第23話 フロラの気持ち⑤
赤い絨毯が敷かれている廊下。その外れに、人間が一人しか通れないと思うほど細い道が続いていた。
何だろう……この細い道。
狭くて真っ暗だけど、この先に何かがある気が、誰かが居る気がしてならない。
しょうもないあたしの思い込みだけど、何だか胸がざわつく。
「リッターさん! この先、進んでみます!」
あたしが戦闘中のリッターさんに向かって叫ぶと、リッターさんは鬼達と剣を交えながら叫び返してくれた。
「分かった! 気を付けて!」
「はい!」
あたしは大声で返事をして、真っ暗な細道へと踏み出した。
一度細道に踏み込んでしまうと、そこは本当に真っ暗な闇の中だった。
目の前を黒一色で塗りつぶされたみたいに、何も見えない。
あたしは壁をつたいながら、ゆっくりと先へ進んでいった。
コツコツ、コツコツと、あたしの靴音だけが響いている。
しばらく歩いていると、だんだんと目が慣れてきた。
目の前に何があるのか、おおよその形は判別出来る。
やがて、目の前に何本もの棒が並んでいるのがうっすらと見えた。
……ん? 何、この棒……。もしかしてここから先は行き止まり、とかなのかな?
おそるおそる手を伸ばし、その棒に触れる。
冷たい。しかもこの棒はとても長かった。
天井がどれくらいの高さなのかはあたしの想像でしかないけど、あたしが首を九十度傾けて見上げて、やっと天井がまっすぐ見えるくらいだと思う。
それほど高いところから足元の床まで、目の前の棒は長さがあった。
そこまで分析してから、あたしはやっと気付いた。
ハァ、ハァ……と苦しそうな荒い息遣いが聞こえてくることに。
しかもそれは、目の前のたくさんの棒の向こう側から聞こえてきた。
まさか……と思う。嫌な予感がする。
あたしの推測が正しければ___。
「……レノン?」
おそるおそる、棒の向こう側に向かって尋ねてみる。
返事がないことを期待している自分が居ることを自覚しながら。
それでも、その期待は見事に裏切られた。
「……フロ……ラ……?」
蚊の鳴くような声で、問い返してくる声があった。
『レノン?』と尋ねて『フロラ?』と聞き返してくる相手。あたしの名前を知っている相手。そして鬼達に捕らわれている相手。
そんな人、あたしの周りには一人しか居なかった。
「レノン!? レノンはどこ!? そこに居るの?」
ドクン、と心臓が強く波打つ。
あたしは目の前の棒___おそらく牢獄の檻だろう___を掴み、懸命に確認する。
「助けに……来て……くれたのか……」
レノンは、檻の中で今にも死にそうなほど衰弱した状態で横たわっていた。
「うん! 待って! すぐ開けるから!」
あたしは檻を掴んで無理やり引こうと力を込める。でも、檻はびくともしない。
「な、何で!? 開かない!」
これだけ引っ張っているのに開かないなんて、その原因は一つしかない。
もう一度檻を凝視したあたしの目に、うっすらと浮かび上がる小さな影。
予想通り、その檻には鍵がかかっていたのだ。
どうしよう……こんな鍵、鬼しか開けられないよね?
鬼に頼むような真似はできないし……。
「あ、あの!」
あたしがどうしようかと考えあぐねていると、背後からあたしを呼ぶ声がした。
急いで振り返ると、そこには誰かが立っていた。
「だ、誰!?」
声の高さからして女の子。姿はちゃんと見えなくてもそれだけは分かる。それでも、あたしは反射的に声をあげてしまった。
そして気付く。
ここで大声を出してしまったら、廊下のところでリッターさんが戦ってくれている鬼達に聞かれてしまう。
そうなったら、レノン奪還作戦は失敗だ。
「あなた……鬼?」
待って! この子も鬼だよね!?
あたしがレノンを助け出そうとしてるところ、見られちゃった!
あたしが焦っていると、その子はブンブンと首を振って、
「い、いえ……。私はその……人間です!」
「は?」
どういうこと? レノンが生贄の子を逃がし忘れてたの?
「ビアンカ……さん……」
檻の中で、レノンのか細い声がする。
「レノン、この子のこと知ってるの?」
「俺が意識を失ってた時に、一晩中看病してくれてた子だよ。他の鬼と違ってこの子は優しいから大丈夫だ」
な、何て無根拠な……!
ビアンカって子だって、レノンのこと騙してるだけかもしれないじゃない!
「フロラちゃん!」
あたしがレノンに抗議しようと口を開きかけた時、廊下の方からパタパタと走ってくる足音が。
廊下の方を見ると、リッターさんが走ってきていた。
「リッターさん! 鬼達は!?」
「煙幕で今はごまかしてる。早くしないと煙幕が切れちゃうから急ごう」
リッターさんの言葉に、ビアンカが息を呑む。
「フロラ……その人って……?」
ゆっくりと起き上がったレノンに、あたしはリッターさんを紹介する。
「町から来てくれた騎士団の団長さん。リッターさんっていうのよ」
町からの騎士団、と聞いたレノンの顔に、微かな笑みが浮かぶ。
って! こんなにゆっくりしてる場合じゃない!
「リッターさん! 檻の鍵を壊してくれませんか? あたしの力じゃどうにも出来なくて……」
「よし、分かった。僕に任せて」
リッターさんは頷くと、掌を檻の方に向ける。
ビアンカが止めに入らないように、あたしは彼女の前に立ちはだかりつつ、リッターさんを見守ることにした。
あれ……?
あたしは思わず背後を振り返る。
てっきり慌てて止めに入ってくるだろうと思っていたのに、ビアンカは一向に動かない。
それどころか、あたしと同じように祈るような表情でリッターさんを見つめているではないか。
あたしが妙な違和感を覚えていると、リッターさんの掌から土魔法が放たれた。この屋敷の扉をこじ開けた時と同じ、土の塊が檻の棒に激突する。
すると、ガッチャン! という音がして、鍵の部分が床に落ちた。リッターさんの土魔法のおかげで、かかっていた鍵を無理やり壊すことができたのだ。
「レノンくん、よく頑張ったね。もう大丈夫だよ」
「レノン!」
リッターさんが檻の中に入り、レノンをだき抱えて連れ出してくれる。あたしは急いで駆け寄った。
目の前が涙でゆらゆらと揺れているけど、それを急いで拭って、その目にしっかりとレノンの姿をとらえる。
実に一週間ぶりの彼氏は、まるで死期が迫っている老人のように衰弱していた。
「フロラ……」
レノンはゆっくりと口角を上げると、弱々しい笑顔で言った。
「誕生日……おめでとう……」




