姉の代わりにVTuber 145
四鷹駅。
穂高は、春奈に二次試験の同行をお願いされ、待ち合わせの駅へと訪れていた。
待ち合わせの時間よりも、15分程早く着いた穂高は、携帯で自身のマネージャーでもある佐伯と連絡を取っていた。
(よし、とりあえず根回しは大丈夫そうだな……)
この日を迎えるまでに、佐伯とは今日、『チューンコネクトプロダクション』の本社に訪れる事を連絡しており、万が一の事が起こらないように、当日も連絡を入れていた。
(俺は付き添いだから会社に入るつもりは無いんだけどなぁ。
lucky先生にバレた事もあるし、念には念を入れてもいいだろ……)
穂高は過去に起こったトラブルを思い起こした。
解決した事件であったが、肝を冷やした瞬間は何度かあり、それを思い出す事によって、少しだけ気を引き締めた。
「――あッ! 天ケ瀬君~~!!」
本社へ向かう為の準備を終えた穂高に、待ち合わせ時間よりも数分早く到着した、春奈が声を掛けてきた。
「は、速いね。
――ごめんね? 待たせちゃったよね……」
「いや、今来たところ。
――――俺も、初めて『チューンコネクトプロダクション』の本社に向かう事もあって、落ち着かなくて……」
春奈の質問に、始めは淡々と答えた穂高だったが、何も考えず発した自分の受け答えが、段々と恥ずかしく感じ、取繕う様に嘘を付き、誤魔化した。
春奈にとって穂高は、ただの『チューンコネクト』のファンという事になっていた為、その事を利用し、返事を返していた。
そして、そんな穂高の受け答えに、春奈は引っかかる部分を感じながらも、その事に関しては、後で尋ねようと考えた。
「――じゃ、向かうか?」
「そうだねッ」
穂高の言葉に、春奈は笑顔で答え、二人は目的の場所へと向かい始めた。
◇ ◇ ◇ ◇
「――やっぱり、ちょっと変わった質問だったり来るのかな~?
面接って言っても、やっぱりインパクトや印象に残る方がいいよね??」
本社に向かう中、春奈は依然として不安が残るのか、面接の事ばかりを穂高に尋ねていた。
「そりゃ面接で、心象強く残った方がいいとは思うけど、奇をてらって悪目立ちするよりは、真面目に受け答えた方がいいだろ??
一次審査である程度は、配信能力が有るかどうかを既に判断されてるわけだし、二次面接では、一緒に仕事できそうか?とか、まともな部分を見られるんじゃないのか??
変に準備するよりは、自然体で良いだろ」
穂高は、もう何度同じことを春奈に言ったか覚えていないが、何度も春奈の不安を除く為、緊張を和らげるために、似たような返答を返していた。
ここまで来た以上、変に新しい事を準備したり、普段の春奈からは考えられないような、変な事をするよりは、自然体で面接を受けた方が良いと、穂高は判断しており、その言葉は、自分の姉である美絆のアドバイスでもあった。
「し、自然体の私で、何か惹かれる部分があるんだろうか……」
当日という事もあって、春奈の緊張はピークに達しており、先程から口から出る言葉は、ネガティブな事ばかりだった。
(マズいな……。
このままのテンションで行っても、確実に良い影響は出ない。
どんどん悪い方向へと、思考が向かっている様な感じがあるし、何か手を打たないと……)
春奈の様子を見て、状況の悪さを再認識し、穂高は状況改善を試みる。
「――なぁ、もう面接の事考えるの止めないか?
練習はこれまでしてきたし、これ以上何か考えても、不安しか募らないだろ?」
「そ、そうだけど……、考えずにはいられないっていうか…………。
他の事とか、あんまり考えられない」
不安な表情を浮かべ答える春奈に、穂高は少しだけ考えた後、春奈に提案をする。
「――――なら、別に『チューンコネクト』の事を考えよう。
面接が終わって、いざ自分がデビューする事になったとしたら?
杉崎は大ファンでもあるわけだろ??
メンバーの誰に会ってみたいとか、あるんじゃないのか?」
穂高は起こりうるかもしれない、明るい少し未来の話を春奈に投げかけ、穂高の話題は、春奈の表情に変化を与えた。
「――会ってみたいメンバー??」
「コラボとかでも勿論交流はあるんだろうけど、何より裏で……、プライベートで交流持てるなんて。
ファンとしては夢広がる話だろ?」
穂高はいつもよりも少し明るい口調で春奈に話しかけ、穂高の言葉で、今まで何度もしたのであろう、夢の妄想を春奈は始めた。
「会ってみたいメンバーかぁ……、そりゃデビューしてるメンバー全員に会ってみたい、話してみたいけど……。
やっぱり一番は、二期生の財前 アリスちゃんかなぁ~~。
私がVtuberにハマるきっかけになった人だし……、最推しだし!!」
穂高の作戦は功を成し、春奈の表情は先程とは打って変わり、一気に明るく、考え方もどちらかと言えば前向きな物へと変わった。
単純ではあったが、ファンから『チューンコネクト』を目指した春奈にとって、効果覿面だった。
「アリス嬢かぁ……。
賑やかな人ではありそうだな。
クセもありそうだけど…………」
穂高がリムを担当してから、交流の無い人であった為、どういった人物なのか想像でしかなかったが、穂高はアリスの配信を思い浮かべ、何となくの人物像を想像した。
そして、そんな直接会う事も無いであろう、リムの先輩を思い浮かべる穂高に、興味のある話題で、少しテンションが上がり気味だった春奈は、勢いそのままに穂高に質問を投げる。
「天ケ瀬君のお姉さんはどうだったの?」
「姉貴? あ~~、姉貴は~…………。
――え?」
緊張感の無い穂高は、何の意識もせず、春奈からの問いに答えかけ、自分の口に出した言葉で、ようやく事態を把握した。
驚く表情を浮かべる穂高を見て、春奈も我に返り、アッとした表情を浮かべる。
「――え、えっとぉ……、何で姉貴??」
穂高は、自分でも無理があるなを思いながらも、とぼけないわけにはいかず、白々しく春奈に聞き返した。
「え? あ、いや……。
――ご、ごめんねッ!? へ、変な事聞いちゃった……、ハハハ……」
穂高の反応を見て、春奈は自分の質問を取り下げ、誤魔化す様に笑顔を作っていた。
楽し気な空気から一辺、お互いに気を使う変な空気になってしまい、気まずい空気の中、二人に沈黙が流れた。
(まさか美絆がリムだって事がバレてるとは……。
俺の成代わりもバレてる?……ってわけでは無さそうだけど。
でも姉貴がバレてるのは、マズいよな……)
沈黙の中、穂高の思考はグルグルと周り、どこまで春奈が知っているのか、バレてしまっている事についての弊害についても考え始めた。
気まずい空気の中、沈黙する二人。
穂高は様々な事を考えてるところだったが、穂高以上に気を使っているように見える春奈が、穂高の視線に移った。
(――一先ずバレてしまったものはしょうがない……、
俺の成代わりに付いてはバレてなさそうだし、この空気のまま、杉崎を面接に向かわせるわけにもいかないしな……)
「――悪い……。
こんな濁し方、誤魔化されかたしたら余計に気になるよな?
俺から話せることは少ないかもしれないけど、何でもいい。
面接の前に聞きたい事全部、聞いてくれ。
聞かれた事は全部答えるから」
穂高が春奈にそう告げると、春奈は驚いたように目を見開いた後、意を決したように、引き締まった表情へと変わり、穂高にこれまで気になっていた事を尋ね始めた。




