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チート魔術で運命をねじ伏せる  作者: 月夜 涙(るい)
最終章:チート魔術で運命をねじ伏せる
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第一話:寮からの脱出

 昨日は楽しかった。

 やっぱり、二人と愛し合っているときに一番の幸せを感じる。


「ソージくん、反省してますか!?」

「……ずいぶん、見張りの数が増えたわね」


 しかし、その幸せの代償は重かった。

 見張りが二人、正体不明の攻撃で気絶させられた。

 その事実を重く見た軍部が見張りの数を増やし、さらに交代制にして、三時間ごとに交代が来るので気絶させようがすぐに気付かれる。


 加えて、部屋の中にも待機するなんて軍部が言い出した。

 ……そっちはさすがに却下させたが。


 それだけじゃない。

 祭りの際に襲撃を受けたことで学校全体が一週間の間、休学になることが決定していたが、その後も俺たちは一か月近く休学になってしまった。


 スゴート教官が気を利かせてくれたおかげで、あとで課題を提出することでしっかりと出席扱いにしてもらえることになった。

 アンネとクーナも同じ扱いだ。


「いったい、どうするんですか! ソージくんって、いつもは考えて行動するのに、エッチなことをするときだけ、我を忘れますよね」


 少しだけ、耳が痛い。

 だが、今回の件は我を忘れてやったわけじゃない。


「いや、狙い通りだ。俺たちはシリルさんが迎えに来たらここを抜け出すだろう? そのとき、過去に不可解な攻撃があったという事実さえあれば、俺たちの脱走ではなくて、俺たちがさらわれたと思ってもらえる公算が高い」


 まあ、さらわれたことで軍部が言うところの保護を強行されるリスクがあるが、脱走したと思われるよりはマシだ。

 意図的に脱走したと思われれば、犯罪者となる。


「まさか、そのために騒ぎを起こしたんですか?」

「ああ、その通りだ。ここを抜け出すときも同じ手で意識を刈り取る。同一犯の仕業だと思ってもらえるだろうな」

「ソージ、そういう話をこの部屋でするのは危険ではないかしら?」

「大丈夫、魔術で風の流れを制御している。音なんてものは空気の振動だ。俺たちからある程度離れたら、声を打ち消すようにするぐらい造作もない」


 昨日だって、エッチなことをしたいだけなら、わざわざ意識を奪ったりせずにこの魔術を使えば良かった。

 それをしなかったのは、この状況を作るため。


「ちょうどいい。俺が【転移】された後のことを話しておこう。俺が【転移】させられた場所で窮地に陥った。そんな俺をユーリ先輩は自分の命と引き換えに救ってくれた。ユーリ先輩は最後に、本体ほんとうのわたしと会い、伝言を伝えてほしいと言ったんだ。彼女の最後の願い、かなえてやりたい」


 ユーリ先輩の最後の言葉を思い出す


『最後のお願い、できればあたしのことを忘れないでほしいな。まあ、こういう役割をもった存在だけど。感情がないわけじゃない。せめて、誰かに覚えておいてほしいじゃないか。あと、そのうち、本体ほんとうのあたしが挨拶に行くから。伝言頼むよ。次のあたしを生み出すときは、遠隔操作リモートにしてねって、人格を持たせられる身にもなってほしいよ。あっ、願いが二つになっちゃった』


 俺はユーリ先輩のことをうさんくさいと思っていたし、警戒していた。だけど、嫌いじゃなかった。

 あの人が言う本体とやらに会えば、俺が知りたいことを知れるらしいが、それ以上に俺が知っているユーリ先輩の想いを大事にしたい。


「そんなことがあったんですね」

「ソージが勝てないなんて、すごい敵ね」

「ああ、今回の件は【破滅】、世界の滅亡なんてことが関わっているぐらいだ。……たぶん、ユーリ先輩の本体と名乗る存在に会えば、引き返せなくなる」


 知るということはそういうことだ。俺とともかく、クーナとアンネは今なら踏みとどまることはできる。


「ソージくん一人じゃ手に負えない話です。なら、当然私も一緒に行きますよ!」

「ええ、私たちは【魔剣の尻尾】よ。いつも一緒。それがソージの言うように、【破滅】が相手でもそれは変わらないわ」

「……そう言ってくれると信じていた。二人の気持ちは知っている。だから、スゴート教官に三人を休学にするように頼んだ。三人で行こう」


 もう、今更二人の気持ちを確認なんてしない。

 俺は二人を信じているし、二人は俺を信じている。


「あとは、いつ父様が迎えに来てくれるかですね」

「だな。本体とやらが、どこにいるかわからないから、シリルさん頼りになる」


 あの人は絶対に約束を守る人だ。

 迎えに行くと言っていた以上、そう遠くないうちに、連絡を取ってくるだろう。

 そんなことを考えていると、さっそく来た。

 窓の隙間から小鳥が飛び込んでくる。


「あっ、サツキ号です」


 クーナが手を伸ばすと小鳥が着地して、右足を上げる。

 右足には手紙がくっついていた。

 クーナがその手紙に早速目を通す。


「父様は明日迎えに来るそうです。エルシエ方面に街道を進んだ先で待つと書いてます」

「わかった。護衛たちを振り切って、合流すればいいんだな」


 常時張り付いている護衛は四人。さらに寮の門、学校の門両方に見張りがいる。


 四人の護衛は全員がランク3。

 彼ら全員を気絶させ、さらわれたように偽装し、門の見張り誰にも見つからないように合流地点に向かう。


 以前の俺であれば、難しい任務だが。

 今の俺ならなんとでもできる。


 ◇


 翌日、食堂で食事をとった俺たちは部屋に戻る。

 昨日のうちに旅支度は済ませていた。ダンジョンに挑むつもりでフル装備だ。

【転移】させられた白い部屋で砕かれてしまった機械魔槍ヴァジュラの外殻は、もしものときのために用意していた複製品を使用する。

 強度も性能も劣るが、ないよりはいい。


「ソージくん、その槍を持って見つからないように逃げるって無理じゃないですか」

「わりと、なんとかなるぞ」


 俺の機械魔槍ヴァジュラは、巨大な馬上槍だ。

 とてつもなく目立つ。

 だけど、これぐらいでは障害にならない。

 昨日と同じように扉越しに発勁を放ち、まず二人を気絶させる。


 そして、扉の外をうかがう。

 少し離れた位置に居た二人組が倒れた仲間に向かって駆け寄ってきた。

 風の精霊と意識を同期を始める。

 急激に酸素濃度を上げると、残り二人も気絶した。

 俺はエルフに比べると風の精霊との親和性は劣るが、人間としては最高峰だし、ランク4の今なら力づくでこんな真似もできる。

「扉の前にいた四人は気を失った。クーナ、アンネ、いくぞ」

「はい、いつでもいいです」

「私も準備ができてるわ」


 俺たちは裏庭側に窓があるクーナの部屋に向かい、その窓から飛び降りる。

 俺たちの部屋は三階にある、飛び降りるのにさほど時間はかからない。

 そして、寮の裏庭にある花壇の裏、そこの土を払うと隠し扉を見つけた。


「ソージくんに言われて作っていた地下通路、本当に使う日が来るとは思ってませんでした」

「俺はいつか使う日が来るとは思っていたぞ」


 クーナは火の精霊とマナばかりを使うが、火狐という種族は土の精霊とも相性が非常にいい。

 加えて、火狐はキツネの特徴も持っている。

 すなわち、穴を掘って巣を作る。

 ストレスが溜まると、クーナはこっそり地下に秘密基地を作る。


 どうせなら、秘密基地を拡張して、もしものときのために外へ続く道を作っておいてくれと頼んだ。

 素人が作ったトンネルなど、すぐに倒壊するが、遺伝子に刻まれた経験で作りはしっかりしているし、土の魔術で壁が固められているので頑丈だ。


 トンネルを抜けると森の中に出た。

 あとは、街道に出ずに森の中を進んでいけばシリルと合流できるはずだ。


「……クーナ、前に俺が見つけたときよりもずいぶん地下トンネルが拡張されていたが」

「いえ、その、たまにむしゃくしゃしたときに掘っていたら、いつの間にかこんなのが出来ちゃいました。今度、トンネルの中にある私の部屋を見せてあげますよ。家具とかたくさん揃えてます」

「そんなことをしているから金が足りなくなるんだ」

「秘密基地はロマンです!」


 その気持ちはわからなくはない。

 小言は止めておこう。今回はそのクーナの遊びに助けられたのだ。


 ◇


 半日ほど、エルシエ方面へと森の中を歩いていると、風が頬に触れた。

 俺でないと気付けないほどに、薄く魔力の匂いがした。


「シリルさんはもう来ているようだ」

「ソージ、よくわかるわね」

「風からシリルさんの匂いがした」


 クーナとアンネが信じられないという顔をしていた。


「こっちだ。風が呼んでる」


 俺のあとを二人がついてくる。

 そして、三十分ほど経って馬車が見えた。

 どう見ても、青年にしか見えない美しいエルフが手を振っている。


 世界で唯一のランク6にしてハイ・エルフ、クーナの父親、シリル・エルシエ。

 彼が口を開く。


「二日ぶりだ。クーナとアンネロッタがついて来ているようだが、二人とも覚悟はあるのかな? 知ると戻れなくなる」


 俺が返事をする前に、クーナとアンネが一歩前に出る。


「もちろんです。私はソージくんとどこまでに一緒に行くと決めました」

「私も同じよ。そうでなければ婚約なんてしないわ」

「二人の覚悟はわかった。だが、あえてソージに問おう。二人を巻き込む覚悟が君にはあるか? 君のせいで二人が死ぬかもしれない」


 そんなのとっくに決まっている。


「もちろんだ。俺はクーナとアンネのためなら、なんでもする。二人も同じだ」


 それが【魔剣の尻尾】だ。

 そして、俺は何があろうと俺は二人を死なせたりはしない。


「いいだろう。では、馬車に乗ってくれ。場所が場所だけに少々手荒い運転になるから、覚悟しておいてくれ」


 こくりと頷くとシリルが頷いた。

 乗ってから馬車のおかしなところに気付く。

 この馬車、馬がない。 


 エンジン音という、この世界ではろくに聞いたことがない音が鳴り響く。

 外装の木々がはじけ飛んで特殊合金製のボディが露わになる。

 間違いない、これは馬車じゃない。馬車に偽装した車だ。

 凄まじい加速で車が走り出す。


「父様、これなんですか!? 速すぎて怖くて……楽しいです!」

「きゃっ。ソージ、助けて」


 クーナとアンネがしがみ付いてくるので、俺も彼女たちを抱き寄せる。

 クーナの故郷で見た車、こんなものを持ち出してくるとは。

 エルシエでは、火の精霊の力を借りるモデルと、風の精霊の力を借りるモデルがあったが、これはハイブリットのようだ。

 ろくに整備されていない悪路を時速二百キロほどで走行する。

 ふざけている。だが、面白い。

 これならどんな目的地だろうがすぐに着きそうだ。

 ユーリ先輩の本体ほんとうのわたしに、もうすぐ会える。


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