第65話 恐怖と感謝
人喰い鬼との戦いは、鬼族――王ドラコス、双子鬼オグルとオグレス、秘書ラルヴァ、その他たくさんの鬼騎士達の犠牲を経て、幕を閉じた。
戦場の跡に落ちていた彼らの武器を広い集め、村の中央の砂に突き刺してお墓代わりにした。
鬼族は人間とは違って、死んでも骨が残らない。だから武器だけは消えないでくれて良かった。
墓の前で両手を合わせて瞑目してから、俺は小屋の方に目をやった。
ラルヴァが消滅した後、声をかけようとした俺達を振り切って、ビアンカは小屋へと走っていってしまったのだ。
それも、ヒルス村長や村の皆が待機していた小屋ではない。鬼族、そしてビアンカも俺達と一緒に食事をしていた、フロラの家。ビアンカは泣きながらそこに入ってしまった。
あれから少なくとも五分以上は経っているはずだが、未だにビアンカが出てくる気配はない。
「ビアンカ……」
俺が声を漏らすと、地面を踏みしめて俺の方に歩いてくる足音が聞こえてきた。
ハッと顔を上げた俺の瞳に写ったのは、ヒルス村長や村の皆だった。
「レノン、よくやってくれたな。村を守ってくれてありがとう」
「いえ、そんな……」
首を振りながら立ち上がると、ヒルス村長は俺の肩に手を置いた。
「謙遜するな。お前が精一杯頑張ってくれたから、この村は人喰い鬼の被害に遭わなくて済んだのだぞ」
「俺一人の力じゃないです。フロラ、ウィンディー、ビアンカ、それに鬼族の皆が命を懸けて守ってくれたから……」
本当に、命を懸けて……。
ヒルス村長も気付いたのだろう。この場にいるのが人間だけということに。
少し間があってから、ヒルス村長は俺の肩をポンポンと叩いて、優しく微笑んでくれた。
「疲れただろう。家でゆっくり休め」
「はい。ありがとうございます」
俺はヒルス村長の言葉に頷いて、自分の家に向かった。
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それから少しして。俺がベッドの上で寝転んでいると、コンコンと扉が叩かれる音がした。
身を起こして来訪者に『はい』と応えると、扉が開いて茶髪の少女が入ってきた。
「レノン」
「フロラ……!」
何でフロラが、という疑問は口に出る前に俺の中で消化された。ビアンカがフロラの家に閉じこもってしまったから、家の中に入ろうにも入る気になれないのだろう。
「お疲れ様。本当に」
フロラはベッドの上――俺の隣に腰を掛けて、花が咲くように微笑んでくれた。
「ああ、フロラこそ。怖かったはずなのに、最後まで一緒に戦ってくれてありがとうな」
俺がそう言うと、フロラは驚いたように目を見張った。
「えっ? ……あぁ、デイルに襲われた時のことね。確かに襲われた時はものすごく怖かったけど、皆が、レノンが一緒だったから戦いの最中は全然怖くなかったよ」
――人喰い鬼を討伐することしか頭になくてそれだけに必死で、そんなことまで思い出す暇もなかったし。
そう続けてから、フロラは恥ずかしそうに笑った。
「本当に、無事で良かった」
言い終わるより早く、俺はフロラを抱きしめていた。
「わっ、きゅ、急にどうしたの!? レノン!」
腕の中で、フロラが身体を跳ねさせる。フロラの動き、温かみを感じ取って、俺の口からほぼ無意識に言葉が漏れていた。
「……怖かったんだ。オグルとオグレスが死んで、ドラコスが死んで……。もしかしたら、人間の中からも死者が出るかもしれないって思っちゃって……」
気付けば、みっともなく弱音を吐いていた。男らしくなってフロラと結婚したいという目標は消えていないが、俺はここで完全に『男らしさ』を放棄してしまった。
彼女に泣きつくという、彼氏として失格にも値する行動をしながら。
「あたしだって、もう二度とレノンとデート出来ないかもって、頭の隅でちょっとだけ思っちゃったよ。でもそんなのあたしが死ぬより嫌だから、最後まで頑張ることが出来たの」
フロラが俺の首に両腕を回して、俺の髪をゆっくりと撫でてくれる。
「でも今のあたし達があるのは、鬼族達のおかげなんだよね」
「ああ。最初は敵だったのに、最期は皆が俺達を、人間を守ってくれた」
「……感謝だね、皆に」
フロラの言葉に、俺は黙ったまま頭を縦に動かした。
「あ、そうだ。ビアンカ……。大丈夫かな」
俺は自分の腕からフロラを開放して、彼女の桃色の瞳を見つめた。
「そうそう。あたしの家に閉じこもっちゃってるんだよね。今は一人にさせておいた方が良いかなって思ったから、レノンの家にお邪魔しちゃったんだけど」
申し訳なさそうに肩をすくめ、上目遣いで俺の返答を気にしているようなフロラに、俺は笑って首を振った。
「ううん、全然いいよ。フロラが来てくれて嬉しかった」
みっともない醜態を晒してしまったが、そのおかげで俺の気持ちが落ち着いたのも事実だ。
俺は目覚まし時計を確認して、
「だいぶ時間も経ったし……ちょっと声かけてみてもいいかな?」
「そうだね。あたしも行く」
俺の言葉に、フロラは力強く頷いたのだった。
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「ビアンカ。俺……レノンだけど」
俺はフロラの家の扉をコンコンと叩き、中に居るはずのビアンカに声をかけてみた。
フロラと一緒に耳をすますが、ビアンカからの返答はないし、物音がするような気配もない。
俺の声は間違いなくビアンカに聞こえているだろうが、今はそれに応える気力もないのだろう。
分かった上で、俺はなおも続けた。
「慣れないっていうか、初めての戦いだったよな。緊張したと思う。色々と怖かったと思う。でも、最後まで頑張ってくれてありがとう」
俺が言い終わると同時に、今度はフロラが口を開く。
「あたしね、嬉しかったよ。ビアンカがあたし達の村を守ろうと必死に頑張ってくれたこと」
「まだ気持ちの整理は出来てないと思うけど、俺達、君と話がしたいんだ」
「――入ってもいい?」
フロラの問いがあってから、割とすぐに扉が開いてビアンカが姿を見せてくれた。
「ごめんなさい……。フロラの家なのに勝手に上がり込んで閉じこもって……」
俺達が来るまでずっと泣いていたのだろう、目を真っ赤にして泣き晴らした様子のビアンカは、俺達の顔を見ずに目を伏せたままだ。
「ううん、気にしないで。……落ち着いた?」
フロラの問いかけに、ビアンカはこくりと頷いた。




