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第百十三話 ハマりつつある……

「まぁ……その……わたくしをモデルとしたステンドグラス構想はとりあえず置いておくとして……。それで、なにか良いお話は聞けましたの?」

 危険な方向に話が流れて行きそうだったので……とりあえず、企画書をテーブルの隅に置いて話を戻す。っと、ルードヴィッヒは深々と頷き、眼鏡をくいっと押し上げた。

「はい。なかなか、興味深い話を聞くことができました。まず、ルスティラさまは……恐らく、蛇の策謀を察知しておられたようです」

「ほう……?」

 蛇と聞き、ミーアの中で警戒レベルが押し上がる。

「蛇の存在を知っていたわけではないのですが、蛇と思しき者たちが、悪意を持ってサンクランドに攻撃を仕掛けていると……そのように認識しておいででした」

 混沌の蛇の話は、一部の者以外には秘匿された情報だ。

 正義の国サンクランドであったとしても、それは変わらない。

 ――ああ、なるほど。もしかすると、ルードヴィッヒが許可を求めようとしていたのは……。

 ふと思いつき、ミーアはルードヴィッヒに目を向ける。

「もしや、ルスティラさまと蛇の情報を共有したのかしら?」

「そうですね。少々、確認しておきたいことがございましたので……」

 生真面目な顔で頷いて、続ける。

「そもそも、なぜ、辺境伯家が大公家となったのか……そのあたりの事情が気になっていたのです」

 そうして彼は話し出した。

 オリエンス辺境伯家が担っていた自浄の役割のこと、王弟と婚儀を結び、大公家となることが、この国にどのような影響を及ぼすのか……。

「すでに、このあたりのことは、ご存じだと思いますので、わざわざ私が口にする必要もないことですが……」

 などと、ミーアがまったくもって“ご存じじゃない”ことを語るルードヴィッヒ。ミーア、一切表情に出さずに、なるほどー、っと心の中でだけ頷く。

 ――王が悪政を敷いた際には、それを止める役割。ふぅむ、わたくしにとってのギロちんのようなものかしら……?

 断頭台の化身が飛び跳ねるのを想像しつつ、ぶるるっと背筋を震わせるミーアである。

「その辺境伯家が大公家となったことで、自浄の機能を失い、却ってその権勢に王の不審を招きやすくなった。それにより、内戦の危機が高まる……なるほど、これはいかにも蛇が好みそうな状況ですわね」

「はい。ですから、初めはルスティラさまが蛇なのではないかと考えたのですが……。調べれば調べるほど、あの方は、踏みつけにされた敗北者とは程遠い」

 混沌の蛇の根本思想たる『地を這うモノの書』。その核は、弱者から弱者、敗者から敗者へと感染する思想だ。

『自分たちを踏みつけにする秩序など破壊してしまえ』と囁くその思想は、勝者には響かない。

「それに、蛇から利益を得る者でもない。あの方は、蛇に頼ることなく、ご自分で利益を生み出せる器だと感じました」

「なるほど……。それで、そのルスティラさまがお考えであったのが……」

「はい。より深刻にサンクランドを歪める可能性について、でした」

 『唯一絶対』の正義……他国の正義を認めないその思想は独善的で排他的。サンクランドのような大国が持つには、非常に危険な思想と言える。

「ただ一言『唯一の』とつけることで、サンクランドを変質させるとは……実に厄介ですわね」

 相手が喜びそうな言葉で、致命的な歪みを生じさせる、実に悪質。実に厄介。

 ――まぁ、実際には蛇の策謀によるものかどうかはわかりませんけれど……。ともあれ、ルスティラさんのお考えはわかりましたわ。

「それと念のために、蛇の話を出して揺さぶりをかけてみましたが、特に反応は見られませんでした」

「ああ、一見するとサンクランドの自浄機能を壊したのはルスティラさまですし、最も怪しいことは事実ですものね……」

 九割がた白でも、念のために確認してきたルードヴィッヒの慎重さに満足しつつ、ミーアは唸る。

「しかし、相変わらず厄介ですわね。連中、本当、どこにでも、どの時代でもおりますわ」

 蛇は滅びない、と言っていた、巫女姫ヴァレンティナの顔がチラつく。心を落ち着けるため、深々とため息を吐き、目を閉じて腕組み……。

「なるほど、いずれにせよ、そのあたりの事情を踏まえたうえで、行動していく必要がございますわね。ふむ……」

 しかつめらしい顔をして……。沈黙……。

「…………ふむ」

 数秒の後、ミーアは思う……。

 ――いやいやいや、ど、どうすれば……?

 状況的に考えると、ロタリアの結婚自体は、そう悪手とは言えない。

 オリエンス家にとってみれば、王家への自浄作用を保ちつつ、王家に匹敵する勢力を誇る自家に対して、王の不審の目が向かぬようにする良い手だろう。

 ――ティオーナさんの結婚を実現させるためには、最低限、オリエンス家の緊張を解きほぐす必要がございますけれど……。う、ううん……。

 ルードヴィッヒが去るのを見送ったミーアは、アンヌのほうに厳しい顔を向けて、

「アンヌ……寝汗を流すために、蒸し風呂に行きますわよ!」

 ……ちょっぴり蒸し風呂にハマりつつあるミーアであった。


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― 新着の感想 ―
ルードヴィッヒにとっては「さすがはミーア様。やはり動じないか…そして気分転換にサウナ。なるほど…もう何か糸口を掴んでらっしゃるようだ。ディオンに声をかけておくべきか。すぐ動ける方がいいだろう」ぐらいの…
>アンヌ……寝汗を流すために、蒸し風呂に行きますわよ! 果たしてこのサウナがミーア様の海月脳を覚醒させて叡智を覚醒させて生み出すのかそれとも唯脂汗をかきながら頭を抱えるのか又はオリエンス女大公かルステ…
「ただ一言『唯一の』とつけることで、サンクランドを変質させるとは……実に厄介ですわね」  相手が喜びそうな言葉で、致命的な歪みを生じさせる、実に悪質。実に厄介  ――まぁ、実際には蛇の策謀によるものか…
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