第57話 決戦! 対するは人喰い鬼デイル
「は……?」
自分の目が信じられなかった。目の前の光景を受け入れられなかった。これが悪夢ではなく紛れもない現実なのだと信じたくなかった。
だが、目の前の血塊が何よりの証拠だ。これが嘘偽りのない現実である、と俺達に語りかけている。
オグルとオグレスは、デイルの命令で俺達の方へ走ってくる人喰い鬼達を引き留めようと彼らを追いかけていた。ただそれだけだった。
それなのに、デイルが地を蹴ってオグルとオグレスの目前で爪の伸びた手を振るった瞬間に、その小さな身体は一瞬にして消滅。血潮を飛ばした直後に赤黒い血塊へと姿を変えたのだった。
結論。--オグルとオグレスは、デイルによって殺されたのだ。両腕を外に開くように振りきる、その一撃だけで。
「なっ……!?」
「オグル! オグレス!」
「そ、そんな……!」
なおも人喰い鬼達と戦っていたドラコスが、太い声で驚きを口にし、デイルと戦っていたラルヴァは小鬼二人の名前を叫び、ビアンカさんは今にも泣き出してしまいそうな息を呑んで両手で口を覆った。
三人の声に答える者はいない。地面に飛び散った小鬼二人の赤黒い血液が広がる静寂が、三人の声をさらりと聞き流すかのように落ちる。
「よし……! これでわしも魔法を使える……! さて、体力回復といくか……」
デイルは舌なめずりをして痩けた頬によだれをつけ、自分の方に向かって--否、俺達の方へ駆けてくる人喰い鬼達に視線を移した。
そして、オグルとオグレスが消えたことに少なからず動揺した人喰い鬼達の中から、手近にいた人喰い鬼二人を両手でわしづかみにすると、天を仰いで大きく口を開けた。
そのまま手を離し、人喰い鬼二人を口の中へ放り込む。グシャッ、グシャッ、と肉を食らう音がして、今しがたデイルに掴まれた人喰い鬼達はあっという間にデイルの血肉となった。
デイルは血に濡れた口元を汚ならしく腕で拭うと、
「さぁ、最終決戦じゃ、ニンゲンども。わしらを滅ぼそうなどと無意味な作戦を立てて手を組んだこと、地獄で後悔するといいわ!!」
デイルの叫びを合図に雷鳴が轟き、青白い稲妻が容赦なく俺達の元に落ちてくる。
「避けろ!!」
いつの間にか小鬼の姿に擬態したドラコスが、素早く俺達の前へ立つ。
巨体のままでは雷に打たれる可能性を自然と高くしてしまう。だから、小鬼の姿に擬態したのだろう。
ドラコスは短くて小さな両手を天に突き上げ、掌から金色の稲妻を放出。それが空中でデイルの稲妻と衝突し、バチバチと激しい火花を散らす。
「くっ……!」
歯を食いしばり、俺達全員をデイルの稲妻から守ってくれているドラコス。そこに素早く援助の手が上がった。ドラコスの僕であるラルヴァとビアンカさんだ。
「お、お前達……!」
「王よ、お一人で無理をなさらないでください!」
「私達もお手伝いさせて頂きます!」
ドラコスはラルヴァとビアンカさんが助力したことに目を見張って驚きつつも、すぐに頬を緩めて天を仰いだ。
「ラルヴァ、ビアンカ! 妾と一緒に稲妻の処理だ! レノン達は地上戦! 直接デイルと他の人喰い鬼どもを叩いてくれ!」
「はい!!」
ドラコスの指示に俺は返事をし、フロラやウィンディーと頷き合ってから地を蹴ってデイルの方へ駆ける。
落雷を起こしているとはいえ、当の本人は地上にいる。空中戦での稲妻はドラコス達に任せて、俺達は地上戦でデイルや人喰い鬼達を直接叩く。
これが最善の戦法だろう。
「はああぁっ‼︎」
まず最初に目をつけたのは、他の人喰い鬼達だ。
先にデイルの子分達を全滅させておけば、あとでデイルを倒す時に要らない邪魔も入らなくなるし、デイルの討伐に集中できる。なおかつ、子分を全滅させられたひとりぼっちのデイルには、勝ち目がなくなる。
走りながら炎の槍を振るい、俺は数人の人喰い鬼を一気に斬っていく。
フロラとウィンディーは二人で協力しているらしく、ウィンディーの風魔法で舞い上がった人喰い鬼をフロラが水の弓矢で射抜いていた。
デイルを風で煽った時は彼をあらぬ方向へ落下させてしまい、ビアンカさんを危険な目に遭わせるという失敗を犯してしまったが、弓矢による遠距離からの攻撃でなおかつ空中で人喰い鬼を絶命させれば何も心配することはない。
「フロラ! ウィンディー! そのまま頼む!」
「え、ええ!」
「でも、レノンはどうするの⁉︎」
目前から迫ってくる人喰い鬼達を順番に斬っていきながら、ウィンディーとフロラの声を背中で受ける。その俺の視線が捉えているのは--。
「決まってるじゃないか……!」
「--分かった!」
フロラは俺が何をしようとしているのか、誰を標的としているのかを察してくれたらしく、肯定の言葉を投げかけてくれた。
俺が標的にしたのはデイル。そして、俺が今からしようとしていることは--。
「な、何じゃ、レノン……!」
「絶対にお前を倒す! それ以外に、お前に用なんてない!」
地を蹴って少しだけ浮遊し、俺はその勢いを保ったままデイルへと火を纏わせた槍を振るおうとする。
「ほざけ!」
デイルは血走らせた目を見開くと、今まで天に向かって突き上げていた手を俺の方に向け、青白い稲妻を放ってきた。
「くっ……!」
予想外の攻撃ではあったが、俺は右側に体をねじって何とか回避。
ひとまずデイルの攻撃対象が俺に移行したことで、ドラコス達も稲妻を止めておく心配がなくなった。これでやっと、正々堂々と戦える。
「オグルとオグレスの命を奪ったこと……地獄で後悔しろ‼︎」
俺が叫んだ瞬間、デイルの頬に小さな水しぶきと血潮がほとばしる。
ハッとして後ろを振り返ると、
「それと、あたしとウィンディーを襲ったこともね!」
フロラとウィンディーが、俺の方へ駆け寄ってくる。デイルの頬にかすり傷がついたのは、フロラの弓矢が放たれたからだろう。
「お前達! 本領発揮だ! 今度こそ完全に人喰い鬼デイルを殲滅するぞ!」
小鬼姿のドラコスが声を張り上げ、後方で待機していた何十人もの鬼騎士達に合図を送る。
俺、フロラ、ウィンディー。
ドラコス、ラルヴァ、ビアンカさん、数十人の鬼騎士達。
そんな俺達を前にしたデイルは、眉をピクピクと動かして歯ぎしりし、明らかに怒っている様子だった。




