「……おっ、俺が!俺が返します!」
咄嗟に口を突いて出た幼稚で無責任な言葉が滑稽に響く。
部屋の空気はまるで深海の様に重くて、言葉だけでなく胃からなにから全て口から出ていきそうな感覚にとらわれる。
「へぇ、君が?何の取り柄も無い高二のガキがどうやって億返す?生命保険か?」
「……俺が死んだら、白田は二度と笑えませんよ」
身体が熱いのか冷たいのか、暑いのか寒いのかもう全くわからない。床についた足の感覚も無い。ただジッとまっすぐと社長を見据える。
社長はにやにやと笑みを浮かべながら加熱式喫煙具を置いて、懐から煙草を取り出すとおもむろに火をつける。
「ほっほ~、すごい自信だねぇ。もしかして君、人の気持ちって変わらないと思ってる?大丈夫、君が死んでも一年もすればしっかりイケメン俳優と恋に落ちるさ。なにせ傷心の女の子程落としやすいものは無いからねぇ」
確かに普通はそうなのかもしれない。自信なんかじゃなくて過信なのかもしれないし、錯覚かもしれない。
「でも白田は変わりません」
床に落ちた分厚く重厚なガラス製の灰皿を拾い上げ、ゴトリと重たい音と共に机に置く。今まで吸っていた加熱式喫煙具と違い、タバコの匂いが部屋を舞う。
「話にならんね。ま、それはいい。じゃあ君は?気持ちが変わる以前にお前さんは既に桐香を振ってるそうじゃないか。そりゃそんな相手にゃ命は懸けられんよなぁ」
挑発的な視線を向けてくる社長。
「懸けられます」
「……はぁ。口では何とでも言えるんだよ」
社長は面倒くさそうにソファを立つと、ゆっくりと俺に近づいてくる。
「好きなのか?」
「好きです」
「一生か?」
「一生です」
「諦めないならお前の一生が今日終わるとしても?」
遂に抑えていた涙が目から溢れてしまう。別に死ぬのが怖い訳じゃない。俺が死んだあとで悲しむ白田を想像してしまったからだ。
「きびきび答えろや!」
損得考えれば、ここでの答えは『諦める』の一択だろう。俺が死ねば白田は悲しむ。何とかこの場をやり過ごして、契約期間を全うできれば白田は自由なのだから。後できちんと説明すれば状況が状況だけに白田ももちろんわかってくれるはず。
そんな簡単な打算と計算。
腹は決めた。一度息を吸う。グッと手を固く握る。
「命懸けます。もう距離は置かないって決めてるんで」
自分がそんな簡単な打算も計算も出来ない人間だということに少し驚く。ポロリと社長の咥える煙草の灰が床に落ちる。
「……言ったな、この野郎。じゃあ聞くがな、お前は人生が今日で終わるとしても病める時も健やかなる時も何時如何なる時も全身全霊を以て白田桐香を愛し続ける事を誓えるんだな?」
どこかで聞いたような言い回しが混じっている気がする。だが退かない。震える足に力を込めて、全力で椅子を立つ。
「誓えます!」
社長がニヤリと口元を上げるのが見えた。
「ガキが」
ダン、と音を立てて机に名刺大の箱を叩きつける。
「守るなら近くで守れ」
◇◇◇
応接室の鍵が開く音がして、続いて扉が開く。
「五月くん!」
その時を今かと待ちわびていた白田桐香は部屋から出てきた五月の姿を見て喜びの声を上げ、駆け寄る。
「大丈夫!?何かひどいことされなかった!?あっ、タバコ臭いっ」
「あー、大丈夫。全然大丈夫、何にも無かったから」
「……本当に?じゃあ何の話してたの?」
「ははは、そりゃ男同士の話だから秘密に決まってるよなぁ五月」
五月に次いで部屋から出てきた社長はへらへらと笑いながら五月の肩をバシバシと叩く。
「ちょ……痛ぇっす」
「社長!タバコ臭い手で五月くんに触らないでください」
「あぁ、悪い悪い。まぁ話なんて単純にビジネスの話さ。要は限られた時間でどれだけ金のガチョウから卵が取り出せるかって話」
社長の物言いに沢入女史も眉を顰める。
「はいはい、言い方言い方」
社長と五月の話の内容は沢入女史もおおよそではあるが予め聞いている。チラリと五月を見て申し訳なさそうな顔をする。
「ごめんね、雨野くん。この人こういう言い方しか出来ないみたいなの」
一人話が飲み込めない白田は困惑した様子で首を傾げる。
「結局何の話なんですか?」
服に付いたタバコの臭いを気にしつつ、また加熱式喫煙具を咥える。
「今言ったろ。残り一年ちょいの間お前に馬車馬の様に働いてもらうって話。結構先行投資しちまってるからさ、精々取り戻させてもらうからな。わはは」
毎度の社長の露悪的表現に白田は眉を顰めて露骨に嫌な顔をする。
社長は楽しそうに笑いながら五月に水を向ける。
「お、早速初仕事だ。五月、姫の機嫌を治してやってくれ」
「え?」
社長の言葉に白田はきょとんと眼を丸くする。聞き間違いでなければ『初仕事』と言ったはず。
「……初仕事って、どういう事ですか?」
ニヤニヤとするだけで言葉を発しない社長から視線を沢入女史へと移す。
「沢入さん、何なんですか?」
「ん~、私の口から言うのはちょっと……ねぇ?」
沢入女史はチラリと五月を見る。
「五月くん」
白田桐香はジッと雨野五月を見る。たらいまわしはこれで最後だ。
「ねぇ、五月くん」
「……んー、何と言いますか」
言葉を濁しながらごそごそとポケットを探り、名刺大の箱を取り出す。
そこから一枚の紙を取り出すと、照れ隠しからか顔を背けつつピッと白田に差し出す。
「これ」
その紙を受け取ると、白田はハッと驚いた顔で五月を見る。
「五月くん!これ!」
そこには株式会社バブルボムプロダクション雨野五月の文字。白田が所属するこの事務所の名刺だ。
「あのさ、もしかして……なんだけど」
キラキラと期待に満ちた目で白田は五月を見る。
「うちで働くの!?」
照れ隠しに頭を触れながら五月は答える。
「……バイトだけどな。最低賃金の」
「やっ……ったぁ!信じられない!あはは、社長って実はいい人だったんですね!」
比喩でなく飛び上がって白田は喜びを表現する。
「残り一年ちょい、ドラマや映画の話だっていくつか来てるんだ。忙しくなるから猫の手も借りたいと思ってたらちょうど最低賃金でいいのが転がってたからな」
社長の話も聞かずに、白田桐香はもらったばかりの五月の名刺の写真を撮るなど大喜び。この日初めて白田桐香公式SNSにビックリマークが登場し、ファン達に様々な考察を生ませたのはまた別の話。
「さっきも言ったけどな、俺たちは夢を売るのが仕事だ」
喜ぶ白田を見ながら社長はぼそりと五月に呟く。
「夢ってのは、まぁ言い換えれば嘘だ。でもな、本当は皆本物が見たいんだよ。嘘のような本当の話をな」
「……そういうもんですかね」
「あぁ、そういうもんだ」
「そうだ、五月くん!」
「雨野マネージャーな、桐香」
「雨野……マネージャー」
何故か照れながら白田は五月を呼ぶ。
「んでお前は白田さんか桐香さんな。間違っても人前で白田って呼ぶなよ、特にお仕事の時は」
「了解っす。何すか桐香さん」
新鮮な響きに満足げな笑みを浮かべつつ、若干の照れくささに表情を緩ませて白田は言葉を続ける。
「……雨野マネージャーは、仕事だからわたしのお世話をしてくれるんですか?」
自分でいいながら白田は顔を赤らめる。
「うわぁ、めんどくせぇこと言い出したぞ。こいつ」
「社長、シッ!」
五月は眉を寄せて苦々しい顔で白田を見る。
「えぇ、その通りでございますよ桐香さん」
「あっ、もうっ!五月くんの意地悪!」
「いやいや、意地悪って言うかさぁ。今この場でそんな質問するほうが意地悪なんじゃないの?」
「じゃあ後で!二人っきりの時にまた聞くからね!」
シンデレラストーリーの続きは、きっとお姫様でも王子様でも無い普通の少年少女の恋物語だ――。
かつて白ブタと呼ばれていたクラスメイトが何年か見ない間に白雪姫とか呼ばれて雑誌のグラビアを飾っていた 第一部 終
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