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第43話 話しておきたいこと

 俺とラルヴァは二人で並んで、外に出たところの家の壁にもたれかかっていた。

 出来れば他の誰にもこのことは聞かれたくなかったため、『魔法の打ち合いをしよう』と誘ってくれたフロラには『またあとで』と言っておいた。


「なぁ、ラルヴァ。あの時の言葉ってどういう意味だ」


「あの時、とは?」


 ラルヴァは俺の方を見ずに、淡々と尋ねた。


「俺とオグルとオグレスが屋敷の中を散歩してた時のことだ。わざわざ耳元で言っただろ。『見くびるなよ』って」


 オグルとオグレスに屋敷の中を案内してもらっている最中で、俺達三人は玄関の巨大な扉を眺めていた。首を九十度見上げないといけないほど高くそびえる扉を、ラルヴァは開けることが出来る、とオグルに言われた時。

 そしてオグレスが顔を赤らめて、ラルヴァの筋肉を褒めた時。


 『玄関の鍵は俺が持っているから、脱出しようとしても無理だぞ』


 そう言って、俺達に冷たい視線を向けてきたラルヴァ。

 今俺の横にいるこいつは眼鏡をクイっと上げて、


「奴等が俺のことを褒めても、貴様が信用していないような表情をしていたからだ」


「……えっ!?」


 予想もしていなかった理由に、俺は面食らってしまう。そんな俺を見て、ラルヴァも少し驚いたように言った。


「何を驚くことがある」


「い、いや……」


 まさか、そんな簡単であからさま過ぎる理由だったとは……。


 俺はどもりつつ、続きを口にした。


「その、俺はてっきり屋敷から脱出しようとしてたこともお前に見抜かれてて、それで『見くびるなよ、お前の行動の真意は全部分かってるんだぞ』って言われてるのかと思ってたんだ」


「……気付いていた。気付いていたぞ。た、ただあの時は見逃してやっていただけだ。何を言う、この馬鹿者」


 ラルヴァは俺の言葉を聞いた瞬間に眉をピクッと上げ、必要以上に眼鏡を何度もクイクイクイクイと上げ下げした。


「ラルヴァって、案外抜けてるところもあるんだな」


「き、貴様……!」


 拳を握って歯ぎしりし、俺を睨みつけてくるラルヴァ。


「失敗しない完璧主義で性格もキツイ奴だと思ってたけど、それくらいの方が俺は好きだな」


「貴様になど好かれたくない、やめろ」


 ラルヴァは背中まで伸びた銀髪をなびかせ、プイッと俺から顔を背けた。


「なぁ、本当に俺達と一緒にデイル達を倒してくれるのか?」


 つい不安になって、俺は尋ねてしまう。


「そのために今まで話し合っていたではないか」


「……途中で喰ったりするなよ?」


 ラルヴァの顔を覗き込み、俺は一応念押ししておく。


「言っただろ。俺達はニンゲンなど喰わん」


 ラルヴァは眼鏡をクイッと上げて、今までと同じ答えを口にした。


「もう、フロラにはあんな怖い思い、二度としてほしくないんだ。万が一のことがあっても、俺が絶対にそんな思いはさせない」


 フロラのことを想うと、自然と気が引き締まる。


 デイルに襲われたフロラが、長時間どれだけ屈辱的で苦しくて辛くて怖い思いをしていたか、想像しただけで背筋が凍る。しかも俺は想像しかできないから、実際にそんな経験をしたフロラなんて思い出すだけで吐き気を催してしまうほどだろう。


 俺があの時家の外で待っていれば、フロラの家に迎えにいく約束を取り付けておけば、フロラが苦しみ怖がる時間が一分でも一秒でも減っていたかもしれない。そう考えると情けなさと不甲斐なさで、自分自身に腹が立ってしょうがない。


 俺がフロラを守る。この命に替えても。


 これは比喩表現でも何でもなく、心からの本心だ。フロラが助かるなら俺の命は無くなったって構わない。それでフロラが悲しんでくれたとしても、俺にとっては本望だ。


 本当は、屋敷でラルヴァが『見くびるなよ』と言ってきた理由を教えてもらって、改めて共闘する決意を固めるだけにしようと思っていた。でもフロラがデイルに襲われていたあの無残な光景を思い出し、そんな悠長な気分では居られなかった。


 急に態度を悪くしてしまって、ラルヴァには申し訳ないと思いながらも、俺は彼に背を向けて歩き始めた。


「……レノン」


「ん?」


 俺は立ち止まって振り返る。銀髪の鬼は、家の壁にもたれかかっていたのをやめ、腕を組みながら俺の方へ歩いてきた。


「この際だ。貴様に話しておきたいことがある」


「何だ? せっかく信用しかけてるんだから、話があると見せかけて斬るのだけはやめてくれよ?」


「誰がそんなことを。貴様は馬鹿か」


 ここまで来たんだ、流石にそんなことはしないだろう。そうは思っていたがやはり不安な部分も無いわけではない。けどラルヴァの返答を聞いて心の底から安心した。

 こいつは俺を斬り殺すことさえ、馬鹿馬鹿しいと思ってくれているのだ。


「ごめんごめん。それで、話しておきたいことって?」


「ビアンカのことだ」


「……ビアンカさん?」


 俺の脳裏に、屋敷で俺の世話もしてくれた侍女____クリーム色に近い白い長髪の少女の姿がよぎる。


「あいつを貴様らの村で預かってほしいと言ったら、迷惑か」


「い、いや、全然。俺自身は大歓迎だぞ? ヒルスさんや皆に相談しないといけないけど」


「そうか……。少なくとも断固拒否されなかったのは安心だ」


 目を瞑り、言葉通り安心したかのように息を吐くラルヴァ。


「ど、どうしたんだよ、急に」


 らしくない言動に、俺は肩透かしを食らってしまう。こいつがクールな仮面を外してまで頼み込むほど、ビアンカさんに何かあるのだろうか。


「実は以前からずっと、ビアンカをどこかのニンゲンの村に預けてそこで生活させたいと思っていてな。これから俺達と貴様らは協力関係にを築く、とドラコス王も仰っていたし、貴様の村ならばビアンカにとっても暮らしやすいだろうから」


「そうなのか……。でも、理由は? ビアンカさん、何か病気なのか? それともお前達の種族の中で何か問題があった、とか」


 俺が憶測を並べ立てると、ラルヴァはそれを全否定するように首を横に振る。


「いや、そんなことはない。確かにあいつは侍女としてまだ半人前だが、頼んでいないことまでやってくれて大いに助かっている」


「じゃ、じゃあ____」


 病気でもない、鬼族の中で問題が怒ったわけでもない、侍女として上手くできていないわけでもない……。そうなれば、あとの理由は大抵絞られてくる。


「俺達とビアンカとでは、根本的に種族が異なる」


「そ、それってどういうことだ?」


「まだ分からんのか」


 ラルヴァは呆れたように息を吐くと、俺の目をまっすぐ見つめて言った。


「ビアンカは、ニンゲンだ」

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