第69話 炎の脅し
人喰い鬼デイル一味の討伐を経て、俺達の村は大きく変わった。
まず一つ。新たな村人が加わった。と言ってもビアンカ――アテナのことだけど。
鬼族の侍女ビアンカ改め、人間のアテナ・コンフォとして正式に彼女の名前を皆の前で発表してから数日後。
アテナはフロラやウィンディーともっと仲良くなり、村の子供達ともすっかり仲睦まじくなっていた。
少しだけ緊張しがちで人見知りなところがあるらしく、子供達に遊びに誘われてはオドオドとしながらも、振り回されるのが何だかんだで楽しげだ。
鬼族の屋敷では侍女として働いていたから他の鬼達の世話ばかりで、外で思い切り遊ぶこともなかっただろう。
でもこれからは違う。
経験上俺にも分かることだが、子供達の相手をするのは結構体力を消耗する。かと言って運動不足にはならないので、アテナにとってもいい運動になっていると思う。
実際、彼女も子供達と遊ぶようになってからより一層笑顔が増えた。
元侍女というのもあって、洗濯や料理は勿論、子供達のお粧しも積極的にしてくれている。その腕前も抜きん出ているほどだ。
そして次にもう一つ。月に一回、町から物資が配給されるようになった。
今までは周辺の村々への支援を一切してこなかった町側だったが、リッターさんとシュヴァリエさんが交渉してくれたらしい。
騎士団長と副騎士団長として村を人喰い鬼の脅威から救い抜いた功績が評価されて、めでたく交渉は成立。今では月に一度、町から食料やお金(お金は大人限定)などが届いている。
『月に一度』と言えば今までは生贄制度があったが、それも鬼族の全滅によって自然消滅。
ヒルス村長は『同じ「月に一度」であっても大事な村人がさらわれるより、新たな物資が届く方がいい』とこっそり本音を漏らしていた。間違ってもアテナの前では口が裂けても言えないことだが。
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そんな穏やかな生活が続いたある日のこと。
月初め――つまり、町から物資が配給される日になった。物資の受け取りはヒルス村長が行ってくれているので、今日もいつも通りヒルス村長が受け取りに行ってくれた。
俺とフロラ、ウィンディー、アテナは毎月届く物資が嬉しくて、少し離れたところからその様子を見守っていた。
「こちら、今月分の食料と現金になります」
町から派遣された騎士が、ヒルス村長に物資や現金が入った箱を手渡してくれる。
「おお、いつもありがとう。助かっていますぞ、騎士様」
ヒルス村長もにこやかに応対し、騎士に渡されたペンで受領印用にサインをしている。
「いえいえ、とんでもございません。私はとても嬉しいんです。こうして――あなたを殺せる機会に恵まれたことがね!」
「なっ……!」
シュッと風を切る音がして、ヒルス村長が尻もちをついた。
「ヒルスさん!」
「お父様!」
俺達は急いでヒルス村長の元に駆け寄り、俺とウィンディー、アテナでヒルス村長を庇うように立つ。フロラは尻もちをついた父の両肩を抱き、彼を支えている。
「大丈夫ですか? ヒルスさん!」
言いながら振り返り、俺は絶句した。
ヒルス村長の左頬には赤く線が入っていて、そこから赤黒い血が流れてくる。再び前に視線を戻すと、目の前の騎士の手にはギラリと光る刃物が握られており、その先端には血液が付着していた。
明らかに、この騎士がヒルス村長の左頬を刃物で切りつけたのだと分かる。
ボサボサで色が抜けかけくすんだ金髪を肩まで伸ばし、茶色がかった黒い瞳には一切の光を感じない。
刃物をクルクルと回しながらも、その目は確かにヒルス村長を睨みつけていた。
「どういうつもりですか、村長を傷付けるなんて!」
「いくら騎士団の騎士でも許されることじゃないわよ! よくもお父様を……!」
ウィンディーとフロラが声をあげ、フロラが立ち上がって騎士に歩み寄ろうとするが、それをヒルス村長が止めた。
「フロラ、落ち着け! お前が手を出す必要はない!」
「で、でも、お父様――」
「何故だか知らんが、こいつはいの一番にわたしを狙ってきた。気が変わってお前達にまで手を出されたくはない!」
「あれ〜? 覚えてないんですか〜? 村長さん〜。俺様ですよ、お・れ・さ・ま〜」
片頬を上げ、不敵な笑みを浮かべる騎士は片手に持った刃物をクルクルと回しながら愉快そうに笑う。
彼の発言が本当なら、ヒルス村長とこの騎士は知り合いということになる。それも結構昔の。
「まさか、お前……!」
ヒルス村長が目を見張り、震える手で騎士を指差した。
「お父様、知ってるの? こいつのこと……」
フロラに問われ、ヒルス村長は目を伏せたままゆっくりと顎を引く。
「知ってて当然。覚えてなかったら承知しないですよ、ヒルス村長〜。何せ、あなたが俺様を追放した張本人なんですからね〜‼︎」
刃物の先端でヒルス村長を指しながら、騎士は目を大きく見開いて叫ぶ。
「追放……?」
フロラが声を漏らすと、ヒルス村長が静かに重い口を開いた。
「彼はエグザ・レベン。少し前までこの村の住人だった男だ」
「なら、ヒルス村長には世話になってるだろ! それなのに、その恩を仇で返すようなこと――」
「俺様は村長と話がしたくて来たんだよ〜。何も知らねぇガキは引っ込んでろ!」
俺の言葉を途中で遮ったエグザは、ヒルス村長の前に立つ俺達を殴り、蹴り、自分の視界から抹消した。
「レノン! ウィンディー! アテナ!」
「エグザ! 子供達には手を出すな!」
地面に倒れた俺達を見て、ブリランテ親子が声をあげる。
だがそれよりもはるかに大きな声で、エグザはねじ伏せるように叫んだ。
「黙れ‼︎ 全ての原因は貴様だろうが! あなたが俺様を追放さえしなければ、こんなことにはなってないんですよ〜!」
刃物でヒルス村長を指し示し、怒りをぶつけるエグザ。彼の前に、フロラが立った。
「お父様は悪くない! 追放されるようなことをしたあなたが悪いんでしょ⁉︎」
正論。だがそれをぶつけられた追放人は目を見開いて唇を震わせ、拳を斜めに振り下ろした。
「知ったような口を聞くな! 小娘が!」
「うっ!」
顔をぶたれたフロラが呻き声をあげて地面に倒れる。
「フロラ!」
こいつ、ヒルス村長だけじゃなくてフロラまで……!
「いい加減に、しろ!」
俺は騎士――エグザの背中に飛びつき、なおもフロラを襲おうとするエグザを止めようとした。
「邪魔をするな、このクソガキが!」
エグザは身体を左右に捻り、俺を振り落とそうとしてきた。
俺も負けじと爪を立て、振り落とされまいとエグザの腰に両足を回して腕をエグザの首元に巻く。
とにかくフロラやヒルス村長からエグザを遠ざけることが先決だ。
「フロラと、村長から、離れろっ……!」
「ふざけやがって!」
「ぐうっ!」
エグザが叫んだ瞬間、俺の脇腹に鋭い痛みが走った。
「レノン‼︎」
「レノンくん!」
「レノンさん!」
フロラ、ウィンディー、アテナの声が重なる。
俺は自分の腹部に視線を移した。脇腹にはエグザが持っていた刃物が突き刺さっていた。そこからじわじわと赤黒い血液が流れ出し、円形状に服の布地を赤く染め上げる。
――刺された。
瞬時に理解した。その途端、今までが嘘だったかのように手足に力が入らなくなり、エグザの首や腰に回していた腕と足は離れ、俺は地面に背中を打ちつけた。
エグザは俺が地面に倒れると同時に俺の腹部から刃物を抜き取った。
血飛沫が地面に散り、赤いシミを作る。
――痛い。痛い。痛い。痛い。
腹部が熱をもっているような感じがするのに、寒気が止まらない。
視界もぼやけ、エグザを鮮明に捉えることができなくなっている。
――駄目だ。ここで俺が意識を手放したら、フロラもヒルス村長も守れない。
「……エグザ!」
俺は刺された脇腹を右手で押さえつつ、ふらつきながらも何とか立ち上がった。
左の掌に意識を集中させて炎魔法を発動させ、小さな炎玉を作る。
「俺の炎で焼かれたくなかったら、今すぐここから立ち去れ……!」
今の俺ができる、せめてもの脅しだった。




