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チート魔術で運命をねじ伏せる  作者: 月夜 涙(るい)
第六章:ソージが呼ばれた意味
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第二十一話:ユーリ先輩の二つの願い


 パチパチパチパチパチ。

 拍手の音がいくつも聞こえ始め、白い部屋に反響する。

 なんだ、これは?

 その疑問に答えるように、白い部屋が変化する。

 今まで壁だと思ったものがモニターになり、何十人もの人間の顔が映る。

 それらの人物は一様に笑っていた。

 ……これじゃまるで俺が見世物みたいだ。


「さすがはイレギュラー。一筋縄じゃいかない。勝率0.0000001%の戦いで生き残るなんて驚きだ」


 最初の天使の声が響く。


「それは、計算ミスだな。俺からすればあんな人形ども100%潰せるとわかっていた」


 笑って見せる。

 強がりだ。

 今の俺が一番やばいのは、大量の敵を一度に叩き込まれることじゃない。

 波状攻撃だ。

 もう、魔力も加護も体力もやばい。どれだけ立っていられるかすらわからない。

 短期決戦しかできない。

 ふう、最初の仕掛けはまだ発動しないか。あれが発動してくれれば状況が変わるかもしれないと言うのに。


「みんな、奇跡を起こしたソージに拍手を。そして褒美を与えよう。私たちはゲームにクリアしたものには選択肢を与える。1.今の百体の天使と戦う。2.あるいは君は巨万の富と権力を得て帰ることができる。代償はもっとも大事な者の命」


 壁と天井に移された者たちの顔が醜く歪む。

 一番大事な者。

 クーナの顔が浮かんだ。

 百体の天使と戦う。ランク4になった今の俺でも死しか見えない。そんなことはわかっている。

 だけど、答えもわかり切っている。


 俺と同じくぼろぼろの相棒やりを構える。

 一番得意な型だ。満身創痍だろうが、心が折れようが、体どころが魂に刻まれた型、一点の曇りもない。


「1だ。クーナより大事なものなんてない」


 さあ、必死に考えよう。

 勝つ術を、生きる術を、何かがあるはずだ。

 ……二つの希望があった。


 一つ目、ユーリ先輩の言葉にはすべて意味がある。あの人は俺に勝てと言った。

 ぶっちゃけた話、普通に考えれば今回の相手はあまりにも理不尽で勝つことは不可能。それでもあの人は勝てといったのだ。


 なら、勝てるはずだ。何一つ見落とすわけにはいかない。

 あるいはニ十体の天使に勝ったことに意味があるかもしれない。

 俺は、なぜかあの人のことを信用していた。


「では無謀な選択をした若者には楽しい楽しい次のゲームを用意しよう」


 俺を笑う嘲笑が全方向から響き渡っている。

 そして、それは現れた。

 表情が引きつるのを抑えきれなかった。


「……これは反則じゃないか」

「はははは、当然だろう。さきの天使なら百体でも君なら勝つ可能性があったからね。特別な駒を呼んだ。さあ、ソージよ。主人公気取りでバカな選択をしたことを悔いるがいい。まあ、もっとも2.を選んだところで君は終わっていた。君は1.を選んだ瞬間、世界に関わる資格を失い、路傍の石になり果て、【破滅】への干渉ができなくなっていただろう」


 世界に関わる資格、【破滅】への干渉。

 これらのワードにはきっと意味がある。


 だが、その考察は後だ。目の前に敵が現れたのだから。

 さきほどまでの天使じゃなかった。

 鍛え抜かれた肉体を持つ青年たち。全員、間違いなくランク5。それだけじゃない、それぞれが得意とする最上級の武器を構えている。

 さらに見間違え出なければ……。


「全部、見知った顔だな。いったいこれはどういう手品だ」


 戦友たちだ。

 データベースで情報交換を行い、競い合ったかつてのプレイヤーたち。その中でも最前線にいたもの。

 俺とほぼ同等の技術を持つ凄腕ばかりだ。

 それが百人。


 なぜ、こんなものを呼びだせたかなんて知らないし、考える必要もない。

 ただ、どうやって戦うか。この質も量も最強の連中に。

 万全の状態で一対一でも勝てるか怪しい。

 そんな相手を百人同時に何もかもが尽き果てた体で挑む。笑えてくる。

 百人のプレイヤーが溜を作った。

 とびかかる前の予備動作。

 そんな中、俺はにやりと笑う。


「ようやくか。やっと仕掛けが効いてきた」


 待ちわびた。

 世界がひび割れる。


「なんだ、これは、【聖域】が砕ける」


 この白い部屋には非常に強力な結界があった。

 力技では、俺のすべてをかけてでないと壊れないほど強い結界。

 そんな結界に毒を注入し、自壊するように仕込んだ。


 初めて、モニタに写る無数の顔が驚愕に浮かぶ。

 どうやら、あの結界は彼らを守るためのものらしい。

 パリンっと砕ける音がした。

 目の前の男の顔が怒りに染まり、とんでもなく莫大な魔力が膨れ上がった。


 男が新たな結界を構築している。


「化け物か」


 即座にこれほどの結界を!? 俺が壊したものより、数段上の結界が張り直された。こんな真似をできるのは神様としか思えない。


「はははは、残念だったな。これで、逃げられない。いやっ、この再構成までの時間に侵入された。まさか、封印が緩んで」


 目の前の空間がひび割れた。空間の亀裂から手が生えて、誰かがはい出てくる。

 そこから出てきたのは……。


「ユーリ先輩、遅かったな」

「ありがと。約束通り勝ってくれて。おかげで、バカが焦って自滅してくれたよ。【聖域】までくずしてえらいえらい。お礼にユーリ先輩が助けてあげる。君にはあたしの本気は一度も見せてなかったね」


 ユーリ先輩は弓を構える。

 かつてダンジョン内で見せた大剣への変形機構を持った弓。

 そのに矢を番える。

 矢を放つと光へと変わり、天井ではじけた。千の光の矢が降り注ぐ。

 一発一発がホーミングし、かつてのランク5たちをすべて吹き飛ばす。

 ありえない。

 この力、シリルと同じくランク6、いや、それ以上の何かだ。

「調子に乗ったね。ソージへを倒すために、これだけのものを【具現化】してリソースを使いすぎた。おまけに慌てて全力の結界なんて作っちゃうから……あたしたちを縛り付けてる枷を緩めちゃうんだよ。バカは死んでも治らないって本当だね。まさか、前と同じ失敗をするとは。もう一回死んだら治るかな?」


 矢を大剣に変形させ、ユーリ先輩は男に突きつける。


「女神の端末が! こんな介入は反則だ。無効だ!」

「半分正解。”ユーリ”は消える。罰則でね。でも半分は間違い。こんなことで無効にはならない。まあ、今回はあたしたちの勝かな。端末一つで君たちを根絶やしにできるんだから」


 ユーリ先輩の体が崩れていく。体のハシから光になっていく。


「最後にゴミ掃除させてもらうよ。あーあ、ソージが怖くて頑丈な結界を作ったのにねー。そのせいでもっと怖いあたしたちの枷を緩めちゃうなんて、ばっかじゃないのかな」


 大剣がまばゆく光り輝く。その光はどんどん強くなる。

 ユーリ先輩は大剣を思い切り振りかぶった。

 まだまだ光の増加は止まらない。甲高い音が周囲に響き渡る。

 モニタに写るすべての顔が引きつり、どこかに逃げようと押し合い、ののしり合う。

 目の前の男は止めろと叫ぶ。


「ありがと。ソージ、ちゃんと勝ってくれて。君がバカを焦らせたから介入できた」

「待ってくれ、ユーリ先輩、これはいったい」

「まあ、近いうちにわかるよ。……君のおかげで【破滅】の確定は防いで、道を開くことができる。だから、お礼。これはお礼であって浮気じゃないから安心して」


 ユーリ先輩が頬に口づけをしてきた。


「最後のお願い、できればあたしのことを忘れないでほしいな。まあ、こういう役割をもった存在だけど。感情がないわけじゃない。せめて、誰かに覚えておいてほしいじゃないか。それじゃね。そのうち、本体ほんとうのあたしが挨拶に行くから。伝言頼むよ。次のあたしを生み出すときは、遠隔操作リモートにしてねって、人格を持たせられる身にもなってほしいよ。あっ、願いが二つになっちゃった」


 ユーリ先輩が限界まで力を蓄えた光の剣を振り下ろす。

 白い部屋が、さらなる白に塗りつぶされる。

 そして、俺は何かに引っ張られた気がした。

 最後に見た光景は、ユーリ先輩が手を振る姿だった。


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