第九十七話 捕物準備
メルクはいったんアスタードの家を出ると、籠を持って付近を探索。そして半時ほどの時間をかけて戻って来た。
「おかえりなさい、メルクさん……あれ、それはなんですか?」
背中にしょい籠を背負ったメルクを見て、出迎えてくれたケーナが不思議そうに首を傾げた。メルクは曖昧な笑みを浮かべ首を横に振る。
「ああ、気にしないでくれ。大した物は入っていない。それより買い物から帰って来てたんだな、ケーナ。テテムはどうした?」
「テテムちゃんならここにいますよ?」
その言葉に、見ればケーナの背後に隠れるように立つ少女が一人。あまり接する時間はなかったはずだが、その様子からすっかりケーナのことを信頼しきっていることがわかった。逆にメルクには少し警戒するような目を向けてくる。
「……参ったなぁ。どうやら私は怖がられているらしい」
「テテムちゃん。この人はメルクさんと言って、とても優しい方ですよ?」
「……」
頭の後ろの方を掻いて気を落としたメルクに、ケーナがフォローするようにそう言うも、少女の視線が和らぐことはなかった。ケーナの服の裾を握り、あまり友好的とは言えない雰囲気を漂わせている。
「うーん、まぁいいか。ケーナに懐いているのなら、悪いけど面倒を見てもらってもいいか?」
「はい、もちろんです」
「アスタードは多分、ギルドに行ってるんだろう? 私はその間、奴の部屋を借りて少しすることがある。気にしないでくれ」
「はい」
ケーナにそう断ってから、メルクは籠を背負ったままアスタードの部屋へと躊躇うことなく入った。
アスタードには「この家にいる間は自由に使っていい」と言われているので、気兼ねする必要はないのだ。
「さて、何を調合するか……」
周囲を見て回り、拾ってきた物や採取してきた物を机の上に広げる。
広げられたそれらは主に草や木の幹、枝や葉っぱなど他人が見ればガラクタもいいところだろう。子どもの遊戯にしか使えまい。
だがメルクにとっては扱い慣れた大事な素材たちである。この素材を用い、ここで作ることのできる薬剤を調合するつもりなのだ。
さすがに師匠であったルゾーウルムの作業所のように器具は整っていないが、アスタードはそれなりに研究道具をこの部屋に置いている。薬術に応用できそうな物もいくつかあり、これならば大抵の薬は作れるだろう。
問題は、何の薬を作るかである。
(うーん……とりあえず『沈痛血止め薬』と『魔力回復薬』、それと『解熱薬』でも作るかな?)
少しは自分用にストックが欲しいところであるが、薬を作る主な目的はケーナへの礼のためである。
メルクが女装をする手伝いをしてくれた彼女へ、メルクなりにお返しがしたかったのだ。若い娘であるため、貴金属や流行りの服などの方が喜んでもらえるのかもしれないが、ケーナはアスタードの弟子になりたがっている。あの男の弟子になるのであれば、きっと『血止め薬』などの実践的な薬は役に立つはずだ。
メルクはさっそく薬作りに取り掛かり、作りたかったものを手早く完成させてしまった。少しブランクがあったために難航するかと思えば、やはり繰り返した修練は嘘をつかないらしい。
「思ったより早く完成したが……あ、そうだ。余計なお世話かもしれないが、何があるか分からないし、な」
メルクは使わなかった素材を吟味し、思い立って新たに薬を調合することにした。
その薬とは、ずばり『体力回復薬』だ。
『体力回復薬』は本来、多量の出血により体力を失った者や、極度に疲労した者たちへ体力を回復させるために使用される。無論、熱や風邪などの倦怠感にも効く。
だが『体力回復薬』はその本来の用途とは別に――いや、本来の用途以上に異なる目的で買い求められることが多い。
その目的とは――夜の営みである。
(あのむっつり大賢者もいい歳だからな。いざケーナと閨を共にしようって時に『アレ』だったらケーナが可哀そうだしな……)
「うん、うん」と内心で何度も首肯しながら、メルクは予定になかった『体力回復薬』まで調合した。
いくらも気の早いことであるし、本人たちには本当に余計なお世話な気の使い方だった。おまけにアスタードのだらしなさを想定しているのであれば、ケーナにではなくアスタード本人に渡せばいいのだが、残念ながらそこには気が回らない。
有体に言って、下世話にもほどがあった。
「うわっ……こんなに散らかして」
メルクが作業に没頭しようやく薬の調合が終わった頃、ギルドへ赴いていたアスタードが帰って来た。そして部屋に入って中を見るなり、思わずと言った様子で眉間に皺を寄せる。
「悪いな、今すぐ片付けるよ。ちょうど作業は終わったんだ」
「そうですか……しかし、薬術とは興味深いですね。こんな雑草や木の枝が薬になるなんて……いつか僕も学んでみたいものです」
部屋の中を掃除し始めたメルクに、散らばっていた素材をしげしげと観察しつつアスタードが言う。様々な知識を持つ大賢者と言えども、どうやら薬術に関しては門外漢であるようだ。
「ふふん。まぁ、機会があれば教えてやるよ」
「いいえ、けっこう。君から教わるなんて屈辱なので」
「……そうか」
胸を張って得意げな顔をしたメルクに、アスタードがバッサリと切り捨て首を横に振った。メルクは少し落ち込んだ。
「それより、いくつか話があります。先ほどレザウ公爵と連絡を取るため、ギルドへ行ってきたんですが――」
「公爵と連絡を取るため? ギルドに公爵が来ているのか?」
気になったメルクは思わずアスタードの言葉を遮って首を傾げる。アスタードがギルドへ行ってきたのは知っているが、よもや公爵と連絡を取るためとは知らなかったのだ。
するとメルクの問いに、アスタードは呆れた顔をして首を横に振った。
「そんなに都合よく公爵がこの街に来るわけないじゃないですか。ギルドには公爵の元へ直通の魔石が置いてあるんです。それを借りて連絡を取ってきました」
「へぇ、そんなに便利なものがあるのか……あれ? そんな話を誰かもしていたような」
何やら聞き覚えのある話に記憶を探れば、今朝出会ったトトアラのパーティー――『風の守り手』がそのような会話をしていた気がする。
あの時はそれどころではなかったのでよく聞いてはいなかったが。
「話してわかったことですが、公爵の方も冒険者を雇って独自に内偵を進めていたようですね。そして冒険者が持ち寄った情報と君が手に入れた秘密書類があれば、どうやらフォナン伯爵をしょっ引くことができるようです」
「へぇっ、それは重畳じゃないか。じゃあ、近日中には伯爵は捕まるのか?」
メルクの問いかけに、アスタードはもったいぶるように腕を組んで難しい顔をした。
「外聞的に、おそらく公爵の兵が直接フォナン伯爵を取り調べる必要があるでしょう。なのでその公爵の兵が到着するまで二、三日――あるいは四、五日の猶予はあるのではないでしょうか?」
「なに? その間に、きっと伯爵は私が秘密書類を盗み出したことに気が付くぞ?」
「ええ、そうでしょうね」
あるいはこの瞬間にはもう、フォナン伯爵は隠していた書類が無くなっていることに気付いている可能性だってある。
「兵の到着まではおそらく監視もつくはずです。が、絶体絶命の窮地に立たされていることに気付いた伯爵が、妙な真似をしでかさなければいいのですが――」
「……」
アスタードのその願いは、どう考えても叶わないようにメルクには思えた。




