第41話 自己紹介
無邪気に笑うオグルと、その隣で遠慮がちに口角を上げるオグレス。
「ふっ!」
「うげぇっ!! い、いったい……!」
そんなオグルの笑顔を苦しみ悶える顔に変えたのは、他でもないシュヴァリエさんだった。騎士団長であるリッターさんが動くよりも早く、風のように鬼の大群に滑り込み、オグルのみぞおちに双剣の柄をめり込ませたのだ。
「お、オグル、大丈夫?」
あわあわと慌てながら、オグレスが双子の兄に駆け寄る。
一度に二本もの剣の柄がお腹にめり込んだことで、フロラと同じくらい顔を青くしながら、オグルは何とか笑みを浮かべた。
「ああ、心配すんな、オグレス」
「ん!? レノンだと!?」
そんな二匹の小鬼を心配そうに見つめていた小鬼姿の王・ドラコスが、急に眉をひそめて俺を見た。
「王、どうされました?」
ラルヴァも眼鏡をクイっと上げ、怪訝そうな表情を俺に向ける。
「あの少年か少女か見分けがつかんかったニンゲン、レノンだったのか!!」
「男か女か分からないって何だよ! 俺は正真正銘の男だ! ……あっ」
ドラコスの失礼すぎる言葉に勝手に触発されて、俺は思わず鬼達の前で本当の性別を盛大に暴露してしまった。
「えっ!? レノンって男の子だったのか!?」
「で、でも、お屋敷では自分のこと『私』って言ってたし、女の子みたいだった……」
オグルが目を見張って驚き、オグレスがおそるおそるといった感じで視線を泳がせる。
「まさか貴様、俺達を騙していたのか!?」
ラルヴァの眉間にシワが寄り、完全に怒りを宿した表情になる。
しまった、こんなタイミングで鬼達にバレるなんて……!
「あっ、えっと……」
「許さぬぞ、貴様……!」
ろくに良い言い訳も思い浮かばず、俺がオロオロとしていると、ラルヴァが腰に差した鞘から細剣を抜いた。
「レノンくん、安全なところまで下がって!」
すぐさま俺を後ろにやり、リッターさんが片手剣を構えてラルヴァと対峙する。
両者が互いに睨み合い、戦闘を始めようとしたところで、
「ストーップ!!」
と、可愛らしい声が響いた。もっとも、その声は小鬼に擬態した鬼王の口から出されたものなので、『可愛い』とは言いたくなかったのだが。
未だに小鬼の姿のままのドラコスは、短い両手を広げてラルヴァとリッターさんの間に割り込むと、可愛らしい声で叫んだ。
「妾達はニンゲンと戦うつもりは毛頭ない! ただ、協力して人喰い鬼デイルとその一味を倒したいと思っておるだけだ!」
「君は……?」
リッターさんはドラコスのことをただの小鬼だと思っているようで、怪訝そうにドラコスを見つめている。
そんな視線をもろともせず、ドラコスは胸を張って自己紹介をした。
「妾は鬼族の王・ドラコスだ。よろしく頼む。お前とお前は何者だ?」
リッターさんとシュヴァリエさんを交互に見上げ、ドラコスは小首を傾げる。
その仕草が可愛らしく思えてきてしまっては、俺も末期だ。何せ、ドラコスの本当の姿は三メートルもあるような巨人のおっさんなのだから。
「僕達は町の騎士団の者だ。僕は騎士団長のリッター・アパッシオ」
「騎士団のシュヴァリエ・トランクです」
リッターさんやシュヴァリエさんの太ももくらいの大きさの小鬼が自らを王と称した。
この状況を飲み込めていない表情で、二人の騎士は顔を見合わせつつも、ドラコスに倣って自己紹介をする。
「なるほどなるほど……。よろしく頼む」
ドラコスは短い手をニュッと突き出して、二人と握手を交わした。
「まだお前達は疑っているだろうが、本当に妾達にはニンゲンと戦うつもりがないんだ。ただ、先日この村を人喰い鬼が襲っていたのを見て、共に人喰い鬼を殲滅できたら、と」
トコトコとラルヴァの方へ戻ってから、コホンと咳払いをしてドラコスは言った。
彼の言葉に、俺は思わず耳を疑った。信じられなくて、つい尋ね返してしまう。
「ふ、フロラが襲われていたところを見てたんですか!?」
「ん? あぁ、見たというか見かけたというか……」
見たって言ったじゃないか。
ていうか、見てたのに助けてくれなかったのかよ。フロラがその間、どんなに痛くて辛くて怖い思いをしてたと思ってるんだ……!
今、フロラはヒルスさんを呼びに行ってくれているからこの場には居ないが、もしこの場にフロラが居合わせていたら、きっとショックだっただろう。
「だったら、どうして助けてくれなかったんですか!?」
俺がドラコスの方へ歩いていくと、ラルヴァがサッと俺の前に立ちはだかった。俺がドラコスに手を加えると思ったのだろう。
本当なら一発でも殴ってやりたいところだが、今ドラコスに手を出してしまえば間違いなく戦闘になってしまう。それを防ぐためにも、俺が怒りを抑えるしかない。
せめて俺の怒りが伝われば、と思い、俺のことを睨んできたラルヴァを睨み返していると、ドラコスが口を開いた。
「デイル達に逃げられるわけにはいかなかったんだ。妾が出ていって、さっきの娘を助けても良かったのだが、妾がでしゃばってしまったらデイル達は二度とこの村に寄り付かなくなる。そうなると、いよいよ殲滅できるチャンスを失うのだ」
「王の仰る通りだ。だから、王を責めるな、レノン」
ドラコスの言葉を引き継ぎ、ラルヴァが淡々と言う。
「くっ……!」
確かにドラコスの言い分は間違っていない。デイルとその一味が俺達の村に寄り付かなくなったら殲滅できなくなってしまうだけでなく、周りの他の村が標的にされるかもしれない。
せっかく生贄の皆は自分達の村に戻れたのに、またあの恐怖を、いや、あれ以上の恐怖を感じさせてしまうことになる。
だから、俺は唇を噛み締めるだけで何も言い返すことが出来なかった。
「鬼が出たというのは本当か」
「ヒルスさん」
俺が振り返ると、フロラと一緒にヒルスさんがやって来た。
「戦うつもりはない、の一点張りで」
そう報告するリッターさんに頷き、ヒルスさんはラルヴァをまっすぐ見据える。
「わたしは村長のヒルス・ブリランテだ。わたしの責任で、お前達鬼族を村に迎え入れる。ただ、少しでも人間に手をあげるような真似を見せたら、この二人に容赦なく斬り殺してもらう。それだけは覚悟しておいてくれ」
すると、ラルヴァの後ろからドラコスが歩いてきて、
「心配は無用だ。さっきも言ったが、妾達はむしろニンゲンと仲良くしたいのだからな。まぁでも、お前の指示に従おう、村長ヒルス。妾は鬼族の王・ドラコスだ」
自分より何倍も背の高いヒルスさんを見上げて、短い手を突き出して握手を求めた。
ヒルスさんは、てっきりラルヴァが鬼のリーダーだと思っていたのだろう。ドラコスが王と名乗ったことに目を丸くしつつも、その小さな手を優しく握り返していた。
ドラコスと握手をしているヒルスさんに近付き、ラルヴァは氷のような冷たい視線を向けてこう言った。
「俺はドラコス王の秘書・ラルヴァだ。手をあげた時点で命がなくなるのは、貴様らニンゲンも同じだぞ。俺の仲間、ましてやドラコス王に手を加えようとした時点で、俺が容赦なく切り捨てる」




