姉の代わりにVTuber 147
『チューンコネクトプロダクション』本社ビル近く。
春奈と別れた穂高は、前日から行こうと決めていた喫茶店へ赴いていた。
(んん~~~ッ! こりゃ美味いなッ!
有名なだけあるッ!!)
穂高は、その喫茶店での有名商品である、抹茶ケーキを楽しんでいた。
(甘さ控えめで、抹茶の風味や苦みも感じる……。
頼んだ紅茶にもよく合うッ!!)
抹茶ケーキを楽しむ時間は、穂高にとって至福のひと時であり、ゆっくりと食事をしながら、時間をつぶしていた。
穂高は携帯を操作し、春奈とのSNSでのチャットのログを確認した。
チャットログの中には、春奈から添付された画像があり、穂高はそれを画面一杯に映し出した。
(えぇ~~と、試験時間は11時から……。
一次試験合格者は、13時頃まで順番に面接を行う。
終了した人は、順次帰宅してください。
結果報告は、一週間、二週間で追って連絡します……か)
一次試験合格者のみがメールで通知される、二次試験の案内を、穂高は改めて目を通した。
そうして、ぼやけた頭で、今後の事を不意に考える。
(リムの後輩……かぁ。
どんな風に絡んでいくんだか……、想像つかないなぁ)
美絆にしても、穂高にしても、リムというキャラクターは、すでにある程度確立しているものであり、リムのキャラクターがどのように後輩と接していくのか、上手く想像できなかった。
(新しいコラボ相手との関係性っていうのは、今まで作り上げたキャラクター性というより、中の人同士の人間性を大きく反映して、関係性が出来上がってくんだろうか……。
上手く想像できないのは、きっと今までみたいなやり方、リムを徹底的に演じるだけじゃ上手くいかないからなんだろうな。
今までの俺は姉貴の配信を参考に、姉貴がコラボしたことのない相手とは、コラボ配信してないわけだし……。
――――後輩……、しかも、もしかしたらそれが杉崎に……。
駄目だ……、余計想像つかん……)
穂高はぼんやりと思考しつつ、改めて配信の難しさを感じた。
そうしてしばらく、今後絶対に現れるであろう後輩の事を考えていると、不意に穂高の携帯が着信を知らせるように、小刻みに震えだした。
「――ん? 佐伯さん??
こんな時に珍しいな」
今、二次試験に駆り出されているであろう、『チューンコネクトプロダクション』の社員である佐伯から電話が来ており、穂高は不思議に思いつつも、携帯を手に取った。
「――もしもし? どうかしました??」
着信相手がわかりきっていた為、穂高は慣れた口調で、佐伯に要件を訪ねた。
「あッ! 穂高君、今どこ??
こないだ、本社ビル近くに来るって聞いてたけど、まだいる!?」
「え、えぇ、いますけど……」
少し慌てた様子の佐伯に、穂高は困惑しながら返事を返し、佐伯は穂高の返事を聞きホッと息を付きながら、続けて穂高に話す。
「あのね? 今日、社長が会社来られてて、近くにいるなら、ぜひ穂高君に会いたいってッ!」
「え? 社長が??」
リムの成り代わりを行う為、会社に説得に行ったきり、『チューンコネクトプロダクション』の社長と穂高はあっておらず、忙しい人だということも知っていた為、佐伯の言葉に驚き、そして同時に、何か問題でも起こしてしまったのではないかと、不安に感じた。
穂高は特に用事もなかった為、本社ビルに向かう事を佐伯に伝えると、通話を切り、残った抹茶ケーキをすぐに腹に入れ、喫茶店を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇
相も変わらず忙しそうに、忙しなく社員が蠢くオフィスビルに、穂高は呼ばれるがまま訪れていた。
今いるロビーには、スーツ姿の大人が多くおり、私服でいる高校生の穂高は不釣り合いで、ちらちらと視線を集めてはいた。
少し居心地悪く感じていた穂高に、聞き馴染みのある声が、穂高を呼びかける。
「あッ! いたいたッ!
穂高君! こっちこっち!!」
声の主は佐伯であり、大きなロビーで佐伯の姿を探していた穂高に、分かりやすく大きく手を振っていた。
佐伯を見つけると、穂高は駆け寄り、気になっていた事を尋ね始める。
「――な、何か問題でもありました?
わざわざ社長から呼び出しだなんて……」
「それが私もよく知らなくって……。
穂高君、心当たりあったりとか無いよね??」
「無いですよ。
――――もしかして、また外部にバレたとか……じゃないですよね?」
社長に呼び出された張本人である穂高は勿論、リムの担当マネージャーであり、今は穂高のサポートもしている佐伯すらも、嫌な予感を感じており、二人ともに心当たりが無い事で、余計に不安を募らせた。
「と、とりあえず、社長のところまでは案内するから、その後のお話は穂高君に任せてもいい?
穂高君も知っての通り、今日は新人のオーディションやってるし、私も選考に駆り出されてる身なんだ……」
「い、一対一ですか……?
誰かいた方がよくないですか?」
穂高は社長と二人っきりにされると、変に緊張してしまう事と、何かリムに関して指摘や問題があった場合は、一人で聞くのではなく、誰か『チューンコネクトプロダクション』の社員と共有しておきたいとも考えていた。
様々な理由から、一人で行くのは心細く、佐伯に提案するように、聞き返した。
「ま、まぁ流石に、誰か一人は付けておいた方がいいか……。
――そ、それじゃあ、私の後輩を一人つけるから、一先ず社長の方はお願い!」
穂高が呼び出された理由も気になる佐伯であったが、付き添いたいという気持ちを抑え、自分の後輩へ託す事に決めた。
そうして、佐伯は電話で誰かを呼び出すと、穂高を連れ社長室へと向かった。
社長室へと付くと、部屋の前にはスーツ姿の若い男性が一人、ポツリと立っていた。
「西嶋、それじゃあ、さっき話した電話の通り穂高君をよろしくね?」
「わ、分かりましたッ!」
佐伯の代わりとして招集した西嶋という男に、佐伯は全てを一任すると、忙しそうにその場を離れていった。
「――それじゃあ、穂高君。
行こう」
佐伯から任された西嶋は、少し緊張した面持ちで穂高に呼びかけ、穂高が短く返事を返すと、社長室の扉を開いた。
「――――やぁ、天ケ瀬 穂高君。
久しぶりだね?」
社長室の扉を開けると、待っていたよと言わんばかりに、代表取締役である山路 現彦が姿を現し、穂高に呼びかけた。
「お、お久しぶりです……」
「なんだい? 緊張してるのかい??
――そんなに身構えなくてもいいよ~~。
そこに楽にしたまえ」
少し緊張した面持ちで挨拶を返した穂高に、山路はすぐに穂高の緊張を見抜き、気を使わせないようゆったりとした口調で、ソファに腰掛けるよう手で促した。
穂高は指示されるがまま、ソファに座り、そんな穂高に対して山路は続けて話し始める。
「君とは一度、こうして話したいなぁと思ってたんだ。
――あ……、西嶋君。 彼をここに連れてきてくれてありがとう。
もう業務に戻ってもいいよ?」
「――へ? あ、はい! 分かりました…………」
西嶋は一瞬不安そうな表情を浮かべるが、社長命令でもあるため、変に食い下がる事は無く、西嶋もまた指示されるがままに、部屋から退出した。
部屋から出て行く西嶋を、穂高は少しだけ不安そうに見つめていたが、そんな穂高の心情を気にすることなく、山路は話題を切り出し始める。




