第67話 ◯◯◯(ビアンカ)の気持ち①
「ん――」
目覚めの感覚に従って、私は目を開いた。ぼやけた視界も徐々に鮮明になっていく。
最初に目に入ったのは、眩しく光る白い電気だった。
「ビアンカ!」
私の名前を呼ぶ声がして横を向くと、鎧を纏った紫色髪の女性が私を安心したような表情で見つめていた。彼女の奥には、茶髪の少女と黒髪の少年の姿もある。
「シュヴァリエさん……。フロラ、レノンさん」
「大丈夫ですか? まだ体調が優れないのであれば、もう少し休んでいてください」
紫色髪の女性――シュヴァリエさんが、私の髪を優しく撫でながら心配してくれる。
「いえ、もう大丈夫です。……勇気づけられましたから」
「え?」
「夢の中に、ドラコス王やラルヴァさん、オグルさん、オグレスさんが出てきたんです。私のこと、たくさん褒めてくれました。嬉しいお言葉も頂けて……」
嬉しいお言葉、というのは本当にそのままの意味で、皆さんからの言葉が『嬉しい』と感じたからだ。
でも、やはり夢は夢。覚めたら徐々に不鮮明になっていくもので、今では具体的にどのようなことを言われたのか、覚えていない。
「最後に言われたんです。『ニンゲンとして、これからはニンゲン達と仲良く楽しく暮らしてほしい。ニンゲンは……お前の第二の家族だ』って」
「家族……」
私の言葉を、レノンさんが反芻する。
『嬉しいお言葉』は思い出せないのに、最後の言葉だけはハッキリと耳に残っている。それがどうしてなのか、具体的な答えは見出だせない。
「ずっと受け入れることが出来ずにいたんです。私の中で大きな存在は、やっぱり鬼族の皆さんでしたから。でも、その皆さんに言われてしまったら、受け入れないわけにはいきません。そう思ったら、踏ん切りがつきました」
私が広角を上げると、フロラが飛びついてきた。
「そうだよ、ビアンカ! もうあたし達、立派な家族なんだから!」
私の首に両腕を回し、強く抱擁してくれる。
「フロラ……。ありがとうございます」
私はソファーからゆっくりと起き上がり、レノンさんを見つめた。
「レノンさん」
「えっ、どうした?」
「私の名前、教えて頂けますか?」
レノンさんがハッと息を呑んだ。今まで安心したような表情だったのが、不安そうな表情に変わる。
「……大丈夫なのか?」
「はい。これからお世話になる方々にこれ以上迷惑をかけるわけにはいきませんから。教えてください。私の、人間としての名前」
レノンさんは、また私が過呼吸状態になって気絶してしまうことを心配してか、私の名前を口にするのに躊躇しているようだったけど、
「君の名前は――」
意を決したように、私の名前を教えてくれた。
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それから、私達はフロラの家の前に来た。ためらいもなく家に入ろうとしたレノンさんとフロラが、私の方を振り返る。
「どうした? 入っていいんだよ?」
「は、はい。すみません。かなり緊張してて……」
さっきから心臓がバクバクと音を立てていて、私は底知れない不安と緊張に襲われていた。村の皆さんが怖い人達じゃないのは分かっているけど、いざとなると不安でたまらなくなる。
「大丈夫! 皆優しいし、面白い人達ばっかりだよ!」
フロラが私の肩を抱いて、明るい笑顔を見せてくれた。その笑顔に勇気をもらい、
「わ、分かりました!」
私が返事をした瞬間、今まさにレノンさんが開けようとしていた扉が開いた。扉を開けたのは、ヒルス村長だった。
ヒルス村長、何だか怒ってる……?
「あ、お父様! 今入ろうと思ってたところで――」
「ちょっと来なさい」
「えっ――」
レノンさんやフロラが何か言うよりも早く、鬼のような形相のヒルス村長は二人の首根っこを掴み――、
「「うわあっ!!」」
家の中へ素早く引きずり込んでしまった。
「レノンさん! フロラ!」
まさに嵐の後の静けさ。何が起きたのか理解が追い付かず、私は暫く呆然と立ち尽くしていた。
けれど、すぐに思い立つ。
――立ち止まってる場合じゃない。レノンさんとフロラが無事か確かめないと!
扉を開ける前に深呼吸をしてから、
「お、お邪魔します……!」
無意識のうちに警戒心を露わにしながら家の中に足を踏み入れると、バン!と耳をつんざくような音が響いた。
「「「人喰い鬼討伐お疲れ様! そして、ようこそ! 俺(私)達の村へ!」」」
それと同時に、私へと降ってくる色とりどりの紙。村の皆さんの手には、持ち手が尖った三角錐の筒のようなものが握られていた。
そして何故か、引きずり込まれたレノンさんとフロラもそれを持っている。
皆さんの笑顔に、今度こそ何が何やら分からなくて、私が立ち尽くしていると、
「はい、この席に座って」
フロラが私の目の前の椅子を引いて、そう言ってきた。
「わ、分かりました」
言われるまま席に座った私は、目の前の光景に目を奪われた。眼前の机には、たくさんの美味しそうな料理が並べられていたのだ。
焦げめのついた大きなお肉の周りには、黄緑色や赤色の野菜、白身と黄身が両方細かく潰された卵が盛り付けられている。そしてお肉が載ったお皿の横のマグカップに入っているのは、薄黄色のスープ……。
どれもとても美味しそうで、気を引き締めていなければ口からよだれが零れてしまいそう。
「こ、これって……」
「お父様と村の皆が作ってくれたんだって」
「そうなんですね……! ありがとうございます、皆さん」
村の皆さんにお礼を言うと、そのうちの一人――まるまる太ったおばあさまが心底嬉しそうな表情で言った。
「良いのよ良いのよ、こんなの朝飯前なんだから。でも今は夕食だから、夕飯前かしら。おほほほ!」
「あら、いいじゃないの、マルコ姉さん。そのネーミングセンス」
「いいじゃないの、マルコ姉さん」
続いて、痩せ細ったおばあさまと子供のように小柄なおばあさまも笑い始める。
「おばあちゃん達……。ごめんな、騒がしくて。でもおばあちゃん達もいい人達なんだよ」
呆れた顔でおばあさま達を見つめてため息をついてから、レノンさんが私に向かって謝ってくれる。
「いえ、大丈夫です。皆さん、すごく楽しそうですし、優しい方々だっていうのは何となく伝わってきます」
私は皆さんを見回しながらレノンさんに答えた。
フロラの家にあるのは、笑顔、笑顔、笑顔……。誰一人として暗い顔をしている人はいない。強いて言うなら、まだ笑顔になりきれていないはずの私だけだろうと思う。
笑顔に溢れる皆さんが、生贄制度のために泣いたり、鬼族を恨んだり、人喰い鬼、ひょっとしたら鬼族の存在に恐怖を感じていたのだと思うと、申し訳ない気持ちが沸き上がってきた。
暗い気持ちになりかけていた私を楽しい現実へと引き戻したのは、パンと手を叩いたヒルス村長の言葉だった。
「よし、全員揃ったところだし、まずは乾杯といくか!」
「そうね、お父様!」
フロラも賛同し、皆が頷いてグラスを掲げる。
私も見よう見まねで、赤紫色の飲み物が注がれたグラスを掲げた。
「では、村の平和と勇敢な戦士達の健闘を祝して……」
「「「乾杯!!!」」」
カチャン、と皆さんのグラスが音を立てた。




