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第九十一話「遡る龍の牙」

「……先輩」


 先輩は変わらず剣を正眼に構えている。俺の出方を伺ってるんだ。


「……先輩に俺は恨みはない……だから、本当は殺したくはない」


 だが…………。


「だけど俺は……スピカを守るって決めたんだ。だから、もう迷うことはできない」


「ふふっ……ふははははははっ!!」


 黒騎士はとても愉快そうに笑った。


「何がおかしい」


「おかしいさ……よくもぬけぬけとそのような言葉をほざけるものだ」


 刹那––––––––黒騎士は消えた。


「っ!!」


 鞘で稲妻のような一撃を防ぐと、まるでプレス機に潰されているのかと思うくらいの強烈な力を感じる。


「貴様は結局、何一つ守れてはいないっ!!」


 再び化け物のような連撃で押し込まれていく。俺は押されながらもなんとか捌ききる。


「よく見るがいい!! 貴様の愛した女の無残な姿を!!! あれが無事な姿かっ!?」


 俺の体と心に響く重い攻撃が怒涛の勢いで押し寄せてくる。


「貴様は所詮悪だっ!! 関わった全て者に呪いを与え、絶望させるっ!!! 貴様の存在そのものが否定されるべき存在なのだっ!!!」


「っ!!!」


 俺が抜刀し、同時に発生した暴風と剣圧で数メートル、その巨躯の体を吹っ飛ばした。


「なにっ……」


「……俺はたしかに否定されるべき存在なんだろうし、呪われた存在なのだろう…………だが」





「それでも……俺はあいつを守ると誓ったんだ」





 ––––––––その時の俺がどんな顔をしてたのかはわからない。





 ––––––––ただ、俺は。





 ––––––––やっぱり、かなわないな……そう思った。






「結城拓海……お前まさか…………」


 俺はその問いには答えない。ただ黙って刀を鞘に納めて再び構えるだけだ。


「…………わかった。今よりオレは貴様を真の強者として戦う」


「っ……先輩」


 俺は、口にでかかった問いを食いしばって止めた。


 ––––––もう戻れないんですか?


 その問いは迷いだ。


 もうわかってるだろ? 俺の時とは違う。先輩の呪いはすでにその魂を改変するに至ってる。……先輩は、覚醒できなかった俺と同じ存在なんだ。


 ならば……俺がそう望んだように、俺は目の前の男を切らなければならない。


 今呪いを解き放たねば……先輩が一生苦しむだけだ。


 負けも許されない。存在意義を失った先輩がそのあとどうなるかは想像に容易い。


「結城拓海……迷いを捨てろ」


「先輩……」


「惑う貴様を殺したとて、そんなものはオレの倒したかった結城拓海ではない。その勝利に意味などない」


 ……目の前のこの人は主人公だ。別の世界で黒騎士として生き、全ての人生を俺を倒すために費やした誇り高き剣士だ。


 そして……俺は主人公じゃない。


 そんな誇り高き剣士の想いを、圧倒的な力でねじり伏せる悪役だ。


 故に、今ここで出来ることは一つしかない。


 迷わず……俺の奥義で、この誇り高き孤高の戦士を斬る。


「命を奪うことをためらうな……命を奪われることを怖れよ」


 その教えを……一つ一つ噛みしめる。


「全てを守ろうと思うな……ただ全力でたった一人の世界を守れ」


 緊張していた心が静まっていくのを感じる。


「ただ一度……生死の狭間にて……」


 そして……俺は「ありがとう」とそう呟いた。


「己の……全を賭けよ」




 ––––––––最終奥義。






 ––––––––––“遡龍烈牙(ソウリュウレツガ)”。






 またこの感覚……時間の流れが急激に遅くなる。思考が加速していく。


 先輩の剣は躊躇なく俺の首を狙う。交差法気味にその男の胴を切り裂く。



 だが…………。




 その男の剣は早いとかそういう次元ではない。その技の発動の時点で、運命(ストーリー)を確定させる即死技…………。俺の腕は硬直し、その死が確定する。





 あがくことは許されない。何本もの運命を決めた腕が、その強制力で俺を死に引きずり込む。






 まるで、蜘蛛の糸にとらえられた蝶のように、無力となる。






 力強く羽ばたいていた羽ももがれ、捕食されるのを待つばかりの俺を、その毒牙が俺の首を断ち切った––––––––––。






 まるで、蜘蛛––––のように、––––許されない。何本もの運––––––その強制力で俺を死––––––。その男の剣は早い––––––次元では––––––その技の発––––––運命(ストーリー)––––––確定––––––––即死技––––––––硬直し、その死が確定––––––––……。先輩––––––––なく俺の首––––––––法気味にその男の胴を切り––––––––––感覚……時間の流れ––––––––––くなる。思考が加速していく––––––––––––––––––––。





 ––––––––––“遡龍烈牙(ソウリュウレツガ)”。





 すべての結果がねじ曲がっていく。





 確かに、俺の死は確定したのかもしれない…………だがな。




 俺の過去については……その運命は確定していない。



 ならば、その過去でお前を斬ればいい。


 ––––––俺の剣は…………過去を遡る牙だ。









 勝負はその一瞬で決まった。


 胸を大きく裂かれた先輩を抱きしめながら、俺はその弱々しい体に震えた。


「いかに殺そうとも、いかに剣速が速くとも過去向けて放つ剣ならば…………そのすべての今は無意味となる…………それが貴様の最強か」


「…………ああ。アンタが今の俺を殺すなら、俺は五秒前のお前を斬る。それが……“遡龍烈牙(ソウリュウレツガ)”。アンタを斬った技の正体だ」


 ……俺の風力操作能力……風の加護。それを科学的に証明すると粒子加速となる。


 空気中のすべての粒子を光速まで加速させると、たった一筋の時の裂け目が見える。一種のブラックホール……時空の狭間だ。


 その空間を切り刻むと、その剣撃のみ過去へと送られる。…………そして、その過去で敵を斬る。


 たった五秒では矛盾(パラドックス)を発生する隙を与えない……ゆえに、その技の発動をした時点で、過去は捻じ曲げられる。しかも、その技の発動は光速を超え、人間の神経細胞の伝達速度をも超える。そのため相手に知覚することすら許さない。


 なのに……健司も、先輩もこの技を食らってその特性に気づいた。……一流の剣士だからこそ得ることができる五感とは別の感覚が教えているのかもしれない。


 すると、急に先輩は咳き込みその赤い命の灯を吐き出す。


「せ、先輩っ!!」


 慌てて俺は先輩の体を抱き寄せた。死以外に彼を助けられないと知っていても、それでも…………彼は俺のっ…………。


「気にするな……拓海」


「でも……俺は……あなたをっ」


 すると、ふらつく左手が俺の頭を撫でた。


「––––––すげぇつよぉなったなぁ……タク坊」


「っ!!」


 兄貴のように慕ってた昔のように……いや、あの時よりもはるかに弱々しい声に、俺は思わず嗚咽を漏らした。


「……俺は……強くなんかないっ!!! 結局、あなたを殺すしか方法が見つからなかった……」


「タク坊……オレは……あの時本当はお前を認めるべきだったんだ」


 先輩は途切れそうな声ででも嬉しそうに答えた。


「テメェの後輩は……こんなにも早くオレを倒せるようになったぞって……テメェの後輩はすげぇんだぞって…………そう誇るべきだったんだ。だけど……ついにはそんなことすら認める時間がなくなっちまった」


「先輩……」


「気がついたらオレの想いは呪いに変わり、すべては手遅れになっちまった…………だけどなタク坊。オレ…………は嬉しいんだ」


 次第に目に光が消えていく……先輩の言葉が消えていく……。


「こんなにも誇らしい後輩がいるって気づけたこと……やっとそんな当たり前のことに気づけた…………異世界で勇者やってる時は全然気づけなかったのに、不思議なもん……だなぁ……」


「先輩……俺はアンタに憧れた。どんなに力の差を見せつけようも、果敢に挑んでくるアンタが眩しかった…………それは今でも変わらない。アンタは俺の理想の…………」


 ––––––––その言葉が届いたかどうかはわからない。


 だけど––––––––俺の素直な気持ちをありのままに伝えた。







「俺の一番理想の……勇者でしたっ!!!」








「……もういいのか?」


「ああ……」


 俺達は集合した後、ディザイアの隅に影沼と先輩の墓を建てた。


「ありがとうな、アトゥム……立派な墓石だ」


「このくらい朝飯前さ」


 洋風の集合墓地とかにありそうな墓だ……先輩が見たら「日本風がよかったなー」とか言うだろうか?


 そう思うと、本当にそう言ってるようですこしおかしかった。


 結局……ゼクス……そして裏口(バックドア)はすでに消失していた。


 だが、スピカがゼクスの手から離れたことにより、仮に現実世界に逃げたとしても、ゼクスが現実世界を破壊することはできないはずだ。


 ……皮肉なもんだ。最古の神……宇宙創生の神が、そうでもしなければ創造すらおぼつかないとは。


「……ねぇ、アトゥム様。どうしてゼクスは自分で兵器を創造しないのかしら」


「できないんだよ……彼には」


「え? どう言うこと?」


 帽子を深く被り顔を伏せた。


「……彼はおそらく真っ先に自分がRPGツクレールの創造神になろうとしただろう……彼の目的を考えれば当然だね。だけど、できなかった」


「ど、どうして?」


「彼はすでに上位の神だからさ。だから、新たに神になることはできない」


 その答えの意味がすぐにはわからず、俺はアトゥムに例を出して聞いてみた。


「……例えばだけど、アトゥムは今創造神なわけだが、その下位の神……女神になることはできないってことか?」


「ああ……そのままではね」


 俺はその言葉の意味がわからず、首を傾げた。


「神が別の神になる……特に下位の神になるにはすでにある神の能力を完全に他人に継承する必要性があるんだ。……簡単に言うと宇宙の創造神という立場を誰かに移さなければ、RPGツクレールの創造神にはなれないということだね」


「つまり、さっきの例で言うとスピカとかに創造神としての立場を移さなければアトゥムは別の……女神とかにはなれないってことか」


「まぁそう言うことになるね」


「……不思議なもんだな。世界をひとつ作った神が、下位の神にできることができないなんて」


「……君たちは神というものを少し勘違いしているようだね」


 健司の言葉にアトゥムは答える。


「神は常に万能ではない。もし神の意志が全て有効になるのであれば、物理法則は存在しない」


「物理法則? なんでそうなるんだ?」


「漫画やアニメの神がやってることが本当にできるのであれば、物理的な法則は乱れ、科学者たちはその現実を受け容れる。現実世界に介入する回数が多いほどね。故にティエアをはじめとするRPGツクレールの世界には物理法則など存在しない」


 俺はディーの方を見た。だが、一体なんの話をしているのかわからないような顔だった。


 ……ニュートンが証明した万有引力の法則などが当てはまるだろうか?


 彼はリンゴが下に落ちることからその法則を導き出したわけだが、この世界ではリンゴが浮かび、上昇することもあると証明されている。それは魔法や、神のいたずらの類なのだが、そのことは万有引力を知っている俺達なら知覚できる事であって、万有引力を知らない異世界人にとっては”そういうこともある”で済まされる。


 上に上昇する事を不思議がる人間は存在するかもだが「必ずリンゴが下に落ちる現象」が観測できないこの異世界では”万有引力は証明できない”わけだ。


「……賢者スピカですら、その辺りがあやふやだった。もしかしたら、彼女がその知識を得ていたら……人の身にして神に近い存在になってたかもね」


「……賢者スピカが……現実世界にある知識を身につける?」


 ディーが何か思い当たったような顔をするが、それを答えようとはしない。


「……何か思い当たることでもあったか?」


「いや……セナと戦ってた時に気づいたことがあって……スピカの中に賢者スピカ、無銘、そして元のスピカ……早紀だったっけ? 三人の魂がいる。……これってつまり……賢者スピカが現実世界の知識も身につけたことになるんじゃ」


「そういうこと……なんだろうね」


 アトゥムもそのことに気づいてたようで、真剣な眼差しでうなづく。


「人の身にて神の領域に達する存在……いや、早紀ちゃんもまた、その領域に達しているのかもしれない」


 だから今回の作戦……未来予知にすら到達する空前絶後の作戦を成功させるに至った。




 人の身にて未来を示す神(ストーリー・テラー)に届くほど神々しく光る星……真珠星(スピカ)。未来を見通し、新たな可能性をつなぐ者……か。




「……そう言えばセナは?」


「わからないわ……だけど多分、自分を見つめ直す時間が必要でしょうね」


 …………だけど、もうゼクスに加担する理由もなくなった。彼女がもし消えたとしても、もう利用される事なんてないだろう。


「拓海……あ、あの…………」


 妙に恥らしいフレイアがおかしくて俺は笑った。


「な、なんだよぉ!!」


「いや、いつも偉そうにしてたのになんだかおかしくてな」


 フレイアがなぜゼクスに加担していたのかは、さっき健司と本人に聞いた。……ってかなんとなく気づいていた。


 カインの完全な輪廻転成体である俺には、カインの正確な記憶などない。……だけど、俺を見る目が他とどこか違ってた。


 俺は彼女の両肩を握り、その瞳を見つめた。


「……フレイア、俺はスピカ……いや早紀を救いたい」


「拓海……」


「その後のことはわからない……だけど、今の俺には彼女が全てなんだ。……だから、できれば君の力も借りたい」


 そう言うと、フッと軽く笑われた。


「まったく……情けねぇ台詞だな」


「少しでも早紀を救える道があるのなら……俺はいくらでも情けなくなるさ」


 そうだ…………情けなく、みっともなく足掻くだけで彼女を救えるなら……俺は喜んで恥を選ぶ。


「……そうか、やっぱアンタ……()()なんだな」


 その言葉の意味はすぐにはわからなかった。だが、フレイアは不意をついて俺の頰にキスをした。


「––––––––なっ!?」


「寝坊助早紀ちんに言っとけ!! あんまり寝てると、アタシがタクミくん奪っちまうぞってさ!!!」


「ちょ、ちょっとフレイアっ!! そ、そういうの、ふ、不健全だぞっ!?」


 自分でも何言ってるのかわからないほどの頭の悪い反論をすると、クルクルと回りながら弾むような笑顔で答えた。




「バーカ! 友達の恋人奪うのに健全もクソもあるかよ」

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