第24話 フロラの気持ち⑥
レノンの言葉を聞いて思い出した。
昨日はあたしの十七才の誕生日だったのだ。
つい一週間前、レノンとデートした時に誕生日プレゼントの前貰いをしたことも脳裏をよぎる。
今思えば、あの手鏡を事前に貰っていて良かった。
レノンが鬼達に捕まっちゃうなんて、あの時は思いもしなかったから『前貰いでも、まぁ、嬉しいし良いか』くらいの気持ちだったんだけど。
本当に良かった……。
レノンが牢獄から出られた開口一番が、あたしの誕生日をお祝いする言葉だったことに、あたしは胸が熱くなるのを感じた。
自分が出られたことよりも、自分を助け出してくれたリッターさんにお礼を言うことよりも、何よりも先に、あたしの誕生日をお祝いしてくれたのだ。
「レノン!」
あたしは思わず、リッターさんが横抱きしているレノンに抱きついて子供みたいに泣きじゃくってしまう。
レノンの苦しみを思うだけで、涙が出てくるのは当然のこと。それよりも、レノンのそこはかとない優しさに、あたしの胸は打たれてしまったのだ。
いくら彼氏と彼女というカップルの関係だからと言って、こんな状況でも彼女のことを想ってくれている彼氏が、果たしてこの世にどれくらい居るだろうか。
リッターさんは、黙ったままあたしの好きなようにさせてくれた。
その優しさに甘えてしまったあたしは、しばらくそこで泣きじゃくった。
そしてそれから何分経っただろうか。
リッターさんが、ついにギブアップの声をあげた。
「また村に戻ってからにしよう。これ以上は危険だ」
「は、はい、分かりました。すみません」
泣きじゃくったせいで少しだけ出てしまった鼻水をすすり、あたしはレノンから離れる。
それからリッターさんを先頭に縦一列で廊下の方へ走っていこうとした。
「あ、あの!」
またも、ビアンカの声がした。
あたしが振り返ると、彼女は胸の前で両手を組んで、祈るような一生懸命な表情で言った。
「……くれぐれもお気を付けて!」
「あ、ありがとう」
戸惑いつつも、あたしはペコリと会釈をする。
それからリッターさんを追いかけて足早に細い道を出ていく。
開けた廊下に出て、もう一度檻があった道の方を振り返った。
今度は廊下の明かりがついていることもあって、中の様子が分かりやすかった。と言っても相変わらず真っ暗闇だったけど、あの中にいる時よりはよく見える。
ビアンカという名の少女は、屋敷から出ていこうとしているあたし達を止めることもせずに、廊下の方に向かってずっと頭を下げていた。
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運よく煙幕が効き続けてくれたおかげで、あたしとリッターさん、そしてレノンは無事に鬼達の屋敷を抜け出すことができた。
それは良いんだけど___。
「リッターさん! ウィンディーの風魔法がなかったら、あたし達、村に戻れないですよ!」
ここまで来て、とても初歩的なことに気付いてしまった。
行きはウィンディーがいたから風魔法を出してくれたけど、ここにウィンディーはいない。
風魔法がなければ、あたし達に村に戻る術はないのだ。
「大丈夫だよ」
でも何故か、リッターさんは余裕のある表情を浮かべている。
一体どういうこと!?
あたしが疑問を抱いていると、
「騎士団長!」
「フロラ! レノンくん!」
風魔法に乗ったシュヴァリエさんとウィンディーが、宙に浮かんでいたのだ。
「えっ!? どういうこと!? 村は!?」
あたしが次々に質問すると、シュヴァリエさんと共に風魔法から降りてきたウィンディーが教えてくれた。
「今はヒルス村長に任せているわ。さすがに私も、人を乗せずに風魔法を目的地まで飛ばすのは自信がなかったから、事前にシュヴァリエさんやリッターさんと話し合って決めていたの」
「そ、そうだったの!?」
何だ、じゃあもっと早くに知りたかったよ……。
そんな思いを込めてリッターさんをチラリと見上げると、彼は情けないような笑いを浮かべて、
「ごめんね、フロラちゃんに言ってなくて。言うタイミングを逃しちゃったんだ」
「騎士団長、ちゃんとフロラにも伝えるようにとお願いしたではありませんか。……不器用」
いつも通りのシュヴァリエさんの毒舌に、リッターさんは恥ずかしそうに赤髪を掻く。
「あ、あはは。ぐうの音も出ないなぁ」
「とにかく、早く戻りましょう。彼の命に関わります」
シュヴァリエさんは、リッターさんの手からレノンを奪い取ると、もう一度風魔法に乗った。
「あ、ああ、そうだね」
リッターさんもさっきのヘラヘラした笑いを引っ込めて表情を引き締め、ウィンディーの風魔法に悠々と飛び乗る。
あたしのことは、ウィンディーが手を引いて乗らせてくれた。
「じゃあ、村に戻ります。念のため、ちゃんと踏ん張っててくださいね」
ウィンディーはそう言うと、ぐっと体に力を込めた。
それを引き金に、あたし達が乗った風は村へと進行していく。
あたしはシュヴァリエさんが抱いてくれているレノンを後ろから覗き込み、彼に声をかけた。
「レノン、もうちょっとで村に帰られるからね。頑張って」
レノンは弱々しく頷き、笑顔を見せてくれた。
それからあたし達は、無事に村に辿り着くことができた。
あたし達が降りてくるのを見て、お父様やデイル長老、村の皆が駆け寄ってくる。
あたし達が地面に着地したと同時に、わっと歓声があがった。
皆、レノンに次々と労いの言葉をかけている。
「すみません、彼の治療をしないといけませんので、今日はこの辺りで失礼します」
レノンを抱いているシュヴァリエさんが村の皆に向かって軽く頭を下げると、リッターさんがあたしに尋ねてきた。
「レノンくんの家はどこだい?」
「あっ、こちらです」
あたしは二人の騎士を、レノンの家へと案内した。
その後、リッターさんとシュヴァリエによるレノンの治療が行われた。
治療が行われている間、あたしとウィンディーはお父様やデイル長老に、鬼達の屋敷でのことを報告した。
報告中、あたしの頭を支配していたのは、銀髪眼鏡が放ったあの言葉だった。
___まったく、理解に苦しむ。何故お前達ニンゲンは、そうやって自ら苦難の道を歩もうとするのだ。




