第二話:新たな力
シリルの屋敷を出たあと、俺たちはクーナの兄であるライナの家に戻っていた。そこで、各々の準備を始める。
日帰りでない以上、それなりの準備はいる。
クーナはそそくさと、台所に引きこもった。クーナお得意の保存食を作るつもりだろう。
彼女の作る保存食は、たっぷりのクルミとナッツ、それにラードと蜂蜜を加えて作ったソフトクッキー。
一見お菓子に見えるが非常に理にかなっている保存食だ。
クルミとナッツで、ダンジョン内では摂取しにくいビタミンを補いつつ、ラードでカロリーと食べごたえを、蜂蜜の殺菌効果によって保存性を高める。
あれは一切れで、一日持ちこたえられるので、もしものときに役に立つ。
いくら、俺が魔物料理が得意とはいえ、食べられる魔物と毎回出会えるわけではない。
荷造りをしながら、思考を整えていく。
「シリルさんに鍛冶を教わる時間がとれないな」
ふと荷造りをしていると、独り言が漏れた。
俺はクーナが装備している短剣である紅空の代わりを作ると彼女に約束していた。
だが、その約束がまだ果たせていない。
シリルに鍛冶を教えてもらえば、自らの技術と組み合わせ、最高の剣を贈り物をするつもりだったが、このままだと、まだまだ先になりそうだ。
「俺自身の装備にも限界があるしな」
腕に巻いている、オリハルコンリングを撫ぜる。
俺は長い経験のなかで、ありとあらゆる武器を使いこなせるようになった。
その経験を生かすために、戦闘時に状況に応じて金属の形状変化をし戦術に幅を持たせていた。
だが、それには限界がある。汎用性の代わりに武器の性能を犠牲にしているのは間違いない。
「よし、積極的に動こう」
今回の地下迷宮探索が終われば、シリルにお願いして時間を作ってもらおう。
武器の強化が成功すれば短期間で強くなる。現時点において最優先事項の一つであることは間違いない。
◇
「ソージ、クーナ、アンネ、準備はいいな」
ライナが声をかけてくる。
それに対して、俺たちは頷く。
もう、地下迷宮で夜を明かすのも慣れている。今更動じたりはしない。
クーナが俺の手を握ってきた。
いつもより手が冷たい。
昼のシリルさんの話の影響だろう。強気に振る舞ってはいるが不安は隠しきれていない。俺はクーナの手をぎゅっと握り返す。
「ソージくん、ありがとう」
クーナが俺の顔を見て微笑む。
「これでも足りないならまた夜に」
「ぷっ、なんですかそれ。でも、少し楽になりました」
そして、四人で地下迷宮に入っていく。
今まで以上に命がけになる。気を引き締めていこう。
◇
俺たち四人は地下迷宮の探索を始めた。
本番はランク3が出没する深い階層とはいえ、浅いフロアですらランク2の魔物が出没する。
俺たちにとってけっして侮っていい相手ではない。
俺は深く息を吸い、オリハルコンリングを手で撫でる。
「【魔鉱錬成:壱ノ型 槍・穿】」
一番得意な形状である槍にオリハルコンを変化させる。
グリップの感覚、重量配分、長さ、俺の戦闘スタイルに最適化した槍だ。
シリルに鍛冶の指南を受ければ、新たに武器を作るつもりだが、その際はこの槍がベースになるだろう。
ちらりと横目でクーナとアンネを見る。
「おまえたちは何をしているんだ?」
思わず、そう呟いてしまった。
「ソージくん、私はソラ姉様の言いつけで、地下迷宮内では常に【精霊化】しろと言われているんですね」
「私も一緒ね。シリルさんから地下迷宮内では常に【第二段階解放】をしておけと言われているわ」
二人は、自らの切り札たる技を解放している。
そして、涼しい顔で、ずっと解放を続けると言ってきた。
「……それ、大丈夫なのか」
「ふふふ、私はソージくんとは違うのですよ。金の火狐ですから!」
クーナが憎らしい顔でどや顔をする。
冷静に考えると彼女の言い分はもっともだ。
精霊化は、火のマナとおのれの魔力を混ぜ合わせ一体化させ、取り込むことで強くなる高等技術だ。
火のマナとの適正が高ければ高いほど負担は少なくなる。
クーナは火の適正が全種族の中でももっともすぐれた火狐。その中でも最高位の金色。
【精霊化】の負担がないどころか、むしろ調子が良くなるぐらいだ。
俺のほうは、ぎりぎり【精霊化】ができる水準でしかない。持続時間はせいぜい一時間あるかないかだろう。
「大丈夫なのはわかったが、何のためにそんなことを?」
「ソラ姉様の話では、【九尾の火狐化】の制御は【精霊化】の延長にあるらしくて、常に【精霊化】した状態が通常になれば、制御しやすくなるらしいです!」
たしかに理に適っている。
【精霊化】自体が、クーナの【九尾の火狐化】を見たシリルが、それを模して作った魔術だ。
ノーリスクで練度を高められるなら、それがいいだろう。
「クーナはずるいな。【精霊化】は俺も極めないといけないと駄目なのはわかっているんだが、なかなかね」
【白銀火狐】ひいては、その上位技である【蒼銀火狐】を極めるために、基本技の【精霊化】の鍛錬が重要になるとはわかっている。
だが、体への負担が大きすぎて長期間の練習ができない。
ただでさえ、適性に差があるのにどんどんおいていかれている。
「火狐やエルフじゃないのに、できるほうがおかしいんですよ。ソージくんは、【精霊化】以外もたくさんできることあるじゃないですか。金の火狐として、これだけは負けられません!」
確かに言われてみればそうだ。
俺の目的は【精霊化】を極めることじゃない。
数ある手札の一つとすればいい。そして、俺の強みは無数の手札から状況に合わせて選択できること。
そして、手札の組み合わせの相乗効果だ。
その最たるものが、クーナの変質魔力を使った【精霊化】、【白銀火狐】と瘴気を纏う【紋章外装】の組み合わせ、【蒼銀火狐】だ。
瞬間的な力では【九尾の火狐化】すら上回る。
「アンネのほうも、同じような理由か」
「ええ、クヴァル・ベステが自然に力を貸してくれるようになったから、その力を受け入れる器を鍛えないと自分の力に壊されてしまうらしいの。急激に増した身体能力に振り回されないようにするのも重要ってシリルさんは言っていたわね」
それも納得できる。
ランクがあがった際、あまりにも急激な能力の上昇に振り回されて、思うように戦えなくなる。
【第二段階解放】を行っているアンネは、まさにその状態だ。
単発、単発の攻撃を速く繰り出せても、今までの感覚で連続した動きはできない。どうしたって動きの繋ぎが拙くなる。
それは、致命的な隙になりかねない。
「二人とも、ちゃんと前に進んでいるんだな」
「そうですよ。いつまでもソージくんに守られているだけのクーナちゃんじゃないですからね」
「ええ、たまにはピンチになったソージを助けてみたいわ」
二人が、俺を見ていたずらっぽい笑みを浮かべた。
まったく。
「俺も負けないからな」
俺は違う方法で強くなろう。
彼女たちと同じ方法でなくても、俺は俺のやり方で強くなる。そのために必要な知識は、俺の中にある。
俺たちは、それで会話を止めて探索に集中する。
ここから先は戦場だ。
油断せずに行こう。
さっそく、今回の探索での一体目の魔物が出た。
強くなった俺たちの力を試させてもらおう。
次の更新は土曜日。お楽しみに!
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