夢の途中
◇◇◇
五月のバイト先程近くの喫茶店。カフェでもコーヒーショップでも無く喫茶店。若者もほとんどおらず落ち着いた雰囲気のその店を白田は気に入っており、五月を待つとき以外にも度々使っている。
分厚い木製の扉を開いて落ち着いた灯りの店内へ。趣のあるこの扉ももしかするとそう遠くない将来、バリアフリーの流れで自動ドアに改修されるのだろうか?
「いらっしゃいませ」
五十代後半程の年齢の白髪混じりの男性が店長だ。白田はペコリと頭を下げて、店長の促す奥の指定席へと向かう。
そしてその途中の席で、険しい顔でカタカタとノートパソコンのキーボードを叩く人物がふと目に留まる。五月のコンビニの上司であるバイトリーダーの須藤だ。
何度か便宜を図って貰った相手を素通りするなどと不義理な行為が出来る白田ではなく、立ち止まり声をかける。
「須藤さん」
何度か五月から話を聞いているので名前も知っている。呼ばれて険しい顔を上げた須藤は、白田の顔を見て表情を和らげる。
「あぁ、いつぞやは鎌倉土産どうもありがとう」
「いえいえ、こちらこそです。いつも五月くんがお世話になってます」
まるで妻のような物言いをして白田はペコリと頭を下げる。
「お仕事ですか?」
「いや。下手の横好きってやつだ」
そう言って須藤は自嘲気味な笑みを浮かべる。その言葉で確か小説家志望と言っていた事を思い出す。
「しろ……あー、そちらさんもここよく使うのか?ここ良いよなぁ、昭和の喫茶店っぽいって言うか、文豪の巣っぽいって言うか。つーか昭和知らんけど」
名前を呼ぶべきかと気遣いをしてくれた事と適当な締めに白田はクスリと笑う。
「白田で平気ですよ。ご一緒したら迷惑ですか?」
「いやいや、そんな迷惑だなんて。そちらさんが良けりゃどうぞどうぞ」
奥の指定席を断り、須藤の向かいの席に座る。
「世の流れで店内禁煙だろ?家で書いてるとどうしても適当に一服したくなっちゃってな。だからよく来るんだ。金もかかるから頑張らにゃって気にもなるし」
「なるほど。テスト勉強みたいな感じですね」
「あぁ、まぁ近いな。それと違うのはゴールが無いことだ」
勉強と言う行為には本来終わりはないが、テスト勉強に限ればそれはテスト当日を迎えれば終わるものだ。白田は首を傾げる。
「小説の完成はゴールじゃないんですか?」
須藤は口をへの字に曲げて腕を組む。
「完成すればゴールと言えるかもな。だが書いていれば完成するとは限らない。だが書かないと確実に完成しない。そしてさらに困ったことに完成した物が面白いという保証がない」
「なるほど。確かにそれは大変ですね……」
「わはは、まぁ好きでやってんだから誰も悪くねぇよな。ところでそちらさん最近の活躍すごいな。あ、言っとくけど俺一番最初の時からもうわかってたから。嘘だと思うなら雨野に聞いてみな」
そう言って得意げに笑う。平日の夕方。店内に客は離れた距離に二組程いるだけだ。
「五月くんは真面目にお仕事してますか?」
「まぁね。愛想は無いけど適当な接客はしないし、覚えも悪くない。愛想は無いけど人当たりも悪くはない」
白田は嬉しそうに五月の話を聞く。
「愛想は本当無いですよね。笑顔で接客をしてるイメージ全然無いです」
「でも仕事は本当しっかりやってるよ、若いのに大したもんだ。昨今のバイトテロとか言うゴミみたいな事をする馬鹿どもとは大違いだよ」
明るく笑いながらもキーボードを打つ手は止まらない。
須藤は週四でコンビニバイトに入っていて、必要に応じて夜間も別の仕事をしているようだった。この日は夕方七時から仕事との事で、それまでの間少し話をした。
「働き始めるともう夢なんて追ってる場合じゃないんだよな。生活があるんだし」
そう言う須藤は新卒で入った会社を一年で辞め、そこからはバイトをしながらの執筆生活になったそうだ。
「結構良い会社だったんだぜ?まぁ名前くらいはみんな知ってる会社だよ。馬鹿だよなって思うんだが、……ちょうどその頃高校の時のダチが成功してな。テレビで取り上げられるそいつを見て、次の日には会社を辞めていた。わはは、馬鹿だろ?」
本が好きで、中学の時から書き始め、高校の時にちょっとした賞に引っかかった。当時仲の良かった友人が二人いて、一人は音楽を志し、もう一人は芸能界を夢見ていた。
「今思うと鳥肌もんのくっさい話なんだが、俺の小説が映画になって、そいつが主演で、もう一人が主題歌でって。そんなおとぎ話みたいなクソ甘ったるい夢想を語ってた訳だ。まぁ色々あってそいつらとは仲たがいして高校の途中から疎遠になったんだが、……対抗心かなぁ。趣味程度にしとこうと思ってた小説を、また本気で書こうと思って、仕事を辞めちまった」
キーボードを打つ手が止まり、顔を上げて須藤は二ッと笑う。
「で、そこから早数年、と。わはは、現実にはハッピーエンドってのが無くて困るよな」
程無く須藤のスマホのバイブが鳴る。バイトへ向かう時刻を告げるアラームだ。
「あぁ、時間か。じゃあお先。陰ながら応援してるぜ」
ノートパソコンをしまうと伝票を持ち、先に席を立つ。
「あっ、自分の分は自分で払います!」
立ち上がろうとする白田を手で制止して、ヘラヘラと笑いながらレジに向かう。
「あぁ、いいのいいの。若い女の子にタダで話聞いてもらえる店なんて無いんだから。お陰でおじさん何となくすっきりしたよ。雨野によろしくな」
「ありがとうございます。ごちそうさまでした!」
その場で立ちペコリと頭を下げる。
◇◇◇
『タバコの銘柄中々覚えられなかったの?』
白田からの唐突な質問に五月は眉を寄せる。もしかしなくてもバイトの話だろうし、経緯は不明だがソースは須藤しかいないだろうと想像する。
『吸わない人間からしたら当たり前だ。言っておくけどな、全然恥ずかしい事じゃないからな。水の種類より多いなんておかしいだろ』
『真面目にやってて偉いって』
『まぁ仕事だからな。ていうかそれ言ったの須藤さんだろ?』
『ふふっ、取材源の不利益になるようなことは言えません』
『勝手に取材すんなよ。須藤さんだろ』
『雨野によろしくって』
『言われなくてもすぐ会うし。やっぱり須藤さんじゃねーか』




