第60話 贖罪よりも『生きて』
ラルヴァとビアンカさんが泣き叫ぶ声を聞いて、俺はハッとした。
後ろを振り返ると、ラルヴァが抱き上げていたはずのドラコスの姿は無く、ドラコスが横たわっていたラルヴァの膝の上には、ラルヴァ自身の拳が置かれていた。
ブルブルと、その拳が震えている。
俺は瞬時に察した。
ドラコスは、ついに力尽きて消滅したのだ、と。
俺達が倒してきた人喰い鬼達と同じように。
「ニンゲン! どけ!」
ラルヴァは震える声で叫ぶと立ち上がり、涙をたくさん溜めたままの潤んだ瞳で俺達の方を睨みつけた。
「そいつは……この俺が殺す!」
腰の鞘から細剣を抜き、剣の柄を両手で強く握りしめて、ラルヴァは俺達の――デイルの方へと走ってきた。
「フン、濡れ衣だ。わしが貴様らの王を殺したわけじゃなかろうて、貴様が殺ったんじゃろうに」
「黙れ! そもそもビアンカを盾にしたお前の行動が原因だ!」
「貴様にとって都合のいい解釈をするなど、理不尽にも程があるのう!」
「うわっ!」
デイルは俺を突き飛ばし、自分の方に向かって走ってきたラルヴァへと大太刀を振り下ろした。
「レノン!」
デイルに突き飛ばされてよろけた俺を、フロラとウィンディーが支えてくれる。
「ご、ごめん、ありがとう」
俺は二人にお礼を言って、すぐに二人の鬼へ目線を移した。
金属と金属が激しくぶつかる硬い音が響き、デイルの大太刀とラルヴァの細剣がバチバチと火花を散らしている。
「ラルヴァ!」
「手を出すな! こいつは絶対に俺がこの手で葬り去る!」
手を貸そうとラルヴァの名を叫んだが、返答はこの通り。
この場面で俺が迂闊に手を出しては、ラルヴァに申し訳ない。
だから、俺はラルヴァに手を貸すことをそこで諦めた。
きっとラルヴァは罪悪感に苛まれているはずだ。
デイルに殴られていたビアンカさんを助けようと稲妻を放ったら、あろうことかデイルがビアンカさんを盾にして稲妻の攻撃から自分の身を守ろうとした。
そのビアンカさんを庇うためにドラコスがいち早く動き、先回りしてラルヴァの稲妻を受けた――。
きっかけや過程はどうであれ、ラルヴァが放った稲妻によってドラコスが命を落としたという事実は変わらない。
「ラルヴァさん……!」
その場に膝をついたままのビアンカさんは、デイルと剣を交えて戦っているラルヴァを見つめ、鼻をすすり、瞳を潤ませて涙を流していた。
彼女も、俺と同じ気持ちなのだろうか。あるいは、ドラコスを失ったショックでまだ立ち上がることが出来ない状態なのだろうか。
どっちにしろ、デイルとの一騎討ちを望んでいるラルヴァにとっては邪魔者が入ってこないからちょうどいいだろう。
ラルヴァは無我夢中で細剣を振るっていた。怒りを、悲しみを、後悔を、悔しさを、そのままデイルにぶつけるように。
「何故、わしに剣を向けてくる! 全て貴様の行動が招いた結果じゃ!」
ラルヴァの細剣をそれより大きな大太刀で受けながら、デイルは不服そうに声をあげる。
「黙れ!! 王を殺したのはお前だ! 俺が……いや、俺と一緒に消えろ!!」
「何だと……?」
デイルが眉を寄せている。ビアンカさんが息を呑む音が聞こえる。
俺も自分の耳を疑った。
ラルヴァは、デイルを討伐するだけではなく、自分も一緒に死のうとしているのか……?
「王を殺したのはお前だ。だが同時に、俺でもある。せめてもの贖罪として、俺とお前の命をもってこの戦いを終わらせる!」
「勝手なことを……! なら、貴様だけ勝手に死んでおけば良かろう!」
「ぐっ!」
デイルは大太刀を水平に振り切ってラルヴァの腹を斬りつけると、天に手を掲げた。
ただでさえ日が沈みかけ、夕暮れがやってきている空が黒い雲で覆われる。
デイルの掌から青白い稲妻が放たれ、黒い雲を介してラルヴァの元へと落とされた。
ラルヴァは雷撃を受けてたまらず転がり、ビアンカさんが座り込んでいる場所まで下がっていった。
「ラルヴァさん!」
急いでラルヴァの身体を支えようとしたビアンカさんを振り払い、
「止めるな! ビアンカ!」
「駄目です! 死んだら駄目です!」
だが、ビアンカさんも引き下がらなかった。ラルヴァの腕を両手で掴み、必死に行かせまいとする。
「俺は王を死なせたのだぞ! そんな俺だけがのうのうと生きていいわけが――」
「ドラコス王のお言葉、もう忘れられたんですか!」
「――」
ビアンカさんはなおも声を張り上げ、潤んだ瞳でラルヴァを見上げる。
「人間と仲良く、これからも生きてくれって、言われたではありませんか……! 生きてって、王は言われたんです! ラルヴァさんに死んでほしいなんて一言も仰っていません!」
「ビアンカ……」
「私だって、ドラコス王が亡くなるきっかけを作ったあの男を許すことなど到底できません。でも、ラルヴァさんが亡くなるのはもっともっと許せません!」
首を振り、涙を流しながら、ビアンカさんは必死にラルヴァへ自分の気持ちを伝える。
ラルヴァの方も、ビアンカさんの気迫に気圧されているのか、言い返すことをせずに彼女を見つめている。
そんな二人にしびれを切らしたのはデイルだった。
「何をごちゃごちゃと喋っておるんじゃ……。もうわしは退くぞ。決戦は明日に持ち越しじゃ」
「おい! デイル!」
俺が叫び、あとを追いかけようとするよりも早く、デイルはその場から姿を消した。
デイルを取り逃がした悔しさで歯を食いしばるが、そんな俺の腕を引いて、フロラが言う。
「途中で帰ってくれて良かったよ、レノン。もうすぐ日が暮れるし、あたし達だってまた体勢を立て直せる」
彼女は微笑んでいた。泣きそうな顔で、俺に笑顔を向けてくれた。
きっとフロラの胸にも、色々な感情が渦巻いているはずだ。でもそれらを押し殺して、最善の行動を取ろうとしている。
「……そうだな。もう一回、作戦会議をしないと」
俺はフロラに向かって頷くと、ラルヴァとビアンカさんの方へ歩みを進めた。
「ラルヴァ、ビアンカさん、大丈夫ですか?」
「敬語など使うな。虫酸が走る」
手を差しのべるが、ラルヴァに顔を背けられてしまう。
「ビアンカさんに向けてだよ! 俺の心配を返せ!」
王を失ったラルヴァの言葉を聞いて、こいつの折れている心を支え直さないと、とか密かに思っていたのに杞憂だった……それ自体はまぁ喜んでもいいところだけど。
「あ、あの、私のことも呼び捨てで敬語も無しで構いませんよ。年齢は同じでしょうし」
そっと手を挙げ、ビアンカさんが俺を気遣ってかそう言ってくれる。
「あっ、そ、そうですか? ……えっと、じゃあ、そういうことで」
「この俺が、お前なんぞに心配してもらう必要などあるものか」
ビアンカさん改め、ビアンカへの呼び捨てとタメ口が決まったところで、ラルヴァが分かりやすく俺を拒絶。
「た、確かにそうかもしれないけどな……。もっと周りを頼れよ。何のために俺達とラルヴァ達で戦いに挑んだと思ってるんだよ」
図星を突かれたのか、ラルヴァはちらりと俺を見上げてからまた顔を逸らした。
「とにかく、一度小屋の中に入って休みましょう。体力も消耗してるし、何より疲れてるはずだわ」
「そうだな。シュヴァリエさんのことも心配だ。早く中に入ろう」
ウィンディーの言葉に頷き、俺達は一旦村の皆が待機している小屋に戻ることにした。




