第16話 鬼の侍女
『レノン! レノン!』
んん……? 何だここ……。真っ暗だ。何も見えない。
俺、まさかとは思うが死んだのか? まさかとは思うが。
いや、たかが鬼に殴られたくらいで死ぬなんて、男として弱すぎるだろ。こんなんじゃ、余計にヒルス村長に認めてもらえないじゃないか。フロラとの結婚を。
『レノン! レノン!』
ていうか、さっきから誰が俺のこと呼んでるんだ?
『何でよ! 何で帰ってきてくれないのよ! バカ! アホ!』
うう、散々な言われようだな……。
このモヤモヤしてる声、フロラ、だよな。何でフロラの声だけが聞こえてるんだろう。
『自分だけ犠牲になるとか、あたし絶対許さないから!』
悪いな、フロラ。俺だってそりゃあ、今すぐにでもそっちに帰りたいよ。
でもウィンディーや皆を助けるためには、俺が鬼達に捕まる作戦しか思いつかなかったんだよ。
『もう知らない! レノンとはもう一生会わないから!』
えっ⁉︎ 嘘だろ、いきなりこんな展開?
ま、待ってくれよフロラ! 確かにフロラが怒るような作戦立てちゃったのは事実だし、こんな馬鹿な作戦しか立てられない俺が悪い。それは認めるよ。
でもだからって、いきなり『会う』『会わない』の話になるか⁉︎
俺、生まれてきた性別だけじゃなくて見た目も中身もちゃんと男らしくなるために、女のふりして鬼達の屋敷に潜り込んで、こうやって『生贄』の女の子達を脱出させられたんだぞ⁉︎ ……多分。
『さようなら!』
あ、おい、ちょっとフロラ! 本気で待ってくれ!
彼女の背中が遠くなる。溢れる涙を必死に堪えたような表情をしたフロラが、俺の前から消えていく。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。フロラと離れ離れになるなんて、絶対に______!
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「フロラ‼︎」
叫ぶと同時、俺はガバッと身を起こした。その直後、
「うっ、痛っ!」
頭に雷で貫かれるような激痛が走り、思わず頭部を押さえて悶絶してしまう。
少しして、ようやく痛みは収まってきた。
今更ながらに気づいたのだが、俺はどこかの部屋に居た。どこかの部屋のベッドの上に居た。
そして頭を押さえた時に気付いた。触った感覚が違う、と。
いつもならサラサラ、とは言い切れなくもない俺の髪の感触があるのだが、今は違ったのだ。
サラサラと言うよりザラザラとした感触。
「お目覚めになりましたか?」
ふと、穏やかな声が聞こえてきた。
それも夢の中のようなモヤモヤとした声ではなく、この耳でちゃんと聴いていると分かるくらいのはっきりとした声だ。
ハッとして声のした方を向くと、部屋の入り口の所に少女が居た。
少女と言っても幼女ほど幼い訳ではない。ちょうど俺やフロラと同じ十代くらいに見える彼女は、先端がウェーブがかったクリーム色に近い白髪を背中の辺りまで伸ばしていた。
「あ、えっと……はい」
返答に困りながらもとりあえず頷くと、少女は柔らかく微笑んでコップを載せたお盆を手に部屋の中へと入ってきた。
「お怪我の具合はどうでしょうか」
俺が寝ていたベッドの側に置かれていた机にお盆を置きながら、少女は尋ねてくる。
「えっと、起きてすぐは痛みましたけど、今は全然大丈夫です」
「そうですか。良かったです」
そう言って、少女はニコリと微笑んだ。
「昨夜は大変失礼致しました。ラルヴァさんがレノンさんを叩いて気を失わせてしまったようで。無事にお目覚めになられて本当に良かったです」
『昨夜は』?
ってことは俺、一晩気を失ってたのか⁉︎
マジか、情けないな……。早くウィンディー達みたいに村に帰らないといけないのに。
ていうかウィンディー達、ちゃんと帰れたかな。大丈夫かな。俺の炎魔法の威力、村まで保ったかな。
あー駄目だ。次から次へと色んな心配事が浮かんできてキリがない。
「あ、あの、大丈夫ですか? レノンさん」
少女が頭を抱えて丸くなった俺を覗き込むようにして、心配してくれる。
「すみません、ちょっと色々考えてて……」
そこまで言ってから、俺はハッとした。
待て、ここってまだ鬼達の屋敷だよな⁉︎
ってことは、この子も鬼なんだよな⁉︎ オグルとかオグレスみたいに。
危ない危ない。優しそうな人だったから油断して、ついペラペラ喋っちゃうところだったぞ。
いや待て。オグルやオグレス、ラルヴァにあるようなツノがこの子には無い。
ってことは人間なのか? まさか生贄!? 一人逃がし忘れてたのか!?
「な、なあ!」
「はい、何でしょうか」
「君、人間か? もしかして生贄の子? 逃げ遅れちゃった?」
俺が早口で立て続けに質問すると、
「え、えっと……。何のことでしょうか?」
顔を引きつらせながら、少女は首を傾げた。
「え、あ、いや……君、は? 生贄の子じゃないのか?」
「生贄……ではありませんよ」
少し考えたように言い、少女はふんわりと笑う。
生贄じゃない!? ってことはやっぱり鬼か!
ヤバいじゃん俺! 鬼の前で逃げ遅れたなんて……!
「あ、あの、レノンさん? またボーッとなさってますけど……。やっぱりもう少しお休みになられた方が……」
「あ、いや、すみません。さっきの話は忘れてください。あ、それと、色々とありがとうございました。あなたですよね、俺の手当てしてくれたの」
俺は額部分を触って彼女に問う。俺が触れている頭部に近い額の部分には、真っ白な包帯が何重にも巻かれてあった。
多分、ラルヴァに殴られた時の傷が相当深かったんだろう。棍棒で殴られたんじゃないかって思うくらい痛かったからな。実際、それで一晩気を失ってたわけだし。
「はい、誠に勝手ながら、私が治療させて頂きました」
礼儀正しくペコリとお辞儀をしてくれる少女。
「いえいえ、勝手だなんてとんでもない。本当に助かりました。ありがとうございました。ええと……」
「え?」
一体どうしたんだろうと言いたげな顔で、彼女は少し首を傾げる。
「お名前、は」
俺が遠慮がちに質問すると、クリーム色に近い白髪を伸ばした少女はハッと気づいたように、
「申し遅れました。私、この屋敷で侍女をしております、ビアンカと申します。よろしくお願い致します」
少し頬を赤らめつつ、深々とお辞儀をして名乗ってくれた。
なるほど、ビアンカさんか。いや、同い年っぽいしビアンカ『ちゃん』?
流石に会ったばかりの相手を呼び捨てには出来ないしな。
よし決めた。会ったばかりだからこそ、敬意を持って接しないと。
「お……私はレノンです。よろしくお願いします、ビアンカさん」
危ない! また『俺』って言っちゃうところだった! セーフ!
______こうして、『生贄』の女子として鬼達の屋敷に潜入を果たした俺は、『生贄』の女子達を逃した後にまた一人、囚われの身となってしまったのだった。




