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チート魔術で運命をねじ伏せる  作者: 月夜 涙(るい)
第二章:魔剣の担い手
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第二十八話:脱出

 気配を感じて目を覚ます。

 息がかかりそうなほど近くにクーナの顔があった。

 長いまつげに、美しい瞳、整った鼻梁、この距離で見るとクーナの美しさには凄みすら感じる。


「えっ、あっ、ソージくん!?」


 クーナが慌てて後ずさる。

 顔を赤くして、妙に息が荒い。

 となりを見るとアンネが剣を抱くようにして眠っていた。


「おはよう、クーナ」


 体のチェックを始める。

 睡眠時間は五時間ほど、加護と魔力の回復を活性化させるために、点穴をついたが、一割も回復していない。


 それでも、全力の三割程度の力なら短時間の戦闘は可能だ。

 この階層の魔物相手であれば、群れでない限り対処はできるだろう。


「おっ、おは、おはようございます」


 クーナがつっかえながら、返事をする。


「なんだ、クーナ。夜這いでもしようとしたのかな?」


 俺がそういった瞬間、クーナの尻尾がピンと天に向かって伸び、尻尾の毛が逆立つ。


「そっ、そんな、そんなはずないじゃないですか! わたしはただ、ソージくんの寝息が全然聞こえてなくて、息しているのか不安になって呼吸を確かめようとしただけです」


 クーナの反応を見る限り、嘘ではなさそうだ。


「残念だ。てっきり、キスでもするつもりかと思ったのに」

「しーまーせーん、なんで、私がソージくんみたいな女の敵にキスなんてしないといけないんですかー」


 クーナは必死になって否定してくる。

 俺はそんな彼女がおかしくて苦笑する。


「女の敵じゃなかったらいいのかな? クーナだけを一生愛するって言えば好きになってくれるか?」


 クーナはキツネ耳を立ててさっきよりも顔を赤くする。


「……そんなの、秘密です。だいたいその言い方は卑怯ですよ。断られても冗談ですませる告白なんて男らしくないです」


 それで話はおしまいとばかりぷいっと顔をそむけた。

 そして、クーナはアンネのほうを少し見た。

 ……いろいろと彼女なりに考えているのだろう。

 俺はクーナを手招きすると、クーナがぷすっとした顔のまま隣に座った。


「体は大丈夫か?」

「はい、魔力はからっけつで、全然回復しないですが、加護は四割ぐらい残ってます」

「やっぱり、あれでもっていかれたか」

「ええ、金色(最高位)の火狐である私を焼くなんて、すさまじい炎でした」


 クーナはティラノの獄炎球の構成を崩壊させるために、手を突っ込んだときに手が炭化しかけて、ごっそりと加護をもっていかれた。


「あの炎を止めるのは、かなりぎりぎりでしたね。同じことをやれって、言われても自信がないです」

「そっか、クーナでもあれはぎりぎりだったんだ」

「情けない話ですけどね……ソージくん、聞かないんですか?」


 クーナが、若干申し訳なさそうな顔をして上目遣いに俺を見てくる。


「あの短刀のことか……気になるけど、クーナが話したいときでいいよ」


 ゲーム時代ですら一度も使わなかったクーナの短刀。気にならないと言えば嘘になる。だけど、俺は彼女を信じて待つことにした。


「……なら、今ですね。ソージくんには聞いて欲しい気分です。二振りの短刀、紅空は父様が私のために作ってくれたんです」


 クーナは愛おしそうにポシェットから短刀を取り出して愛おしそうに撫でる。


「小さなころから、私の使っている短刀って全部父様の手作りで、今まで使っていたのが、エルシエをでるちょっと前に、私の力に耐え切れずに壊れちゃって、新しいのを欲しいって父様にねだってたんです」


 俺は息を呑んだ。

 この神話級の短刀は、神代から伝わるものではなく、現代の錬金術士が作ったというのか?

 なんとしても、クーナの父親に会いたい。そんな欲求が胸に湧き上がってくる。


「ある日、父様に呼び出されて、紅空を受け取ったんです。大喜びではしゃいでいると、これが嫁入り道具だって告げられちゃいました」


 クーナが泣きそうな表情を浮かべた。


「顔も名前を知らない海の向うに居る人、その人に嫁げって、大好きなエルシエから出ていけって言われて、頭真っ白になって、父様のばかって叫んで、家出してきちゃったんです」


 クーナの表情がどんどん沈んでいく。故郷と父親のことを思い出しているのだろう。クーナの態度や話を聞く限り、クーナはそのどちらも大好きだったはずだ。


「泣きながら、走って走って、エルシエから離れてやっと、この短刀をもってきちゃったって気づいたんです。父様に投げ返してやればよかったのに」

「だから、使えなかったのか」

「はい、父様からもらった嫁入り道具を使ったってことは、結婚を認めることになっちゃうって思っていました。……つまらない意地です。これを使わなければ、今回、私が死ぬだけじゃなくて、ソージくんもアンネも犠牲にするところでした」


 そう言いながら自嘲するクーナを思いっきり抱きしめてやりたくなった。

 そして、クーナにこんな顔をさせる、くそ親父を殴ってやりたいと本気で思う。


「なら、クーナ。俺のところに嫁に来たらどうだ。クーナの父親は嫁入り道具としか言ってないんだろう? 俺と結婚したら心置きなく使えるぞ」


 俺の言葉を聞いて、クーナはくすくすと笑う。


「まーた、そんな冗談言って。でも、ありがとう。少しだけ気が晴れました。これからは、ばんばん、短刀を使っちゃいますよ! クーナちゃんの本領発揮です」


 誰がどう見ても作り笑いだった。

 だから俺は一つの約束をすることにした。


「地上に戻ったら俺がクーナの剣を作るよ。”今の俺”では、その紅空を超えるものは作れない。だけど、クーナが全力を振るえる剣ぐらいは作ってみせる」


 悔しいが、それが俺の限界だ。

 素材の問題も、魔力量の問題も、そして技術の問題もある。

 でも、いつか必ず紅空を超えてみせる。男の意地にかけて。


「ありがとう。期待しています。剣を作ってくれたら、お礼に私の大事なものをあげちゃいます」

「随分ともったいつけた言い方だな。……だが、楽しみだ。がんばらないとな」


 俺とクーナはそう言って笑い合う。

 それから、しばらく雑談をしていると五階への入り口のほうから岩を砕く音が幾重にも聞こえてきた。

 助けが来た?


「クーナ、アンネを起こしてくれ」

「わかりました。ソージくん」


 俺は念のため戦闘態勢をとり、クーナがアンネを揺すり起こす。

 そして、今まで道を塞いでいた瓦礫が全て砕かれて顔を出したのは……


「おう、本当に居たな兄ちゃん」


 いつか、地下四階で全滅しかけていて、俺が肉と水を振る舞ったランク2のパーティだ。たしかパーティ名は【群青の鷹】。


「本当に居た? 俺達がここにいることを知っていたのか?」


 俺は呆然とした顔で問いかける。


「茶色い髪をした可愛いお嬢ちゃんに頼まれたんだよ。兄ちゃんたちが地下六階で立ち往生しているから助けにいってやってくれって」

「……そのお嬢ちゃんとやらは、髪は短めで、発育が悪い、どこか生意気そうな人じゃなかったですか?」


 俺は、とある人物を頭に浮かべて問いかける。


「そうだそうだ。兄ちゃんの言うとおりのお嬢ちゃんだよ」


 ……ユウリ先輩か。相変わらず謎が多い人だ。

 あの人は、敵なのか味方なのかがよくわからない。


「来てくれてありがとう。正直かなりまいっていたんだ」

「ああ、感謝しろよ」


 そう言いつつ、男は手を出す。


「前金をよこせ。とりあえず報酬の半分を先にもらおうか。三十万バルだ」

「ソージくん、六十万バルってぼったくりじゃないですか!?」


 クーナがあまりの金額に驚いた声をあげる。


「クーナ、適正価格だ。ランク2の四人パーティを護衛として一日拘束する。それも飛び込みの緊急依頼。これでも安いほうだよ」


 友情価格という奴だ。あのとき恩を売っておいてよかった。

 ランク2のパーティが護衛なら、今の俺達でも安全に地上へ戻れるだろう。


「だが、あいにく迷宮内にそれだけの現金を持ち込んでない。代わりに俺たちの倒したモンスターの素材をわけてやるっていうのはどうだ」


 俺はティラノの死骸を指差す。

 すると、【群青の鷹】の面々の表情が変わった。ベテランだけあって、あの素材の価値がわかるのだろう。


「こいつはすげえな。いいぜ、これを好きなだけって話なら、前金と言わず、全額チャラにしてやってもいい」

「それで頼むよ。どのみち俺たちじゃ、置き去りにするしかなかった」

「よし、じゃあ交渉成立だな。おまえら、とりかかれ」


 ベテラン探索者たちは、手際よくティラノの死骸から使えそうな素材を剥ぎ取っていく。おそらく、百万バルほどにはなるだろう。


「それにしても、随分と早かったな。あの瓦礫をどかすの、もう少し時間がかかると思ったんだけど」


 ティラノの素材をあつめている、ベテラン探索者に俺は問いかける。

 相当ひどい崩落だった。ランク2のパーティと言えど、簡単には撤去できないだろう。


「それがな、先客が居て、途中まで瓦礫をどかしてやがったんだ。俺らが来たらとっとと逃げたけどな?」

「先客?」

「ああ、すっげえ、イケメンの若い男で、必死な表情で、僕はこんなつもりじゃなかったー、だの、アンネまで殺してしまうーなんて、いいながら、瓦礫をどかしてたのよ。俺らが来る頃にはほとんど、終わっていたぐらいだぜ」

「そうか、あいつが」


 その男は間違いなくクラネルだ。

 どこかでおかしいと思っていた。意図的な暴動スタンピードを引き起こせば、あいつが手に入れたいと思っているアンネまで死んでしまう。

 それでも実行したということは、正気じゃなかったということだ。

 そもそも、クラネルがあんなものを引き起こせるはずがない。

 黒幕が必ず居る。


「こっちは準備が出来たぜ。あんちゃん。さっさと地上に戻ろうや。茶髪の嬢ちゃんから明日は学校だから急いでやれって聞いてるぜ」


 男臭い笑顔で、ピンと親指を立てる。


「……一つだけ聞いていいか? そもそもどうして、【群青の鷹】は、俺達がここで救助を待っているッて聞いてあっさり信じたんだ? 子供のいたずらだと思わなかったのか?」


 普通に考えれば、俺達が地下六階で立ち往生しているなんて信じない。

 それも、学生の言葉だ。


 金をもらっていれば話は別だが、ユウリ先輩は、俺から報酬をもらえと言ったと、【群青の鷹】のメンバーは言っている。

 考えられるのは二点、一つはユウリ先輩から前報酬をもらっていながら、俺に二重請求した。

 もう一つは、なにかしらの精神操作の術をユウリ先輩がもっていることだ。

 それこそ、何者かがクラネルを唆して、アンネを殺しかねないことをさせるような。


「そういや、なんでだろうな。まったく疑おうって気すら起きなかった。普通なら、ガキのたわごとって笑いながすのによう。まあ、いいじゃねえか、こうして兄ちゃんたちを助けられたんだから」


 笑いながら、男は歩き出す。

 俺は男の背中を追いかけながら、ユウリ先輩に問いただすことを決意した。

 今まで多少の不自然さは見過ごしてきたが、さすがに避けては通れないだろう。

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