第百十三話 夢の話である。くれぐれも……。
「あら……ここは……」
目の前にそびえ立つ建造物に、ミーアは思わず首を傾げた。
それは、極めて巨大な大聖堂であった。
白月宮殿すらも上回る、そのあまりの巨大さ、壮麗さに、ミーアは吐息をこぼした。
「なんとも、美しい神殿ですわね」
……ちなみに事前に言っておくと、夢である。
ただの夢であって、決して、どこかの時間軸に存在する記憶というわけではない。
あくまでもただの夢だ。決して将来あるかもしれない現実の可能性などではない! ないのだ! ……たぶん。
それはさておき……。
「領都サリーデルの教会がこんなに立派とは思いませんでしたわ」
あのガラス工房の後で、教会に案内してもらったんだったっけ? と小首を傾げつつ、辺りを見回す。けれど、不思議なことに、人の姿はまったく見当たらなかった。
「はて、妙ですわね。イスカーシャさんかロタリアさんがご案内してくださっているものと思いましたけど……」
小首を傾げつつ、まるで吸い込まれるように、ミーアはその中へと足を踏み込んだ。
白い石で造られた堅牢な聖堂、磨き抜かれた壁は輝きすら放っていて、幻想的なまでに美しい。
窓から降り注ぐ柔らかな陽光に目を細めつつ、ミーアは大聖堂の前方に進んでいく。。
しつらえた聖餐卓の上には、厳かにロウソクの火が揺らめいている。その前に立ち、まるで促されるようにして、ミーアは視線を上げ……ぽっかーん、と口を開けた。
「なっ、あ、あれ……は……?」
そのまま、かっちーんっと固まるミーア。その視線の先には、堂々たるステンドグラスがあった。
お、おお……っと、ミーアの口から畏怖の声が漏れる。
その、荘厳極まるステンドグラスは、なんと、ミーアの肖像を描いたものだったのだ! しかもしかも!!
「なっ、なんですの……あの珍妙な服は……」
そう、ただのミーアの肖像画ではない。ミーアが……こう、なんというか、ピンクのフリフリしたド派手な衣装に身を包み、なにやら巨大な剣、聖剣ムーンキャリバーを振り回しているという、勇ましくもヘンテコ極まるステンドグラスだったのだ!
「たっ、ただの肖像画ならば百歩譲ってわかりますけど、あの格好は一体……? というか、聖堂のこんなところに飾られたら、まるで女神か天使のように見えてしまうような……」
「ミーアさん……」
突如、背後から声をかけられ、ミーアはびっくーんっと跳びあがった。
「なっ! ら、ラフィーナさま……?」
ぎくしゃく、と振り向いた先、ラフィーナがニッコリ笑みを浮かべて立っていて……。ついでに、その隣には、親しげに親指を立てる、ギロちんの姿もあって……!
直後、ミーアは、はっと目を開ける。
目に入ってきたのは、見知らぬ天井……ではあったものの、すぐにそこがオリエンス公爵邸だとわかり、ミーアはホッと安堵の吐息をこぼす。
「まぁ、夢ですわよね……うん。わかっておりましたわ」
小さくつぶやきつつ、その身を起こす。
「……しかし、悪夢でしたわね」
そうなのだ……ミーアは優雅な昼寝の真っ最中だったのだ。
ガラス工房でちょっぴり汗をかいたミーアは「今日も、いっちょ絞っとくかな! たっぷり食べるために!」っと思い立ち、蒸し風呂に入りにいった。そうして、入浴、水浴び、蒸し風呂の過酷なコンボによってすっかり疲れた体を休めるべく、ベッドに横たわった……までは記憶があるのだが……。
「ううぬ、すっかり眠ってしまっていたようですわね。晩餐に向けて、少し体を動かしておこうかしら……」
などと身を起こしたところで、
「あ、ミーアさま、お目覚めでしたか」
アンヌが、寝起きの水を持ってきてくれた。お礼を言いつつ、それを一息に飲み干し、ふー、っとため息。どうやら、体が水を欲していたらしく、もう一杯お代わりを飲んだところで、
「ところで、お眠りの間に、ルードヴィッヒさんがいらっしゃいましたが……」
「あら……? ルードヴィッヒが? ふむ……」
そういえば、午後、どこかに行くとか言ってたっけ? と思い出す。
――なにか、重要な用事がどうとか言っておりましたけど……気になりますわね。なにか変なことをしていなければ良いのですけど……。
つい先ほど見た夢のことを思い出す。
――ガラス工房で何か、ヘンテコな着想を得てしまっていなければいいのですけど……。
一度は信じると決めたものの、なにか、こう……黄金像に匹敵するようなトンデモネェ提案を持ってきそうで、若干、怖くなるミーアである。
いやだなぁ、聞きたくないなぁ、でも、聞かないままなのも怖いなぁ、聞くしかないかなぁ……。ということで、早速、事情聴取のために呼び出してみると……。
「実は、前大公夫人、ルスティラさまとお会いしてきたのです」
ルードヴィッヒは極めて生真面目な口調で言った。
「前大公夫人……?」
「はい。オリエンス辺境伯家が大公家になった際の、当主の奥方様です。一時はオリエンス辺境女伯になるのではないか、と噂されていた方で、ナホルシアさまの母君でもありますから、ナホルシアさまの説得のための材料をなにか得られないかと思いまして……」
その言葉に、ミーアは衝撃を受けた。
自身が蒸し風呂で、おーふ! っとイロイロ絞っている最中、忠臣ルードヴィッヒはミーアのために情報収集に努めていてくれたのだ。
「ああ……ルードヴィッヒ。あなたは、やはり忠臣ですわ」
一瞬でも彼のことを疑ってしまったことを、ミーアは恥じた。そう、彼はいつも変わることのない忠義をミーアにささげてくれるのだ。
感動に打ち震えつつ、ルードヴィッヒを労おうとしたミーアであったが……。
「ああ、それと、こちらはお時間があるときで構いませんびで、御目通しください」
「ふむ、これは?」
「ミーア姫殿下の肖像画をステンドグラスで描いてはどうかと思い、計画書を作ってまいりました」
「…………ほう?」
「聖ミーア学園でガラス技術の研究を進める際、なにか目標を定める必要があると考えます。あの学園に集まる者たちは、ミーアさまへの無上の忠義をささげる者ばかり。であれば、ミーアさまのお姿をステンドグラスで、描くという目標を設定することで、士気を上げるのはいかがかと思いまして……」
差し出された忠義の塊に、思わず引きつった笑みを浮かべるミーアであった。
……ちなみに、しつこいようではあるが、大聖堂の夢はあくまでもただの夢である。間違いなくただの夢である。
将来的に、帝国に巨大な大聖堂が建てられ、ミーアの珍妙なステンドグラスがそこに収まる、なぁんて未来があるわけではない。可能性があるわけでもない!
あくまでもただの夢なのである! たぶん……。




