117 扱いが雑だと思いませんか
花の国オリエントは、樹人の血を引く王様が治める国だ。
国土は深い緑の森で覆われており、街の周囲には花が沢山咲いている。これは樹人の血を引く王様の、国民を守護する力が働いている証らしい。逆に花が咲かない場所は不吉だと言って、誰も住まない。そして、国王が生まれた日や目出度い事があった時は、国中で花が咲く奇跡が起きるという。
名産はドライフラワーと、万能水薬。
岩の国スウェルレンと大国エスペランサに挟まれた地理を活かし、河川を使い両国に薬草や材木を輸出している。
「巨人を倒すために、この国に来たのだが、来たら巨人はいなかったのだ」
「じゃあ討伐の謝礼は……?!」
「前金の二割だけである」
パリスとアールフェスは、こそこそ話をしている。
「そんな! 何かガッポリ稼げる方法は無いんですか?」
「噂では、眠り姫と呼ばれるオリエントの姫君が行方不明で、見つけた者には賞金が出るらしい」
「それだ!」
アールフェスがパチリと指を鳴らす。
こいつ変なところで器用だな。
「師匠、姫君を探して賞金をもらいましょうよ! 今の財布の中身では二週間以上、旅を続けられません」
「うむ。しかし、竜の営巣地が先だ」
「営巣地にお姫様もいれば一石二鳥なのに」
「そう物事はうまくゆくまいよ」
真剣な顔で何を話してるのかと思ったら、金の心配か。
自炊すれば旅費は安くなるのに。ほら、宿で台所を借りて料理してさ。宿の人にも振る舞ったら宿代タダになったり。俺は昔それで旅をしたもんだよ。
「ちょっと何の話をしてるんですか! ワンちゃんも呆れてますよ!」
シエナが、子狼の姿の俺を抱え込みながら言う。
彼女は獣人だと知られたくないのか、白いウサギ耳を濃緑のバンダナで隠している。バンダナの端が頭の上で結んでるせいで代わりのウサギ耳みたいだ。
「……出発するか」
パリスは取り繕うように真面目な表情になった。
街の外の森で待機していた空色の竜に、荷物を積む。
アールフェスも自分の黒竜に荷物をくくりつけ、パリスに借りた竜鞍を装着した。
「シエナ、君は師匠の竜に乗るかい?」
アールフェスは恐々といった様子でシエナに聞く。
ええい、勝負する前から諦めてどうするキック!
「ぐはっ……なんで僕の顔を蹴るんだ、この犬! 今朝も頭を踏んで逃げるし、何か恨みでもあるのか?!」
恨みなどない。マイナス思考がどうかと思うだけで。
シエナはくすくす笑い出した。
「私、ノワールに乗っても良いよね?」
「あ、ああ」
「良かった。英雄の青竜の騎士さまと一緒だと、緊張しちゃって」
相乗りOKだって。良かったねアールフェス。
俺たちを乗せて竜は空に舞い上がった。
目指す先には雲をかぶった山脈がある。
「……今日は山の天気が悪いな。気を付けろ、アールフェス」
「はい」
んん、あの雲の中に突っ込むつもりか?
毛皮が静電気でパチパチする。
「行くぞ。しっかり捕まってて」
ボスンと音を立てて湿った雲の塊に突入する。
前が見えない。
ビュンビュン風が吹き付けてくる。
シエナは片腕をアールフェスの腰に回し、もう片方の手で俺を抱えていた。
「ワンちゃん! ああっ、ふわふわ艶々の毛並みで、手が滑っちゃう!」
とーばーさーれーるー!
「馬鹿! 犬はカバンの中にでも突っ込んどけと言っただろう!」
「だって可哀想だから」
言い争うシエナとアールフェスの声が遠くなる。
俺は竜の背中から空中に放り出された。
こんな時は鳥に変身だ。
いや、竜の営巣地だし、竜の方が良いか。
迷っている間に、雲を抜けた。
山の中に墜落する。
そこは落ち葉がたっぷり積もった場所だった。赤や黄色や緑色の葉っぱが人の背の高さぐらい積み重なっている。
俺の墜落で豪快に落ち葉が飛び散った。
落ち葉がクッションになったので、痛みは無い。
細かい葉っぱが鼻先をかすめ、俺は「くしゅん」とくしゃみをした。
「……何か落ちてきた。うるさいなあ、静かに眠らせてよ」
木の葉のベッドで誰かが寝ている。
文句を言ったのは、緑色の髪をした女の子だ。
落ち葉の上で毛布にくるまっている。
そして、女の子の傍らには巨人がのんびり横になっていた。
深い深い森の中。木漏れ日が射し込んで、ちょうど平和なお昼寝タイムのようだ。
「ミノ虫?」
誰がミノ虫だ! と抗弁したかったが、俺の全身は静電気のせいで落ち葉がくっついて、ミノ虫みたいな見た目になっていた。
「こんな大きなミノ虫、初めて見た。持って帰ってハロルドに見せたら喜ぶかしら。珍しい昆虫を採集するのが好きだから」
俺は昆虫じゃない、フェンリルだ!
誰か葉っぱを取ってくれないかな。うう、離れない……。




