第47話 ビアンカの気持ち④
私の問いかけを聞いたラルヴァさんの細い瞳が、分かりやすく見開かれた。
やっぱり……こんな良い雰囲気の時にする質問じゃなかった……!
私は自分の気持ちを抑えきれなかったことを悔やんだ。でも後戻りは出来ない。私の方から質問を投げかけてしまった以上、途中で切り上げるのはラルヴァさんに失礼だ。
「ら、ラルヴァさんには以前から何度もお尋ねしていたので、しつこいと思われるのも当然だと思います。申し訳ございません。ですが、どうしても気になってしまって……」
言ってからおそるおそるラルヴァさんの顔を見上げると、ラルヴァさんは少しだけ頬を緩めた。
「心配するな。いずれ生えてくる。鬼の中には肉体的に成長しても角の生えるスピードだけは遅い、という奴等が何人もいるからな。お前もそのうちの一人なのだろう」
「そ、そうなのでしょうか……」
自分の目でそんな鬼を見たことがないから、ラルヴァさんの言葉を真実だとも嘘だとも判断はできない。けれど……。
「そもそも、私の頭には角の先端の感触さえもないのですが」
思い切って、本当のことを言ってみた。
オグルさんやオグレスさんの成長を侍女として一番近くで見てきたから分かる。鬼の成長過程として、髪の毛の中に埋まっているかのように、ある日突然ぽっこりとしたデキモノのようなものが出現するのだ。
それは個々の髪の色を薄めたような色をしていて、一ヶ月単位で少しずつ伸びてくる。山のようにぽっこりとしていたはずのものが、数ヵ月後には先端の尖った短い角になっているのだ。
そんな頭部の変化さえ、私には起こらない。だからこそ、私の頭から角が生えてくることはないのだ、と諦めの気持ちが湧いてくる。
ラルヴァさんは眉をひそめると、眼鏡をくいっと上げて、
「だから言っただろ。成長のスピードは様々だ。確かに不安はあるかもしれないが__」
「ら、ラルヴァさん! 本当のことを教えてください! それが本当のことなら、私と目を合わせてください!」
__いずれ生えてくる。心配するな。
__成長のスピードは様々。
そう言っては、私を真実から遠ざけてきたラルヴァさん。昔聞いた時と今とで、明らかに共通している点がある。
それは、私を励まし慰めるような言葉をかけてくださっているにもかかわらず、私と視線を合わせてくださらない、という点だ。
本当のことを包み隠さずに言ってくださっているのなら、視線が外れることなどあるわけがないのだ。でも、ラルヴァさんは決まって私を見てくださらない。決まり悪そうに、何かを隠そうとするように、私から目線を逸らすのだ。
勢いに任せて叫んでしまってから、私はハッとして慌てて両手で口元を押さえて頭を下げる。
「も、申し訳ありません! ラルヴァさんに対して失礼な発言を……! ど、どうか、お許しください!!」
もしかしたらまた怒られてしまうかもしれない。ひょっとしたら侍女を解任させられて、捨てられるかもしれない。せっかく拾ってもらったのに……!
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
私は外では、自分一人では生きていけない。今まで生活してこられたのは、紛れもなくドラコス王やラルヴァさん、オグルさんやオグレスさん……お屋敷の皆さんのおかげだ。
それなのに、未知の外に放り出されてしまったら……!
そんな恐怖が、頭と胸を支配して脳が困惑でいっぱいになり、心臓がドクンドクンと高鳴る。
ラルヴァさんの怒号が聞こえる__!
「い、いや、気にするな」
驚いて顔を上げると、ラルヴァさんは眼鏡をくいっと上げて明後日の方向を見ていた。眉間にシワが寄っている様子もなく、声色に怒りが含まれているわけでもない。
どうやら、本当に私に対する怒りの感情が湧いていないようだった。
「ラルヴァさん! 訓練の続きしようぜー!」
「ね、ねぇ、オグル、ラルヴァさん、ビアンカさんとお話ししてるから……」
私とラルヴァさんの間に気まずい空気が流れた時だった。まさに絶好のタイミングとも言えるこの瞬間に、オグルさんとオグレスさんが走ってきたのだ。
尤も、オグレスさんの方は、勝手に突っ走るオグルさんを制止させようと必死だけど。
「えー! 良いじゃんか! ラルヴァさん、良いだろ?」
オグレスさんの制止に唇を尖らせ、ラルヴァさんの服をつまんで許しを請うオグルさん。
「あ、ああ。その代わり、手加減はしないぞ」
ラルヴァさんは眼鏡をくいっと上げながら頷くと、腰の鞘から細剣を抜いた。
「はーい!!」
元気よく手を上げ、心の底から嬉しそうに歯を見せて笑うオグルさん。
彼の代わり……と言うのも違うかもしれないけど、オグレスさんがラルヴァさんに向かって心の底から申し訳なさそうに深々と頭を下げている。
「……すまない、ビアンカ。その話はまたいずれ」
ラルヴァさんはやっと私の目を見て、それからまたすぐに視線を逸らして、オグルさんとオグレスさんの相手をしに遠くへ行ってしまった。
私はラルヴァさんの大きな背中を見つめ、小さなため息をつくことしか出来なかった。
感情のままに言葉を発してしまったせいで、ラルヴァさんに対して失礼な言動をしてしまった。
それが、私の胸の中に大きな後悔として渦巻いていた。
勿論、真実を早く知りたいのは本当だ。でも、そのためなら相手に失礼があってもいい、というわけではない。
そこの区別……識別をしっかりと出来ていなかった自分自身が、本当に恥ずかしかった。
さっきの言葉がついで出たものでなければ、ラルヴァさんはまた私と話をしてくださるつもりでいるらしい。
私の角が生えてこないことは、その時にちゃんと話をしよう。
今は、デイル達人喰い鬼の来襲に備えて戦力をつけることが先決だから。




