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第七十四話「記憶の終わり」

「水鏡の門の遺跡調査?」


 いつも通り俺の机周りで俺とスサノオが話す。窓を開けた少ないスペースに座りながら行儀悪くホットドッグを食いながらスサノオは俺に聞き返してきた。


 スピカは今日はいない。用事があるとかで先生の手伝いに駆り出されてる。なので今は俺とこいつだけだ。


「ああ……あそこサタン様が匿ってるモンスターがいるだろ?そのモンスターに不穏な動きがあるそうだ」


「あー……あのゴブリンか。だが、あんなやつ村娘でも倒せるぞ?」


 もっともな意見だが、さらに俺は嘘を重ねる。


「だが、もしかしたら何かしらの反逆を企ててるかもしれないだろ?」


「うーん……そうか?」


「だから、ディーと一緒に行ってきてくれないか? 俺も行きたいけど、ちょっと用事があってさ」


 遺跡調査の依頼元はフレイアだ。なので当然ながら、正式な依頼書だ。


「そうか…………」


「悪いな……頼んだぞ」


 俺は任務が達成したことに安堵し、教室を後にしようとする。


「……なぁ、何があったんだ?」


 呼び止められ内心ビクリとするが、顔に出さず俺は振り返る。


「え? ……なにが?」


「……お前を信じないわけじゃない。親友だしな……この依頼書も本物だろう……」


「当然だろ? 何を言ってるんだよ……」


 勘がいいのか、なにかを察したようだ。だが、証拠がなさすぎてスサノオはそれ以上言葉が出ないようだ。


「…………いや、オレはおかしなことを言ってるな……忘れてくれ」


「ああ……」


 忘れるさ……お前のことは。


 もうすぐお前は……死ぬんだからな。


「ああ、そうだ! 今度のスピカの誕生日プレゼント選ぶの手伝ってくれよ」


「え……あ、ああ」


「頼むぜ! あいつ変なところで貪欲だからさー……ちょっと似合いそうなアクセサリー選ぶとセンスないとか文句言うし……」


 ……それ、ただ恥ずかしいの隠すためだろ。スピカはそういう時、天邪鬼(あまのじゃく)というか何というか…………。


「文句言うなら返せって言っても結局毎日律儀につけてるし…………わっかんねーんだよなー。あいつの好み」


「…………」


「あ、でもケーキは無しな! 絶対あいつディーと選びたがるんだからよ」


「…………」


「ネックレスは渡したやつ、まだつけてるし……ブレスレット……もよくわかんねぇし」


「……指輪でいいんじゃないか?」


「指輪はなぁーー……うーん」


 ––––––––本当にいいのか?


 たしかに過去の記憶は戻り、スサノオへの恨みは再び俺の心に宿った。


 だが、それはある意味このスサノオであって、そうではない。


 幼児化によって記憶が消えた俺達にとって、関係のある事なのか?


 それ以前に……スピカをそんな怨念で悲しませて……本当に俺は幸せになれるのか?


「これーーーー!!! スサノオォーーーーー!!! さっさと戻らんかぁーーーーー!!!!」


 窓の外からコジロウの怒りの声が響く。


「やっべっ!! 爺さんの修行忘れてたっ!!」


 そのまま三階の窓から飛び降りるスサノオ。


「ちゃんと扉から出てこんかぁーーー!!!」


「ってぇ!! 殴るこたぁねぇだろが!!!」




 その声が……次第に小さくなる。


 ……止められたんじゃないか?


 まだ立ち止まれたんじゃないか?


 まだ間に合うんじゃないか?




 ……だが、俺の足は動かず…………伸ばしきれない手を未練たらしく彷徨わせるだけだった。






 その夜。親友の死の知らせがきた……。






「ディー……」


 急いで現場に駆けつけた時、虚ろな目のディーが衛兵達からかけられた毛布に包まれていた。


 肩を借りながらブツブツと何かを言ってる。その頰は真っ赤な血がベットリとついていた。


 髪も血が乾燥して凝固し、いつもの淡い水色の潤いを感じなかった。


「……大丈夫か?」


 ……吐き気がした。


「……私……殺した……」


「え? ……」


 胸糞悪い……何驚いたふりしてんだよ……知ってるんだろ? お前が親友を死に追いやったんだから。


「うぅ……あああああぁぁぁぁぁ!!!!」


 何……泣いてるんだよ……。


 俺が殺したんだろ!!!


 俺は、いつのまにか、罪をディーに押し付けようとしていた。


 ディーは関係ない……関係なかったんだ……。


 なのに……俺は…………。


「うぅ……スサノオ……スピカ……」




 ––––––––ドクンと。




 激しく心臓が脈打った。





 心臓を冷たい手で握りつぶされたような感覚。





 今なんて言った?





 スピカ––––––––?





 なんでここで、この名前が出てくるんだ?





 あいつは関係なかったはずだ。





「スピカがどうした……」


 嗚咽を漏らすだけでなかなか答えないディーに苛立ち、肩を揺らす。


「おい! 答えろよ!!」


「今なら間に合うかもって……遺跡の奥に…………私も追いかけたけどもう居なくて…………」


 水鏡の門……遺跡のどこかに隠されてる謎の門。


 俺は知ってる。ゼクス様に聞いた事があった。


 その先には……死者の坂があって……ここではないどこかへと繋がってる。


 死者の……坂…………。




 ぐらりと。


 目の前が歪んだ。


 親友を殺したら手に入ると思ってた彼女は……その親友の後を追おうとしていた。




 俺が密かに知ってた水鏡の門の解呪の方法で、その坂に向かう。


 扉を開けた先にはブロンドのツインテールの少女が赤い目を爛々と輝かせていた。


「……どうなってるフレイア!」


「いやー! ご苦労だったね!! ちゃーんと死んでくれたよー二人とも!!」


 かなり上機嫌に答えるフレイアはクルクルと楽しそうに回り、舞い上がるような幸福感を全身で示していた。


「二人とも……バカな、スピカが生きてなければ俺が協力した理由はっ!!」


「邪魔なスサノオを殺すってだけで、スピカは死なないなんて約束した覚えないんだけどなぁー?」


「は?」


 彼女はニヤリと、赤い笑みを浮かべた。


「スピカの死は最初から仕組まれてた運命(ストーリー)。ただの予定調和さ」


「予定……調和……?」


「スサノオを殺したのもその運命(ストーリー)を調整するための一コマに過ぎない。君は自分の意思で動いたつもりだろうが、全ては創造神アトゥムが世界を作った時点で定められた運命なのさ」


 なんだよそれ…………。


 最初っからスピカの死が確定してたのなら、一体……なんのために俺はこんな事を…………。


「ああああああぁぁぁぁ!!!!」


 醜い咆哮を上げながらみっともなく坂を駆け上がる。


 後ろのフレイアが何か言ってるようだったが、そんなのどうでもいい。


 俺は……俺は…………っ!!!




「う……あぁ」


 だんだん––––意識が薄れてきた頃––––––––。


 やっと、見覚え––––のある––––姿が––––––––。


「す……ぴか…………」


 掠れた声でその名を呼んだ。


 すると少女が足を止めた。


 振り返るその顔には––––すでに表情というもの––––––––は存在しなかった。


 冷たく見下ろすようで––––––––どこか暖かい––––––––。


「行くな……戻ってこい」


 すると、少女の口が開いた––––––––。


「全て知ってました」


「え……?」


「あなたが……過去に何をしたのか…………私が過去に何をされたのか……」


「う……そだ……」


 じゃあ––––––––スピカはそれを知った上で––––––––?


「だけどね……信じてた……今度は、きっと……三人で仲良くなれるって…………」




 俺は––––––––。


 ようやく––––––––。


 自分の愚かさを知った––––––––。




「……スサノオが羨ましかったんだ」


 少女は相変わらずの無表情で聞いてくれる––––––––。


「憧れて……でもそこに一生辿り着けない自分がいて……いつのまにか憎しみに変わってた……」


「それも気づいてた……だけど、私も解決策が……思いつかなかった。賢者失格ですね」


「そして、呪いで幼児化した後……俺はお前らの優しさに触れた––––––––」


 暖かかった……なのに俺は……。


 悲しいはず、とても……。だけど感情が表に出てこない。


 それはこの死者の坂が感情を喰ったからか? 俺の感情が凍りついたからか?


「本当に……親友だと……俺は……」


「だけど、過去の呪いが蘇った」


「っ! 知って––––たのか!?」


 少女は、コクリとうなづく。


「私は––––スサノオを止めた––––––––だけど、それでも信じると言った言葉を––––––––私は信じた」


「……すまない。すまない」


 俺は頭を地面に––––––––擦り付けながら謝った。


 いや––––––––許されるはずもない。


 俺は––––––––なんて事を––––––––。


「もう……遅いですね––––––––私も、あなたも––––––––もう死んでる」


 そう言われて、振り返ると遠く先に、俺の肉体だったものが転がってた––––––––。


 本当に……醜い––––––––。


 なんておぞましい肉塊なんだろうか––––––––?


 まさに、悪の最後には相応しいじゃないか––––––––。


「俺は––––––––君が好きだった」


「はい……」


「だけど––––––––君を好きになる資格なんて––––––––なかったんだな」


「そんな事––––––––ないよ」



 少しずつ––––––––消えていく。




 君の名前––––––––君の声––––––––君の体––––––––。




「今度は……みんなで仲良くなろう––––––––そして––––––––––––君が本当に––––––––––––」






 ああ……叶うなら––––––––。








 今度こそ俺の物語が––––––––––––始まりませんように––––––––––––。

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