第百十七話 そう思っていたのだけど……
ぱから、ぽこら……。のどかな音。
領都サリーデルを騎馬の一団が進んでいく。
鎧の兵たちを従えて、その中心で馬を駆るのは麗しきご令嬢たちだった。
先頭を、オリエンス家当主、女大公ナホルシアが堂々たる様子で進んでいく。その隣には、かの帝国の叡智、ミーア・ルーナ・ティアムーンと、その愛馬、東風が続く。
かつて馬合わせを制した東風は、ナホルシアの愛馬、明陽に負けず劣らず落ち着き払った歩みを見せていた。そう、ミーアの騎士たるこの馬は、常に泰然自若。マイペースにのんびりとした、ぬぼぉっとした歩みが特徴の馬なのだ。
さらにその後方にはシオン王子が、従者キースウッドと連れ立って馬を進ませる。その後にオリエンス家の麗しき双子姫、イスカーシャとロタリアが、さらに、ミーアのお供のご令嬢、ティオーナとリオラが続く。
ちなみに、シュトリナとベルは馬車の中から、それを眺めている。
「それにしても、まさか、ナホルシアさまだけでなく、オリエンス家のご令嬢方まで馬に乗れるとは思っておりませんでしたわ」
振り返った先、のんびり、パカポコ、馬を歩かせているのは、ロタリアとイスカーシャだった。双子の令嬢は、それぞれに自らの愛馬に乗り、特に戸惑う様子もない。乗り慣れているように見えた。
「お二方の馬も、月兎馬なのかしら?」
「はい。騎馬王国から贈られた駿馬です」
イスカーシャがどこか得意げな顔で頷いた。
――ふむ、騎馬王国の方たちが大切にしている月兎馬を三匹も揃えているとは……やはり、オリエンス家と騎馬王国とは繋がりが深そうですわ。となると……。
ミーアはニッコリ笑みを浮かべて、
「実に、良き馬ですわね! わたくし、騎馬王国にも行ったことがございますけど、これほどの馬はなかなかないのではないかしら?」
とりあえず、馬好きは愛馬を褒めておけ! というのがミーアの処世術である。
「それに、ナホルシアさまの明陽も……」
視線を向けて……、その落ち着き払った歩みを見て、ふと思い出す。
セントノエルにいる相棒のことを……。
――荒嵐も、年を経ると、あんな感じに落ち着くのかしら……。いつまで荒れ馬でいてくれるかしら……。
今はまだ元気な荒嵐でも、いずれは年老いて、この馬のように大人しくなっていくのかもしれない。
東風のように最初から落ち着いている馬ならばともかく、あの荒嵐が穏やかになってしまうのは……ちょっぴり寂しさを感じてしまうミーアである。
「どうかなさいましたか? ミーア姫殿下」
不思議そうに見つめてくるナホルシアに首を振って、
「いいえ、なんでもありませんわ」
感傷に浸りつつも、ミーアは首を振った。
さて、馬に揺られること、しばし。辿り着いたのは広大な敷地を誇る練兵場だった。
見張りの兵に声をかけ、門をくぐると、目の前に広がったのは広大な空間だった。
複数の兵舎が建ち並び、軍馬を繋いでおく厩舎も併設されていた。馬をそこに預けて進んでいくと、訓練施設が見えてきた。
疑似的に作った堀、小高い丘陵を再現した場所、はたまた、城門での戦いを想定した、城壁、城門を簡易的に再現したものなんかもあったりして……。
ともかく、さまざまな場所での戦いを想定した訓練ができる場所だった。
――ふむ、革命軍に攻められた時のことを考えて、帝都の専属近衛隊にも帝都での戦い方を想定した訓練を積んでいただくのが良いのではないかしら……。城門で戦うのと、平地で戦うのとは当然違うでしょうし……。
っと、熱心に訓練施設に目を向けていると……。
「ミーアさま、あの施設に興味がおありですか?」
アンヌが真剣な顔で聞いてきた。
「ええ、そうですわね。実に素晴らしい施設ですわ」
「はい。そう思います……。少しタチアナさんに相談してみましょうか」
「……はて? タチアナさん、ですの?」
なにやら、意味のわからないことを言い出すアンヌに、小首を傾げるミーア。アンヌは生真面目な顔で頷いてから、
「私もお付き合いしますから。頑張りましょうね」
「…………はて?」
「さぁ、こちらへどうぞ。席をご用意してあります」
そうこうしている間に、ナホルシアに案内されたのは、物騒な練兵場には不似合いな観覧席だった。オシャレなデザインのテーブルが並べられ、頭上には木製の屋根が作られた、ちょっぴり素敵な野外お茶会場といった場所だった。
「ここは、我がオリエンス家でもよく利用している的場です。子どもたちにも、ここで練習させたものです」
ナホルシアの言葉を証明するかのように、イスカーシャが遠くに見える的に目を向けた。距離は、およそ、三十mと言ったところか。
横から素早く近づいてきた執事から弓矢を受け取ると、流れるような動作で矢を番え、思い切り引き絞り……放つ。
びゅん、っと、耳を叩く鋭い音。風を切り裂いて飛んで行った矢は、狙い違わず、的のど真ん中を打ち抜いた!
「おお! お見事。当たりましたわ!」
ミーアの歓声にちょっぴり得意げな顔をしながら、イスカーシャがテーブルのほうにやってきて。テーブルの上のお菓子をひょいぱくする!
「疲れたら、この席に戻ってきて、みんなでお菓子をつまんだりもできますし。とても良い場所ですよ」
ナホルシアが悪戯っぽい笑みを浮かべるのを見て、ミーアもパチパチッと手を叩いた。
「それは素晴らしいですわね。運動すれば、お腹が減りますし。大切なことですわ」
体を動かし、消費した分をすぐにお茶菓子で補給し、また、お茶菓子を弓で消費する。
素晴らしく考えられた施設だ、と感心しきりのミーアである。
そんなこんなで、和やかな空気が漂っていたのだ。
あくまでも、平和な会だと思っていたのだ。
ミーア的にはそのつもりだったのだ。
今日は、のんびり楽しんで明日以降のキノコ狩りが勝負だ……と。
そう……思っていたのだが……。




