第30話 正直な気持ち
「ウィンディー、怪我の具合はどうだ?」
フロラに見放された後、俺はウィンディーの家にお邪魔した。別に慰めてもらおうという意思はなく、ただウィンディーの怪我が心配だったからだけど。
「あ、レノンくん。わざわざ来てくれたの? ありがとう」
「いや、良いんだ。心配だし」
ベッドに上体を起こして座る彼女は、俺が傍の椅子に腰を掛けるのを見て、
「……どうしたの? 何か元気ないわね」
「はは、ちょっとな」
上手に隠し通すことも出来ず、俺は情けなく笑ってしまう。
「私で良ければ、話くらいは聞くわよ?」
「大丈夫だよ、ごめん。ちょっと……嫌な夢見ちゃってさ」
「嫌な夢……悪夢ってこと?」
「まぁ、そんな感じ」
「そっか……。辛かったね」
ふと、頬に冷たい感触を感じた。
ウィンディーの細い指が、俺の頬をなめらかに滑っている。
「___ぁ」
そこで気付いた。俺はいつの間にか涙を流していたのだ。
頬を伝って流れた涙を、ウィンディーが拭き取ってくれていた、というわけだ。
「自分だけで溜め込むのは良くないわよ? いつか爆発しちゃうのだから」
「ご、ごめん。泣くつもりじゃなかったんだ……おかしいな……」
俺は慌てて両目をこすり、涙を止めようとする。でも涙は全然止まってくれなかった。
「泣いて良いわよ。それだけしんどいんでしょ? 感情を表に出すこともたまには大切よ」
「ウィンディー……」
何で、鬼に襲われて一番怖い思いをしているはずのウィンディーに心配かけちゃうんだよ。
本当に情けないな……。それでも男かよ……。
「やっぱり駄目だ、俺。年甲斐にもなく泣いちゃうから、女子っぽいって思われて、フロラとの結婚も認めてもらえないんだよな……」
ウィンディーは、俺の頬から指を離した。そしてベッドに座り直すと、背筋を伸ばしてまっすぐ前を見据える。
「もし、レノンくんが悪いことしちゃったなって思ったり、ちょっと気まずい感じになっちゃったなって思ったりしたら、素直に自分の気持ちを伝えれば良いのよ」
「……自分の気持ち?」
「そうよ。何も言われないでズルズル引きずってると、レノンくんも相手もどんどん気まずくなっちゃうでしょう? 口が聞けなくなっちゃう前に、レノンくんの正直な気持ちを伝えれば、少しは仲直りできるチャンスが巡ってくるんじゃないかしら」
なるほど、ウジウジ悩むよりも前に、俺の正直な気持ちをフロラに伝えれば良いのか。
「……そう、だな。ありがとう、ウィンディー。おかげで、今俺が何をすべきか、ちゃんと見えたよ」
俺が言うと、ウィンディーはふんわりと笑った。
「そっか。良かった。頑張って。ボロボロになっちゃう前に休みつつ、ね」
「ああ! ありがとな!」
ウィンディーは本当にすごいな。
何も言ってないのに、何で俺が悩んで泣いてるか、素早く見抜いて的確なアドバイスまでしてくれて……。
本当は、自分が一番辛くて怖い思いをしているはずなのに。
「あ、居た居た。レノンくん、ちょっと良いかい?」
自分の名前を呼ばれて俺が振り返ると、赤髪の騎士と紫髪の騎士が、少し開けたドアの隙間からひょっこりと顔を覗かせていた。
「リッターさん! シュヴァリエさんも」
「少しお話があります。レノン・コンフォ。お時間よろしいですか?」
シュヴァリエさんに尋ねられて、俺は慌てて立ち上がった。
「あ、はい。大丈夫です。けど……」
俺は大丈夫だけど、人の家のドアをノックもせずに開けるっていうのはどうなんだ……?
ベッドの上のウィンディーを見ると、
「大丈夫よ、ドアに『ご用の方はお開けください』って書いておいたもの」
誇らしげに言うウィンディー。
いや、それは防犯の観点から見ると十分危険なんじゃないのか?
「気を付けろよ。それじゃ、また。お大事にな」
「うん、ありがとう、レノンくん。行ってらっしゃい」
一応注意喚起をしつつ、俺はウィンディーの家から出た。
「内密な話があります。あなたの家で話せませんか?」
俺が彼女の家のドアを閉めたところで、シュヴァリエさんが真剣な顔つきで尋ねてくる。
「分かりました」
それに対し、俺も真剣に頷いた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「すみません、大したものも出せないんですけど」
人様を自分の家に上げさせておいて、お茶の一つも出せない俺。
流石に申し訳なくて謝ると、いつになく真剣な表情のリッターさんは手を振って、
「全然大丈夫だよ。むしろ、この際は何もない方が良い」
「は、はい」
俺が姿勢を正して正座をすると、シュヴァリエさんが口を開いた。
「人喰い鬼についてですが、やはり正体がデイル・ベトレイである可能性が濃厚です」
「やっぱり……そうですか」
俺が言うと、
「理由は二つ」
シュヴァリエさんは指を二本立てた後、そのうちの一本をしまうと、
「一つ目。鬼達が爪を使わないにも拘わらず、爪を使って攻撃してきた、と供述したこと。自分が人喰い鬼でもなければ、そのような供述は出来ません。勿論、フロラ・ブリランテが鬼達との戦闘を報告した際、『爪を使って攻撃してきた』とは一度も口にしていないことをちゃんと聞いている上で、です」
それには俺も同意見だ。
フロラにも説明した通り、ラルヴァは自分の部屋に侵入してきた俺を殴る際、オグルとオグレスは訓練の際、そしてフロラやリッターさんと戦う際、爪ではなく素手や武器を使ってきた。
ラルヴァ達が人を喰わない鬼なら、爪を使うのは明らかに筋が通らない。
俺が頷くと、シュヴァリエさんは一度しまった指を再度立てて、
「二つ目。私が斬った左肩と反対とは言えど、右肩を負傷していたこと。おそらくは左肩の傷を回復魔法か治癒魔法で修復し、自分を被害者に仕立てあげるために右肩を自分で傷付けた……」
俺と同じように正座をした膝の上に拳を下ろし、こう締めくくった。
「この二つが、人喰い鬼の正体がデイル・ベトレイである可能性を裏付ける理由です」
「付け加えておくと、あの屋敷に居た鬼達は全員魔法を使うことができない。これはレノンくんも身をもって知っただろうし、実際に戦った僕の見解でもある」
リッターさんが、さらにこう付け足した。
「人を喰う鬼と人を喰わない鬼の違いは、『爪を攻撃手段として用いるか否か』。そして『魔法を使えるか否か』ということだ。つまり、デイル・ベトレイ___人喰い鬼の生き残りは、爪を使って攻撃し、なおかつ魔法を使うことが出来る」
「人喰い鬼の生き残り……!?」
唐突にリッターさんの口から放たれた言葉に、俺は驚きを隠せなかった。
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