第十一話:たどり着いた答え
朝食を済ませた俺はライナの家を早朝からでていた。
歩きながら、昨日のことを思い出す。昨日は本当に良かった。
温泉でたっぷりクーナとアンネを可愛がったのだ。
少し楽しみすぎたせいで夕食の時間が遅れ、ライナにどやされてしまっている。
……それを踏まえてなお、価値のある時間だった。
「そろそろ、二人に魔石を与えてもいいころか」
俺はあえて魔石を与えていなかった。
理由の一つとして、今でもランク2としてはかなり過剰な魔石の力が体の中に渦巻ている。
それを体になじませてからじゃないとさらなる投与は危険だ。過剰の魔石を与えることによってランクを無理やり上げる手法もあるが限度がある。
さらに言えば、ランクを上げる際に必要なのはたくさんの魔石だけではない。
限界を超える死力を尽くした戦いも有効な手段の一つだ。今のランク3の魔物との命をかけた戦いは絶好のシチュエーションでもある。
だが、時はきた。
投与済みの魔石はすべて体に馴染み、限界を超える戦いを繰り返したことで魂は新たな力を切実の望んでいる。
この状況であれば、新たな魔石を受け止める容量が確保できていることもあり、魂が求めるだけの力を注ぎ込めばランク3と至るだろう。
次の魔石投与のタイミングでランク3に至る確信があった。
「もし、半年もしないうちにランク3になったなんて情報共有したら、あいつらは絶対に信じないだろうな」
なんとなくプレイヤー仲間のことを思い出した。
俺たちプレイヤーの叡智をもってしても、今回のようなペースでランク3に至るのは不可能だ。
俺も一人では絶対に無理だっただろう。
それが出来たのはきっと……クーナとアンネがいたからだ。
俺は彼女たちを守っている。それ以上に彼女たちに守られている。
さあ、行こうか。
彼女たちに誇れる俺であるように、新たな力を掴むのだ。
◇
シリルの工房にたどり着いた。
ノックし、相手の返事を待ってから中に入る。
今日、この場で自らの武器とクーナの剣を作り上げる。
いつも以上に気持ちが高ぶっていた。
「ソージ、よく来たね。……驚いたな。もう、古典魔術をほぼほぼ使いこなしているんだ」
「よくわかりますね」
「魔力の流れをみるとだいたいはね。今まで君は魔術回路に循環する魔力しか意識していなかった。だけど今の君は自らの存在からこぼれ出る魔力を押しとどめて纏わせている。いいね。それこそが古典魔術士の在り方だ。近代魔術士のスタイルとの共存、見事だよ」
さすがはシリルと言ったところか。
一目見るだけで、俺のすべてを見通しているようだ。
「さて、ソージ。君に古典魔術で教えるべきことはない。君なら……」
「俺ならルールを知れば、あとは好きに応用できる。でしょう?」
「その通りだよ。まあ、教えろと言われても厳しいんだけどね。古典魔術は基礎の基礎を除いて一人ひとり感覚がまるで違う。廃れたのもそれが大きな理由だね。積み上げたものを共有できない。どれだけ優れた魔術士が発展させて体系化させようが古典魔術は一代限りなんだよ。方式自体は優れているのにね」
俺は頷く。
古典魔術の魔術としての方式自体は優れている。
特に術式の構築を介さない発動が可能なことによる展開の早さは特に評価が高い。
逆に弱点は、安定性のなさと大規模な魔術の行使が難しいというもの。
「実戦ではむしろ近代魔術より優れているかもしれない」
「俺も同意見だよ。さて、おしゃべりはこれぐらいにしておこう。答え合わせをしようか。君が黒の剣から学び取ったすべてを教えてくれ」
シリルが微笑みかけて来て、俺はそれに微笑み返す。
最高の教科書である黒の魔剣をもらっていた。
黒の剣に使われた技法の分析結果をシリルに一つ一つ話す。
そして、シリルは俺が想定した黒の剣に使われた技法に対しての評価を行う。
それだけでは終わらない。
俺たちプレイヤーが積み上げてきた知識によるさらなる改良案を提示している。
シリルによって与えられた未知の技法をさらに昇華させる。
黒の剣の技法は俺たちの作り上げた技法を上回る。
だが、すべてが劣っているわけではない。勝っている部分もあるし、新しい発想を得たなら培った知識と経験で先を行くことができる。
それは、俺たちイルランデプレイヤーの繰り返してきたこと。
口を開けてあるがままを受け入れる。そんな無能を晒せるわけがない。俺たちの努力を、経験を、時間を、研鑽を、無駄になんてするものか。
俺にはイルランデプレイヤーとしての誇りがある。
その一心で考え抜いて、結論付けた究極の技法を丁寧に解説していく。
「驚いたよ。ここまで圧倒されるなんてね。君たちは本当に貪欲だ」
シリルは心底嬉しそうだ。
彼は冷静に俺の提案した技法を評価し、アドバイスをくれる。
自分の技法を上回られても素直に受け入れ、よりよくするための知恵をくれる。
それを見て、改めて思う。彼は大人なんだ。
もし、俺ならどうしても対抗意識を隠しきれない。
とはいえ、そのことを恥じるつもりはない。子供だからこその意地がある。
「シリルさん。俺たちは立ち止まらないから、ここまでこれたんです。みんなで競い合って、協力し合ってきた。一人じゃここまでできなかった」
「……たしかに一人じゃ、無理だな。君”たち”だから、それだけのものを積み重ねることができた。そんなことわかっていたはずなんだけど、少し羨ましいな。ソージ、このまま詰めていこう。新たな技法で作る剣、その設計図はすでに描いているのだろう」
俺はにやりとする。
当然だ。技法とはすべて望む成果物を得るための過程ですらない。
きっちりと、新たな技法を活かし到達する目的地は定めている。
「ええ、当然。それで一つお願いが」
「そっちもわかっている。気兼ねなく俺を使え。一人ではソージの望む武器を作れない。……俺と同等の魔術士が二人いる。じゃないとたどり着けない。まったく、こんな技法を採用するとはね」
ばれていたか。
どうしても一人では俺の望む剣は作れない。
だからこそ、シリルの力を借りたかった。
ただ、葛藤がないわけではない。自分一人で作らないと意味がないとは思う。それでも、手が届く最高の武器の姿から目を背けることができない。
シリルはそんな俺に向かって笑いかける。
「安心しろ。俺はおまえの指示の通りに動く手足だ。おまえの武器もクーナに渡す剣もおまえの作り上げた武器だ。念のためユキナも呼ぼう」
「ユキナですか? 彼女は酒造りが専門じゃ」
ユキナはクーナの兄であるライナの養子で姉代わりの人物で銀色のクールな火狐だ。とくに戦闘能力に優れているとは聞いていない。仕事も酒造りでここには似つかわしくない。
「ユキナは火力自体は大したことがないけど、調整は0.1℃単位、時間もコンマ二桁。加熱面積は1mm²単位で可能だからな」
俺は絶句する。なんて精度だ。
それは本当に人にできることなのか? 火に愛された火狐と言っても限度がある。
「シリルさん、ありえない。酒を造るために必要な技能じゃない。第一」
俺はそんな規格外はあなたの直系以外ありえないと言いかけて止めた。
それを聞いていいかがわからない。
もし、そうだとすれば……それは。
「あの子はね。昔は母親の影響で鍛冶をやっていたんだ。俺もユキナを鍛えている。わけあって今は別の道を進んでいるけどね。さあ、ソージ。これで火の心配もない。俺という魔術装置もある。望むがままに槌を振るえ。俺とユキナを”使って”つまらないものを作ったら許さない」
挑戦するような瞳だ。
ここで物怖じする?
ありえない。俺は、世界最高の魔術士だ。
こんな最高の舞台で引くものか。最高に興奮している。
「ええ、あなたとユキナを使いこなして見せます。とちらないでください」
真っ向から受け止める。
これで準備は終わり。
新たな武器を考えたときに、俺の強みを活かすことをもっとも重視した。
俺の強みは、最高の槍の腕と武技と併用可能な魔術の数々、無数の経験から培った対応力。
そのすべてを生かした最高の武器を作る。
今のオリハルコンを状況に応じて変形させる戦いは、ある意味もっとも俺のスタイルに合っているのだ。
その強みを消さないまま進化する。さあ、今から最高の武器を作り上げて見せよう。俺以外が使用することを一切考慮しない。世界で唯一の俺だけの武器を。




