第百十五話 キースウッド、やりがいを思い出す!
「なるほど。ナホルシアさまと向き合う、と……それは、ロタリア嬢との縁談をお断りするだけではなく、ということでしょうか?」
「ああ、そうだ」
腕組みしつつ、シオンが頷く。
「ロタリア嬢との婚儀は、ナホルシアさまの意を受けてのことだろう。とすれば、当然、オリエンス家に与えられた役割とも関係しているはずだ」
「シオン殿下への掣肘を強めるということでしょうか」
「そうだろうな。あるいは他にも思惑があるのかもしれない。オリエンス家は、サンクランド国王の『正しさ』を保つための家。そのための武力も持っている。しかし、その剣を抜くことは、実質的には許されない」
口元に手を当て、シオンは続ける。
「ナホルシアさまは賢明な方だ。抜くべきでない剣は抜かないし、王家と表立って対立するようなことはしないだろうが……。だからといって口を出すべき時には躊躇なく出す方だ。この縁談でなにか、こちらにメッセージを送っているんだろう」
「やはり、例の諮問機関の在り方でしょうか?」
「そう考えるのが妥当だろうな。保守派にとって、サンクランド国王は神聖不可侵に近い存在だ。その王が相談をしたり、意見を求めたりすることを前提とした機関など許せないだろうしな。ナホルシアさまご自身がどうお考えかはわからないが、保守派の中核として諫めないわけにもいかないだろう。あるいは、そのような貴族がいることを慮れ、と暗に知らせようとしているのかもしれない」
保守派中核として、なにも言わなければ侮られる。ナホルシア個人の意見はわからないが、外面を保つうえでも、行動しないわけにはいかないのだ。
「それで、どうするおつもりですか?」
「悪いが、これについては折れるわけにはいかない。じっくり腰を据えて話すさ。そして、そのうえで、ティオーナのことを認めてもらうつもりだ」
「ナホルシアさまを納得させるのは、なかなかに骨が折れそうですね」
っと言いつつも、そこまで心配してはいないキースウッドである。
こう、なんというか……「ミーア姫殿下を止めるよりマシなんじゃないか?」などと思う次第である。
その内、彼が「帝国の叡智よりマシ」などと、おまじないを口ずさみ始めないか心配になってしまう。
「まぁ、そちらに関しては俺がなんとかするしかないんだが……。ティオーナのことについて、どう話すかは少し悩んでるんだ。それで相談したかったんだが、なにか、良い考えはあるか?」
「ううん……そうですね……。客観的に見て、ティオーナ嬢は悪い相手ではないと思いますがね。ミーア姫殿下がティアムーンの女帝になれば、その友であるティオーナ嬢と婚儀を結ぶことには意味があるでしょうし。寒さに強い小麦を発見した人物の姉君でもある。ナホルシアさまにそのあたりのことを説明すれば、一定の納得は得られると思いますけどね」
腕組みするキースウッドだったが、直後、その顔に悪戯っぽ笑みが浮かんだ。
「ちなみに、認めてもらえなければどうするおつもりで? 恋心に促されるままに、国を捨てて逃げますか?」
まぁ、それも楽しいかもしれませんが、っと肩をすくめると、シオンは楽しげに笑った。
「ははは、確かにご令嬢たちの小説でそういったものもあるみたいだな。俺も試しに一冊読んでみたが……」
「なにか、学ぶところはありましたか?」
「そうだな。まぁ、読み物としては面白かったよ。ご令嬢はこういった物を嗜むのか、と良い勉強になった」
「それはそれは。しかし、実際のところ、どうですか。シオン殿下は、仮に王位を継がなかったとして、ティオーナ嬢のことを選んだんですかね?」
そう問いかければ、シオンは、ふむ、っと鼻を鳴らしたが……。
「それは、あまり意味のある質問ではないな……」
「と言いますと?」
「俺は、サンクランドの王子だ。幼き日より、そのように教えられて育ってきたから、それは、俺の価値観の根底を成すものになっている。それに、この体を形作るもの、日々、食べていた物も、国民の血税で賄われていたものだ」
手のひらをじっと見つめながら、シオンは続ける。
「すでにこの体には、サンクランドの王子としての責任が、血肉となって息づいている。もしも、なにかがあったとして……仮に俺が廃嫡されるようなことがあったとしても、その責任は恐らくは消せはしないさ」
どこまでも、どこまでも、シオンはサンクランドの王子だ。
その自負は、すでに彼の一部になっている。
「民から受けた恩がある。この体を形作っている。それに報いぬのは無責任というものだ。俺にはそんなことはできない」
「なるほど。なかなかに恋物語のように簡単にはいきませんか」
生真面目に過ぎる自らの主に、キースウッドはため息を吐いた。
「まぁでも、正直なところ、俺としてはシオン殿下が思いのままに婚姻を決めてしまっても良いとは思いますけどね」
「ふむ、それはなぜだ?」
不思議そうに首を傾げるシオンに、キースウッドはしたり顔で答える。
「我がサンクランド王国の要は、誇り高き国王陛下ですから。王妃の第一の仕事は、貴族たちとのやり取りや、外国との関係を維持することではない。国王陛下を支えることということになりましょう。だから、それに最も適した方を選ぶべきでしょう」
「なるほど、それは道理だな」
「そうでしょう? 最悪、それ以外の仕事は国王陛下がやればよいのですよ」
それを聞き、シオンは困った顔をした。
「うーん……文句の一言も言うべき場面かもしれないが……ミーアのやっていることを見ると、何も言えなくなるな」
肩をすくめつつ、首を振り、
「まぁ、せいぜい、励むことにしようか」
そうして、晴れた顔をする主を見て、キースウッドは「これだよ、これこれ!」っと、やりがいを覚えるのであった。




