第十三話:魔石
「おい、おまえ」
休憩時間に入るなり、ランク2の先輩が話しかけてきた。
「なんでしょうか、先輩?」
いぶかしげに思いながらも、にこやかに返事をする。
「さっきは、疑って悪かった。謝罪しよう」
「それはどうも」
「それでだ。もし、お前が特待生で合格したら、俺のパーティに入れてやる。本来、一年のひよっこをいれるなんて以ての外だが、おまえから得るものはありそうだ。俺についてくれば、確実に勝ち組になれる」
確かにそうだろう。この先輩は二年唯一のランク2。この学園内でパーティを組むならこれ以上の条件はない。
「お断りします」
「なんだと!? この俺が誘ってやっているんだぞ!?」
「たとえ誰だろうと断ります。俺にはもう、俺のパーティがありますから」
「……ずいぶん、二位と三位の女と親しそうだったな」
「ええ、彼女たちが俺のパーティメンバーで、最高の仲間だと信じています」
俺は一から三人で頂点を目指す。誰かの庇護を受けようだなんて思わない。
「そうか、その選択を後悔するなよ……ちょうどいい、弟が特待生になるためには目障りだったんだよ」
そう言うと先輩は意味ありげにアンネのほうを見てから立ち去って行った。
◇
「王の入場。敬礼」
王が来る前に受験生は全員整列させられていた。
そして、合図と同時に敬礼をする。
さっきまでふわふわしていた女教官も、キリッと表情を引き締めている。
敬礼をする受験生たちを見て王がうんうんとうなずき声をあげる。
「よく、来てくれた。未来の騎士たちよ。私は才能ある若者が頑張る姿を見るのが好きだ。今日は君たちの輝き、才能のきらめきを見せてもらえることを期待している。全力で君たちの魅力を伝えてくれ」
人の良さそうな、それでいて不思議な包容力のある声。
ここ数代でもっともカリスマがあるといわれている王。その片鱗が垣間見えた。
「総員、休め」
俺たちは敬礼を解いた。
「じゃあ、みんな解散していいよ。私は、特等席で君たちの試合を見ておくから」
王が立ち去り、一段高い貴賓席に向かった。
去り際に王はアンネのほうを見た。そして、ひどく憐れむような、後ろめたさを感じるような視線だ。
それも当然か……王は、彼女の父親の冤罪を知っている。知っていて国のために見過ごした。個人的にも仲が良かった重臣の娘が、こんなところで一般人の中に混じり傷だらけになっているのを見て良心が傷んだのだろう。
……俺は、王のことも、アンネの父親の罪も、その真相も知っている。それは国を揺るがすような事件で、ゲームだったイルランデでは、ある程度の地位まで上り詰めれば、その影がちらつくからだ。
だが、アンネのことは知らなった。俺がプレイしたイルランデでは一度も彼女に会うことはなかったのだから。だが、彼女の剣を愛剣としていた時期があった。……おそらくは、今回のようにあのタイミングで会わなければどこかで生き倒れて死ぬか奴隷になっていて剣を手放すことになっていたのだろう。
俺はそれを認めない。あの剣は彼女の傍に居てこそもっとも輝く。
◇
トーナメント表を見る。
トーナメントには上位六十四人の名前があった。それ以外は足切りで実戦のアピ―ルの場をもらえない。
戦いの中で見せた技能を評価するので、順位は関係ないと言われている。
だがそれは欺瞞だ。勝てば勝つほど、評価してもらえる回数が増える。
だから、通常ここまでの総合成績でシードを決めて、成績上位者は最後まで当たらないように工夫されている。そのほうが見に来た観客も盛り上がる。
だと言うのに……
トーナメント表では、俺とアンネが一回戦、それも最初の試合でぶつかるようになっていた。
成績優秀者をシードにするのは暗黙の了解だ。明確にそうするとはだれも言ってない。
だが、ありえない。きっとこれはアンネを、罪人の娘の評価を下げるための画策だ。
座学の試験結果を発表した教官のセリフが脳裏によみがえる。
『だれもが感情を持ち込まずにいられると思うな』
確かに、その通りだ。
ふと、視線を感じると大男とも、若い女性とも違う教官の一人と談笑していたランク2の先輩が、にやりとした笑みでこっちを見ていた。
ああ、そうか。あの先輩がアンネの罪をだしにして、あの教官をそそのかしたのか。
「やってくれる」
俺があえて負けるという方法もある。彼女と違って、手段を選ばなければすぐに金を作れる。
だが、彼女は剣に真摯に向き合っている。下手な手抜きはばれてしまうだろう。
そもそも俺はあの場で、三人で特待生になると誓った。【魔剣の尻尾】の最初のミッションを失敗させるわけにはいかない。なら、どんなに困難な道でも、三人全員が特待生になる道を選ぶ。
「教官、提案があります!」
俺は声を張り上げる。王にも聞こえるように。
「なんだい? 聞くだけ聞いてあげるよ」
女教官は、若干ひきつった顔をした。面倒ごとの予感がしたのだろう。
「はっきり言って、私の実力はこの場ではとびぬけています。試合するだけ時間の無駄です。そんな無駄な戦いを、トーナメント最後まで、六回もするのは正直に言って、面倒です」
「きっ、君、なんてことを言うんだ!」
教官があまりにも不遜な発言に激昂する。
相手にならないと言われたほかの受験生たちも、殺意を込めた目で俺を見る。
「なら戦わないとでも言うつもりかい!」
「いいえ、六回も戦う必要がないと申し上げただけです。たった一度の勝負で私の実力を見せつけてみましょう。この学園二年唯一のランク2、彼を倒すことによって!」
俺は、二年で唯一のランク2、久しぶりの卒業時ランク3を期待されている先輩を指さし不敵に微笑む。
そちらが俺たちを潰そうとするなら。容赦しない。潰して引き立て役になってもらおう。
「面白い! 面白いじゃないか! そういう無鉄砲な子、私は好きだよ」
貴賓席の王が立ち上がり、激しく手をたたく。
どう考えても受け入れられない無茶な提案。だが、俺はゲーム時代の王を知っている。このお祭り好きな王なら絶対に乗ってくると確信があった。
「ああ、見たいな。いいよ。やろうよ。うん、現役の天才と、受験生の天才のぶつかりあい。燃えるよ。これ」
周りの教官は慌てふためく。一蹴したいが、王がこれだけ乗り気だ。無視できるはずがない。
「俺からもお願いします! この生意気な小僧の鼻っ面を折らないと気が済まない! ランク1でまったく【格】も積んでない奴に舐められたままじゃいられない」
俺に挑戦状を突きつけられたランク2の先輩も当然の様に激怒する。
周りの受験生も、俺に痛い目を見てほしいようで、やれ! やれ! とはやし立てる。 そんな中、クーナと、アンネは不安そうに手を繋いでこっちを涙目で見ていた。
特にアンネは俺の行動が自分のためだと察しているようで、どうして? とそんな表情だ。
俺は二人に『勝つよ』という意味を込めて笑顔で親指をたてて合図をする。
「陛下駄目です。この子、ランク1、しかも【格】をまったくあげていないんです。加護があっても、ランク2相手なら即死しますよ! 才能のある若い子が潰れていくのを見たくありません」
「教官大丈夫です。その覚悟はあります。是非許可を。ここにいる全員が望んでいます」
俺の声に周りが賛同する。
「でっ、でも許可できない。ランク2の攻撃を受けたら、本当に加護が追いつく間もなく死んじゃうんだよ」
「そうですか……なら、先輩。教官が【格】をまったくあげていないと、戦っては駄目と言っているので、一つだけ魔石を食っていいですか」
「かまわないぜ、一つ食ったところで何も変わらないからな。俺が今まで何百個の魔石を食ってランク2になったと思っていやがる」
「ではお言葉に甘えて」
俺はランク1上位の、巨大な魔石を取り出す。
本来、段階を追って耐えられるからだを作ってはじめて食べることができる巨大な魔石。
周り全員の顔が青ざめる。
だれがどう見ても自殺行為。
なんせ、この強さの魔石を食べるには、十五段階の強さの魔石を順に食べなければいけない。それをすっ飛ばしている。
「やめなさい! 確実に死ぬわよ」
真っ青になった教官が俺を止めるために走ってくる。
だが、俺のほうがはやい。
魔石を額にあて、食らうと念じる。
魔石がほどけ緑の光が体に吸い込まれる。
俺を中心にして風が吹いた。
「さあ、先輩、俺の準備はいいです。やりましょうか」
周りからざわめきが聞こえる
ありえない。
おかしい。
考えられない。
あいつはいったいなんなんだ。
「これで俺も、ランク1の中位。即死はしないですから」
本来、数か月かかって初めてたどり着く領域に、0から一瞬でたどり着いた驚愕があたりを駆け巡る。
まわりから、話し声が漏れ始め、驚異のランク上げに対しての話題で埋め尽くされる。処刑を見ることだけを楽しみにしていた観客が、本当の意味で俺に期待し始めた。
「てめえ、どんな方法を使ったか知らないが、それでもランク1なのは変わらない。速攻でぶち殺してやる!」
若干手を震わせながら先輩は言った。
そんな俺たちを見て、王は口を開く。
「あはははは、面白い、面白いよ。こんなめちゃくちゃな子、見たことがない。やろう、いや、やれ、王の命令だ。私は、ランク2とランク1の戦いを希望する」
教官に周囲の目が集まる。
教官は葛藤し、心底いやいやといった様子で口を開いた。
「許可します。第一試合は、第二学年 レイルと、受験者 ソージに変更させていただきます。ソージの対戦予定者のアンネは不戦勝で二回戦から。試合は十分後に開始」
観客席から叫び声があがり、今ここに試合が成立した。




