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婚約破棄? 女性を侍らせた殿下にそんなことを言う資格はありませんよ! というより私は……

作者: 悠木 源基

 連載を書いていると、短編を投稿して気分を変えたくなります。

 読んでもらえると嬉しいです。


「貴様のような醜女(しこめ)は公爵夫人には相応しくない。それ故に婚約破棄だ!


 自ら身を引けばこんな衆人環視の中でこんな宣言されることはなかったし、私もしたくはなかった。甚だ遺憾である。


 そして彼女に代わる新しい婚約者はここにおるマリーベル伯爵令嬢だ」


 


 学院の卒業パーティーの開催宣言の前に、こんな個人的発言をした者がいた。


 金髪碧眼で見目麗しい美丈夫。しかもこれでもかというくらいに派手な服を着ている。ここは王宮の夜会ではないぞ。


 そしてその側にはピンク頭に水色の瞳をした可憐な甘ったるい美少女が侍っていた。

 彼女もまた最高級品の人形のような派手なゴテゴテのドレスに、高価そうな装飾品を身に着けていた。


 でも、その高そうな身分に相反して、とても頭の中が緩そうだとその場にいた者達は思った。そして余興を楽しむというより、呆れた目をして二人を見ていた。


 せっかく学院生活の最後に意中の人にダンスの申し込みをしたいのに、一体何してくれているんだ! と歯ぎしりしているご令息達もいる。 


(これは、皆様のためにもさっさとこの茶番を終わらせないといけないわ)


 たった今婚約破棄を突きつけられたベティス=モンターレ子爵令嬢は、心の中でそう思った。

 そこで、トレードマークの瓶底丸眼鏡を左の人差し指で押し上げながら、顔を上げてこう言い返した。


「婚約破棄と申されても、貴方様にはそんな資格はないと思いますが」


 まるっきり動揺せず、いつものようにポケラと間の抜けたような表情で。


「私達の婚約は王命ですから、国王陛下でないと解消させることはできませんよ」


「王命だと?!」


 男は初めて知ったのか、驚愕した顔をした。そして、狼狽え始めた。


「何故国王がお前のような醜女(しこめ)と王命を出してまで婚約させたんだ?」


 すると、


「まあ、王命だということも知らなかったのですか? 驚きですわ。


 でもそれは、貴方がそのようにボンクラなので、後継者にするのが不安だったからではないですかね、陛下は。

 だから貴方の周りに優秀な人材で固めようとなさったのだと思いますよ。男女ともに。


 でも、その中にそちらにいるマリーベル伯爵令嬢は含まれていませんでしたけどね」


 突然現れたララーティーナ=ザンムット公爵令嬢が、ベティス子爵令嬢を庇うように前に立つと、舞台俳優のように派手なカップルに向かってこう言い放った。 


「「え~っ!!」」


 派手派手カップルは大げさに驚いた。特に派手男の動揺はかなり大きかった。予想外の人物が目の前にいたからだ。


「げっ、ララーナ、なぜここにいる?」


「なぜって、卒業式ですもの。留学先の学園の卒業式は一週間前だったので、一昨日に帰国しましたのよ。フランドル様とご一緒に」


「フランドルだと? あ、あいつは向こうの大学に入ったんじゃなかったのか?」


「学園どころか大学を飛び級で卒業されたのですよ。愛する婚約者様とこれ以上離れ離れになっているのは辛いって、そりゃあものすごい勢いで勉学に励んでいらしたので。


 愛の力って偉大ですわね? うふふ。

 それに、どうやら何か勘が働いたようですわね」


「愛だと? その醜女(しこめ)にか?」


醜女(しこめ)醜女(しこめ)と煩いですわ。そんなモラハラ発言を公の場で繰り返すなんて信じられませんわね。

 他国からの留学生もいらっしゃるというのに、我が国の恥ですわ。


 今後貴方が国際的な社交の場に出ることを禁じてもらうように、陛下に進言させて頂ますわ」


「何を言っているんだ。卒業してこれから本格的に社交の場に出るというのに」


「それは、無理です。私、貴方のフォローする自信なんてありませんもの」 


「はあ? 将来私の妃になるため、さらに力をつけようとシルヘスターン王国へ留学したのではないのか?」


「ええ。そのつもりでしたわ。でもこの一年の貴方の所業を知って、私では到底貴方のサポートはできないとわかりましたの。力不足で申し訳ありません」


 ちっとも申し訳ないと思っていないのが丸見えのララーティーナ嬢が、澄まし顔で軽く頭を下げた。


 そう。この公爵令嬢こそが、先ほどベティス嬢に婚約破棄を突き付けた男の婚約者だった。


 これがどういう意味か、理解できるだろうか?


 この派手男は自分の婚約者でもないご令嬢に、婚約破棄を突き付けたのだ。本物の婚約者に成り代わって。しかも、本人の承諾なしにだ。


 この派手男の名前はシャルール=コーギラス。このコーギラス王国の王子だ。


 三国一の美女と呼ばれた、隣のビンカル帝国から嫁いできた元皇女であるファニーナ王妃が産んだ第一王子。見目も性格も母親に瓜二つのコテコテの耽美主義者だった。


 傾国の美女の話はよく聞くが、この国もただ今傾国となるかそれとも踏ん張れるのか、現在その瀬戸際にあった。


 しかし、その美女に溺れて言いなりになっているのは国王ではない。国王の好みの女性は素朴で可愛い子なので。


 それは言わずもがな息子の第一王子だった。彼は完璧なマザコン。母親の言うことは全て正しいと信じているようなあぶない男だった。


 この親子、この世で最も重要なことは『美』なのだ。

 美しい服や装飾品で身を飾り、美しく飾り付けられた高級な調度品に囲まれた豪華な部屋に住み、美しい使用人を周りに侍らせて。


 引く手数多の大国の王女が、わざわざこの小国に嫁いできたのは、偏に当時のコーギラス王国の王太子が絶世の美男子だったからだ。


「美の女神に愛されている私は、やはり同じく美の女神に愛されている貴方としか釣り合わないと思いますわ」


 兄の皇太子の結婚式に来賓としてやってきた隣国のクライフト王太子を見た瞬間、皇女は彼に一目惚れをしてその場でプロポーズをしたのだ。


 もちろん、クライフト王太子は考える間もなく即断った。なぜなら、彼には心に思う女性がいたからだ。もっとも身分違いで結ばれぬ相手ではあったが。

 それにそもそも皇女の満足する美を、自分の国で与え続けることなんて到底不可能。それが明明白白だったからだ。


 ところが、娘を溺愛する隣国の皇帝は、膨大な持参金を持たせるし、その後も援助するから心配ないと確約をして強引に婚約を迫ったのだ。

 クライフト王太子はたとえどんなに美人であろうと、全く好みではなかったし、頭の緩い皇女を妻にするなんて全く気が進まなかった。  

 理不尽だと思った。しかし、結局大国には逆らえなかったというわけだ。


 とは言え、根が真面目な王太子は他に側妃を娶ることもなく、妻を大切にして彼女との間に二男一女をもうけた。


 しかし、早々に国王となり、三人目の末っ子王女が生まれた時点で、クライフト国王はこの王妃に完全に見切りをつけた。

 結婚当初から、妻は飾り物だと割り切って、子供さえ産んでくれればいいと思っていた。

 彼は学院時代から優秀なブレーンで周りを固めていた。しかも、その彼らを特に頼りになる優秀な宰相が臣下をまとめてくれていたので、妃などお飾りでも構わなかったからだ。


 しかしそうは言いっても、妻の子育てにはさすがに目に余るものがあった。

 見目が自分に瓜二つの第一王子だけを溺愛し、後宮に囲い込んで、この国の王家の教育方針に従おうとしなかったからだ。

 当然国王は王子を王妃から引き離そうとした。ところが妻が我が子を奪われると隣国の皇帝である父親に泣きついたのだ。

 すると娘に盲目な愚かな皇帝が、国境に軍を派遣して脅しをかけてきた。


 このことをきっかけに国王は、妻である王妃に対する情を完全に捨て去ったのだ。

 王妃でありながら、この国を危険にさらすような人間は売国奴、裏切り者だ。許せないと。


 そしてその後、国王と宰相、それに国の重鎮達も次第に第一王子を見限るようになっていた。

 この王子を国王などにしたら、あっという間に財政破綻に陥るのは明らかになっていったからだ。

 それ故に、裏で第二王子を王太子にする準備が着々と進めていたのだ。

 それならば、なぜさっさと切り捨てなかったのかといえば、隣の大帝国ビンカル国の皇帝が美貌の娘を溺愛していて、その娘が溺愛している美貌の第一王子をこれまた溺愛していた。

 それ故に、第一王子を王太子にしろとこれまでも散々口出しをされていたからだった。


 国王には王子二人と王女が一人いるが、皆王妃が産んだ子だったので、誰が後継者になっても本来構わないはずだ。国王に相応しい優秀な者が選ばれるべきだった。長子継承と決められていたわけではなかったのだから。

 しかし下の二人は、前国王に似ていたために平凡な容姿をしていた。それを母親である王妃や祖父である皇帝は気に入らなかったのだ。

 全くふざけた話だった。そんなどうしようもない連中をなんだかんだとこれまで宥めごまかして、時間を稼いできたのだ。隣国から朗報が届くまでの辛抱だと。

 この皇帝とその娘を疎ましく思っていたのは、この国だけではなかったのだ。


 そして学園の卒業式前々日、偶然にもこの国に朗報が二つももたらされた。

 その一つはビンカル帝国の皇帝が危篤状態になったということ。

 そしてもう一つ。第一王子の婚約者であるララーティーナ=ザンムット公爵令嬢と、次期宰相と決まっているフランドル=ガイヤール公爵令息が、シルヘスターン王国の学園と大学を卒業して帰国したことだった。


 特にこの公爵令息は、たった二年で学園どころか大学まで卒業した秀逸な青年で、頭脳明晰、容姿端麗なだけでなく、王妹を母に持つ高貴で国王の信頼も厚い人物だ。

 できるなら従妹に当たる末っ子王女と結婚させて、王配になってもらいたいくらいの逸材だったが、如何せん筆頭公爵家の嫡男だったので、それは到底無理な話だった。

 しかも、彼には溺愛する婚約者がいて、その二人に婚約を命じたのが国王自身なので、今さらな話だったのだが。


 なぜ下位貴族である子爵令嬢と公爵令息を結びつけたのか。それは彼女が国王の初恋の女性の娘だったから……というのは表向きの話。

 まあ、それも事実だったのだが、彼女は炯眼(けいがん)(物事の本質をを見抜ける力)と魔眼という特殊な目を持っていたからだ。

 本来その力の持つ者が現れた場合は、それを国に報告することが義務付けられていた。

 つまり、ベティスはこの国に飼い殺しにされる運命の子供だったのだ。

 ところが同じく炯眼(けいがん)の目を持つ母親が、学院時代に共に生徒会活動をして友人だった国王の人間性を見抜いて、娘の救済を願い出たのだ。

 それ故に、国王はその願いを受け入れて、義弟で、やはり生徒会の先輩であったガイヤール公爵に、ベティスの保護を依頼したのだ。子息と仮婚約するという体をとって。


 ところがこの二人は、人には言えない深い闇を抱えていたために、互いに思いやっているうちに心が通じ合い、真に愛し合うようになっていった。

 そしてたまたま二人共通の幼なじみであったララーティーナと共に、不出来な第一王子を補佐する役目を仰せつかることになったのだ。


 しかし、シャルール第一王子は瓶底丸眼鏡をかけ、薄茶色のチリチリ天パーの髪をしたベティスのことが嫌いだった。

 耽美主義者である王子にとって、彼女の容姿は許し難いものだったらしい。

 同じ部屋で同じ空気を吸うのも嫌だったらしい。ベティスの生徒会入りを妨害しようとしたくらいだから。

 とはいえ、フランドルに次いで二位の成績を取っている彼女を入れないわけにはいかず、結局王子の方が生徒会入りを諦めたのだった。

 元々王子が仕事などせずに、美形揃いの生徒会メンバーとお茶を飲むために生徒会に入ろうとしていた。

 そのことを察していた生徒会役員達は、王子が入らなくて済んで、全員ほっと胸を撫で下ろしたのだった。


 それでもこの王子は、その後も色々とベティスに嫌がらせを続けてきた。というのも、王子は彼女が自分の補佐になることだけでなく、親類になることに嫌悪感を抱いていて、それをどうにか妨害したかったからだった。

 どうしても彼は従兄弟であるフランドルと彼女の婚約を解消させたかった。

 そのために、これまで色々と陰でやっていたのだが、それを従兄弟によって返り討ちに遭ってきた。

 しかし、フランドルが留学して居なくなったことで、ようやくチャンスが訪れたと彼は喜んだ。

 とはいえ、その後も結局なかなか上手くいかないうちに二年が経過してしまった。そして、ついに学院の卒業式を迎えてしまい、あの婚約者破棄宣言をしたのだった。

 何故失敗していたのかといえば、当然ベティスには炯眼(けいがん)(物事の本質をを見抜ける力)という特殊な目を持っていたからだったのだが、そんなことを王子が知るはずもなかった。


 

 

 王子は絶世の美人である婚約者を気に入っていた。彼女ほど自分に相応しい相手はいないだろうと理解していた。

 もっともそれは優れた容姿の面のみの判断で、才気煥発なその中身は大して気にしていないうつけ者だったが。

 だから婚約者の前で他の女性に色目を使うことはなかった。

 しかし、婚約者のララーティーナが留学している一年間くらい、女遊びをしても構わないだろうと思ったのだ。


 マリーベル伯爵令嬢はララーティーナ公爵令嬢の次に王子が美しいと評価していた女性であり、彼女自身も公女には敵わないと自覚していた。

 身の程を弁えている、その点を王子は評価していたのだ。

 マリーベル伯爵令嬢はフランドルを愛していた。王子はそれを利用したのだ。

 しかもいずれフランドルと婚約させてやるからと言って、彼女に体の関係まで求めていた。

 まあ実際のマリーベル伯爵令嬢は


(公女には負けていても、あんな身分や容姿も自分によりはるかに下の令嬢になんかに負けやしない。初恋のフランドル様を絶対に奪い返してみせるわ)


 などと考えて、身の程知らずにも虎視眈々とフランドル公子を狙っているような令嬢だったのだが。

 

 いつも偉そうにしている従兄弟に、自分が手を付けた女を押し付けてやろう。

 後でそれを知ったらさぞかし悔しがるだろうと、彼はワクワクした。

 公爵家がいくら彼女を拒否しようが、祖父であるビンカル帝国の皇帝に命じてもらえれば逆らえないだろう、と彼は思った。

 それが内政干渉で、自国にとって恥になる行為になることさえ気付かない愚か者だった。


 そして多くの卒業生が集っていたあの場所で婚約破棄を声高らかに宣言したのだった。

 まさか自分の婚約者だけでなく、従兄弟のフランドルまでが帰国していたとは思わずに。


 

「シャルール殿下、何勝手な事をしているのですか? 私はベティスと婚約解消をする気などないのですが。何せ私達の婚約は()()ですからね」


 突然フランドル公子が現れてそう言った。

 公子の登場に学園の講堂の中は騒然となった。ベティスは愛しい婚約の姿を見て破顔した。


「フラン様、ご無事にお戻りになられたのですね。良かった」


「長い間寂しい思いをさせてごめんね。もう決して離れないからね。いつまたこんな馬鹿が現れるか分かったもんじゃないからね。

 今度僕達を引き離そうと命じる(父親達)が現れたら、今度こそ首チョンパしてやるから安心してね」


 フランドル公子の祖母であるコーギラス王国の元王妃は、シルヘスターン王国の絶世の美貌を誇った王女だった。

 彼はその祖母に瓜二つで、シルヘスターン王国の王族特有の薄紫色の髪と、アメジスト色の輝くような瞳を持つ、人間離れした美しい容姿をした絶世の美男子だった。


 そのために、昔からシルヘスターン王国から目を付けられて、散々危険な目に遭ってきた。

 今回の留学も、少年期のとある事件の後始末を兼ねたものだったのだが、この度、大学の卒業前に王家に一矢報いてきた。そして沢山の恩を売ってきた。

 それ故に、たとえビンカル帝国が横槍を入れてきたとしても、シルヘスターン王国がこちら側に付いてくれるはずだから、なんとか対抗できるだろう。

 フランドルは大きな功績を上げて帰国したのだ。もうこれで糞王子にちょっかいを出される心配もないだろうと。

 まさか、戻ってきた翌々日にこんな茶番劇を始めるとは思わなかったが、何か嫌な予感があったんだよね、と公子は心の中でため息をついた。

 そして父親や国王、そして宰相に足留めを食わなければ阻止できたものをと、歯噛みをした。

 とはいえ、どうせ幕は上がってしまったのだから、この際せっかくだから、その芝居の続きを最後まで演じてやろうじゃないか。

 舞台の後方からぞろぞろとやって来た来賓客に目をやってから彼はそう思った。

 そして幼なじみに目で合図を送った。すると彼女は口角を少しだけ上げると、彼に向かってこう言った。


「まあ、フランドル公子様、勘違いをしてはいけませんわ。シャルール殿下はベティス嬢にではなく、この私に婚約破棄を告げられたのですわ。私が殿下に相応しくないから。

 だって、マリーベル伯爵令嬢はフランドル公子様ではなくて殿下の恋人なんですもの。ねぇ、皆様?」


 公女の問いかけに、回りに居た者達は思わず全員頷いてしまった。

 この一年、二人は気の合う友人と称して付き合ってきたのだが、あちらこちらで、友人以上の行為をしているところを、大勢の人間に目撃されていたからだった。

 それを学院の生徒や教師だけでなく、侍従も側近も護衛も何も注意をしてこなかったわけだが……


「違う。彼女は同じ美意識を持つ貴重な友人、ただそれだけだ。

 君ほど美しくて優秀な女性など他にいるわけがないじゃないか! 私に相応しい女性は君以外にはいない。

 そもそも私達の婚約は王命なのだから、勝手に破棄などできないことくらい、君にもわるだろう?」


「フランドル様とベティス様の王命はあっさりと無視されたのに?」


「あれは撤回する。王命だとは知らなかったんだ!」


「撤回ですか。それは良かったですわ。血の雨が降るかもと怯えていたものですから。

 けれども、殿下と私の婚約は解消で構いませんわ。どうか愛する方と結婚して下さいませ。

 私達の婚約は王命などではありませんので。どちらか片方が解消を望めば解消できると、婚約証明書にちゃんと明記されていますもの」


 このララーティーナ公女の言葉に殿下は唖然とした。


「王命じゃない?」


「ええ。ですから円満に解消いたしましょう」


「駄目だ。君とは解消なんてしない。絶対に! 私に相応しいのはこの国最高の美を持つ君の他にはいないのだから。

 そして君も、王太子妃に相応しいのは自分だと思っているだろう?」


 彼の必死の問いに答えたのは、ララーティーナ公女ではなくフランドル公子だった。


「たしかに大切な我が幼なじみは、正しく王太子妃、未来の王妃に相応しい人物です。

 だからこそ、シャルール殿下との婚約は解消されなくてはならないと思いますよ。

 何故なら、王命によって結ばれた僕達の婚約を勝手に破棄するように命じた殿下は、国王に対して反逆したことと同義なのですから。そんな方が王太子になどなれるわけがないでしょう」


「あれは、ほんの冗談だ。卒業パーティーの単なる余興だ。それを真に受けて反逆だなんて大仰なことを言うな。いくら従兄弟とはいえ不敬だぞ」


 シャルール王子は怒りながらこう叫んだ。しかし、彼の背後から地を這うような低い声がした。


「不敬はお前だ、シャルール!

 私の出した王命を勝手に撤回するとはな! 不敬どころかフランドルの言う通りに王に対する反逆罪だ。

 しかもお前の後ろ盾になってくれているザンムット公爵の令嬢という、ありがたい婚約者がいながら、不貞をするなんて許しがたい。

 王命だろうとなかろうと、王家が交わした婚約という契約を蔑ろにするような者を、この国の王太子にできるはずがないだろう。

 王子という身分は残してやるが、王位継承権は永久に剥奪する。

 今から北の離宮にて暮らすがいい」


 父親である国王の言葉に、シャルール王子は真っ青になりながらも、激しく頭を振って抵抗を示した。


「第一王子である私を、そんな些細な過ちを理由に陥れるなんてこと、母上やお祖父様がお許しになるわけがありません」


「お前の母親ならば、先ほど祖国へ戻ったぞ。父親である皇帝陛下が昨晩亡くなられたそうだからな。二度とこちらには戻らないだろう。

 お前も葬儀に参列したいのなら一緒に行くか? お前も大好きな母親の側にいたいだろうから、こちらに戻ってこなくても構わないぞ。

 ただし、お前達二人は、あちらの国民の血税を好き勝手に使っていたから、彼らの恨みを買っている。だから、向こうの暮らしは厳しいものになるだろう。それを覚悟しておけよ。

 お前の伯父である新しい皇帝陛下からも、守ってもらえるとは思うな」

 

 シャルール王子は絶句した。

 そしてしばらく間を空けてからこう言った。


「北の離宮は古くて質素だと聞いています。私の部屋のインテリアや絵画を運んでもいいですか?」


「今現在、お前と王妃の部屋の中にある高価な品々は全て換金して、ビンカル帝国へお返しするつもりだ。

 不用品を回収してもらうお詫びも兼ねている。

 そもそも華美過ぎるものはあの離宮には似合わないしな。

 しかし、この国で二番目に美しいご令嬢が側にいてくれるのだから、それで十分ではないのか?」


「父上……

 許して下さい。私は、私は……」


「陛下、私は殿下とはそういう仲ではありません。私がお慕いしているのは別の方で……」


 二人はただの友人だと最後まで訴えたが、近衛騎士達によって講堂から外へ連れ出された。



「せっかくの卒業式だというのに、とんだ恥ずかしい芝居を見せてしまって、済まなかった。

 遅くなったが、これから卒業パーティーを楽しんでくれ。そして卒業後はこの国の再生のために大いに働いてくれたまえ」


 国王がこう告げた後、軽やかなダンス曲が流れ始めて、卒業生達はようやくパートナーの手を取って踊り始めた。

 贅沢浪費家の耽美主義者の母子がいなくなったことで、我が国が破産する心配はしなくてよくなった。

 迷惑な隣国の皇帝は亡くなり、別の問題だらけの王国の王家も、フランドル公子のおかげで更生したらしい。

 小国ではあるが我が国の未来は明るい……かも。

 卒業生達は少しだけ希望が見えたような気がして、皆楽しそうに踊り続けた。


 婚約者のいなくなったララーティーナ公女は生徒会の一つ年下の後輩と踊った。そして、ベティス子爵令嬢は当然婚約者のフランドル公子と踊った。


「戻ったばかりなのに、大変な目に遭わせてごめんなさい。私がきちんと対処できれていれば良かったのだけれど」


「君が謝る必要なんてないよ。みんな僕のせいなんだから。

 君が素顔を晒していたなら、あの馬鹿からあれ程嫌がらせをされなかったに違いない。

 この二年、あんな奴らの相手をさせてごめんね。

 でも、これからは僕がずっと一緒だから、そろそろその眼鏡外してもいいよ。もう自分で()()()を抑えられるようになったんだろう?」


「そうね。来月の結婚式には外すわ。少しでも綺麗な姿で貴方の隣に立ちたいから」


 炯眼(けいがん)(物事の本質を見抜ける力)と魔眼持ちの令嬢は、婚約者に最高の笑顔を向けながらそう言ったのだった。


 


 

 


 

 炯眼(けいがん)(物事の本質をを見抜ける力)と魔眼持ちの子爵令嬢ベティスと、国王の甥で眉目秀麗で天才的頭脳の持ち主の公爵令息フランドルの詳しい話は、長編としてほとんど仕上がっています。

 国王の初恋やシルヘスターン王国での事件、ベティスの特殊な目の話も出てきます。

 そちらはこの短編とは少し異なり、シビアな展開となります。

 他の連載が完結したら、おそらく投稿を始めると思います。それまでこの話を忘れないでいてもらえたらいいな、と思っています。


 読んで下さってありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
タイトルが間違っているような…。 資格はありめせんよ!→資格はありませんよ! ご確認ください。 王妃が割と本気で駄目な人なの怖すぎる…。帝国の跡を取った伯父も父の内政干渉は不快に思っていたんだろうな〜…
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