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レクチャー・フォー・デビル  作者: 伏見 七尾
Ⅲ.ヴァニタスの彼女
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9.強欲狂乱

太陽神(イミテーション・)僭称(アメン=ラー)――!」


 咆哮とともにマモンが手を振り払った。

 その掌から黄金の飛沫が飛び、鋭い矢尻となって迫ってくる。

 とっさにベリアルは大きく後退。それまでベリアルの立っていた場所に黄金の矢尻はめり込み、そのままどす黒く染まって崩れ落ちる。


「お得意の偽の黄金か……質量は金そのままで毒性ありってのが嫌らしい」

「よこせ! よこせよこせよこせ、お前の命――ッ!」


 四つの翼が俊敏にひるがえる。空気を切り裂き、一瞬でマモンの嘴が眼前に迫る。


「――っと、前よりも速度が上がってるな」

「なにやってんの」


 ベルゼブルが片手を鋭く払った。

 ベリアルとマモンとの間に黒線が刻まれ、牙をびっしりと生やした巨大な口が出現する。

 しかしマモンは鋭く二対の翼を翻し、その牙をぎりぎりのところで回避。


超新星爆撃アルティメット・ライト!」

「ッ――その霊威は、ルシファーが昔作ったやつ……!」

 マモンの背後の黒渦から、強烈な光が放たれた。

 無数の色とりどりの光線が絡み合い、折り重なり、ベルゼブルを焼き尽くさんと迫る。

 ベルゼブルは一瞬驚いたものの、その槍を目の前の地面に突き立てた。

 足元に黒線が――絶歯(ぜっし)が刻まれる。

 牙を持つ口が現われ、またたく間にベルゼブルを飲み込む。それが消失した瞬間に光線が降り注ぎ、轟音とともに破片を砕いた。

 別の破片へとひらりと飛び移り、ベリアルは呆れ顔でマモンの様を見る。


「あいつめ……いつの間にあのルシファーから霊威をパクッたんだ……」

「わたくしの財宝がこれだけだと思うなよ!」


 マモンが一本の腕を背後の黒渦へと伸ばした。

 するとそこから鈍く光る鎖の先端が現われ、鋭い鉤爪を備えた手に握られる。


「ここまで来い、ベリアル――!」


 マモンは鎖を振り回し、その錘をベリアルめがけて投げつけた。

 ベリアルは眉を寄せつつも破片から跳躍。鎖を逃れ、別の破片へと飛び移り――。


「うおっ、なんで――!」


 鎖が、飢えた蛇の如く動いた。それはまるで意思を持っているかの如く蠢き、破片から破片へと俊敏に飛び移るベリアルを追う。

 そして――ついに、その左足へと絡みついた。


「うわっ……!」

「かつて魔狼を封じた鎖の残りだ! 逃げられると思うなよ! ほら、ほらァ――!」


 マモンが高笑いとともに、鎖を思い切り振り回す。

 無数の破片を粉砕し、ベリアルの体は四方八方に叩き付けられた。

 たとえ片足だけでも、鎖の威力は絶大だった。

 かつて世界を喰らう魔狼を封じた鎖は、物理的にも霊的にも虚無の悪魔を呪縛していた。


「ちっ……これは使いたくなかったんだけどな。――霊翼展開」


 舌打ちしたベリアルの背中に、炎の翼が一瞬現われた。

 哄笑を上げてマモンが鎖を振り上げる。その先には、巨大な鉄門の残骸があった。

 しかしそこに直撃する前に、ベリアルの権能が発動する。


虚絶衝動(ベリ・ヤール)……!」


 鎖の先で、漆黒の炎が燃え上がる。

 それは魔狼を封じた鎖を舐めると、それをあっさりと瓦解させた。ぱきんと虚しい音を立てて砕け散る鎖から逃れ、ベリアルはなんとか近くの破片に着地した。

 壊れた鎖を振り回し、マモンは怒りに甲高い叫びを上げた。


「おのれベリアル、よくも私の財宝を……! でも、私のコレクションはまだまだ――大海龍の息吹グランド・メイルストローム!」

 にわかに拡張した黒渦の向こうで、水飛沫が上がった。

 どっと海のにおいが迫ってくる。破片に立つベリアルは、黒渦を睨んだ。


「レヴィアタン達の霊威か……」


 呟いた瞬間、渦の中央から多量の水が放たれた。

 全てを押し流すかの如き爆流が押し寄せる。目の前でいくつもの破片が押し潰され、砕け散った。そしてそれはそのまま、ベリアルを飲み込むかのように思えた。

 しかし――絶歯が、目の前の空間に刻まれた。


「遅いよ」

「座標間違えてルシファーのとこに行っちゃってた。で、ちょっと話してたの」


 短い文句に答えつつ、絶歯から現われたベルゼブルが水流めがけて三叉戟を動かした。

 そこに新たな絶歯が刻み込まれ、巨大な口が牙を剥く。

 爆流は水量と勢いをそのままに、ぽっかりと開いた口の中に飲み込まれていった。


「障壁は剥がしたものの、さすがに地獄の君主だけあって厄介だね」

「ああ。なんせ権能がチートだ」


 痛みの残る左足をさすりながら、ベリアルは唇を歪める。

「権能――華麗なる鴉尾(マモナス)。あの影の手で『転写』されたものは、全部マモンのものになる。つくづく面倒な権能だよ……」

「幸いなのは、オリジナルよりも威力が落ちること」


 青く光る海水の奔流を絶歯で防いだまま、ベルゼブルが目を細めた。


「この大海龍の息吹グランド・メイルストロームも本来、レヴィアタンみたいな群体の悪魔だからこそ強力な霊威だ」

「まぁ、だからといって他人の霊威だの武器だのを無尽蔵に使われるのは――」


 水砲が、止まる。

 絶歯を閉じたベルゼブルに、高速飛行するマモンが襲いかかった。


「どけェ、ベルゼブル――!」

「暴れるんじゃないよぉ、おちびちゃん。君ももうすぐ終わりだ」


 ベルゼブルは心底面倒くさそうに三叉戟を振るい、マモンの剣を受け止めた。

 そんなマモンの背中にさらに、ベリアルの灯芯剣が叩き込まれる。しかしマモンは瞬時にもう一本の腕を背面に回し、刃羽で灯芯剣を受け止めた。

 斬撃、斬撃、斬撃――三叉戟と剣がぶつかり合う。刃羽と灯芯剣が火花を散らす。いくつもの剣閃が闇を走るさまは、さながら夜空を震わせる雷光の如く。

 しかしその拮抗も、長くは続かなかった。


「……やっぱり自分の力じゃないと、手に馴染まないよねぇ」


 マモンの渾身の斬撃を弾き上げ、ベルゼブルがため息を吐く。

 体格には劣っても、年季の違いは技に現われている。打ち合うたびに、ベルゼブルの三叉戟は確実にマモンの剣の刃を破損させていった。

 そして――ベリアルに至っては、はなからまともな戦いをするつもりがない。


「――焼き鳥だ」


 刃羽に強く押し込み、ベリアルが笑う。

 その瞬間、爆音を立てて灯芯剣からごうっと炎が噴き出した。バーナーと化したそれから噴き出す業火は刃羽ごと、バランスを崩したマモンの背中を炙った。

 甲高い悲鳴が響き渡る。

 マモンはめちゃくちゃに腕を振るい、二体の悪魔から距離を取った。


「熱い! 熱い熱い熱い――ッ!」

「さ、もう十分だろ」


 火花を散らして、ベリアルは灯芯剣を振るう。

 そしてその切っ先を、焦げた翼を縮めて地面に座り込むマモンに向けた。


「二対一だ。どちらも地獄の君主――これ以上は無茶だと思わないか?」

「観念しなよぉ。そんで、洗いざらい吐いてもらおうかぁ」


 地面に突き立てた三叉戟にもたれかかり、ベルゼブルが不気味に目を光らせる。

 マモンの泣き声が止まった。


「観、念……? か、かひっ、かひひひっ、それは……それはそれは――」


 黒い翼にうずもれていたマモンが、ばっと顔を上げる。

 血走った六つの瞳が二人を捉えた。


「それは私に一番遠い概念だ……!」


 引きつった哄笑とともに、マモンが翼を大きく開いた。

 するとそこに黄金の目のような紋様が浮かび上がった。

 黄金の紋様が奇妙な光線が放つ。とっさにベリアルは灯芯剣で防御を図ったものの、光線はなんの手ごたえもなく彼女達の体をすり抜けた。


「これは――」

「アテンの視線だ! かつて地上を支配した神の一柱の目……あんなのも持ってるのか!」

「……そのまなざしは降り注ぐ陽光の如く。無情に万象を暴き立てる」


 珍しくベルゼブルが切羽詰まった声を上げる中、マモンがゆらりと立ち上がった。

 六つの瞳は煌々と光り、ただベリアルだけを映していた。


「見つけたぞ……お前の価値、お前の財宝……!」


 囁くマモンの体には、明らかにさっきとは異なる力と気迫が漲っていた。

 背後の黒渦がざわめき、一本の長い槍を生じさせる。マモンが四本の腕でそれを掴むと、じゅうっと肉を焼くような嫌な音が響いた。

 ゆらりと向けられた穂先を見た途端、ベリアルは嫌な寒気を感じた。


「よこせ、よこせ……! お前の財宝、私によこせ――ッ!」

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