65 尼子方戦国武者来襲
「あーお腹すいた」
激闘を制した剣奈がほっとしてつぶやいた。のんきなものである。
「そうそう。きび団子と桃太郎寿司、買ってたんだよね」
「桃太郎の祭りずし」である。剣奈に名称の違いを言っても仕方ないか。大体分かれば良い剣奈である。
「うふふふ。桃さんのお弁当箱、可愛いなぁ。洗って使おうかな」ワクワクして剣奈はお弁当の蓋を開けた。
「うわぁ!キレイ!黄色のピラピラが敷き詰めてある!エビ、穴子、魚、タケノコ、シイタケ、野菜!色とりどりで沢山。おいしそー!」
豪華なお弁当を眺めて気分が高まった剣奈は鬼山城址の南の丸の高台に腰を掛けて景色を見渡した。そして打穴川、退治山、勝﨏などを眺めながら桃太郎の祭りずし弁当に舌鼓を打った。
祭りずしときび団子を食べ終わり腹心地の落ち着いた剣奈はのんびりと来国光に尋ねた。
「美味しかったぁ。腹が減っては戦はできぬってね。お母さんの口癖。さてと。クニちゃ、巫女舞する?場所どこ?」
やけに静かな来国光である。黒震獣は倒したはずである。邪気の防御機構は崩したはずでなのである。なのに何故か来国光の心がざわついた。嫌な予感が沸き上がる気がした。
しかし上機嫌の剣奈の張りを崩すべきではない。無闇に剣奈を不安がらせる愚は避けるべきだ。来国光はそう考え、能天気な剣奈の声に先ほどから空返事を繰り返していた。
『あー、そうじゃの。邪気の潜む場所を探らんとの』
実は来国光はとうに探していた。しかしどういうわけか探知が安定しないのである。妙な揺らぎを感じられるのである。
その時である。来国光は一帯の地面からナニカが呼び起こされた気配を感じた。邪気が動いた。そんな気がした。
『注意せよ、剣奈!何か来るぞ!』
警鐘を鳴らす来国光である。剣奈ははっと気を引き締めた。そしてソレは現れた。黒い靄だった。人形に見えた。
東側に十、人形のナニカが現れた。黒い揺らめく影ながら、戦国武者のようにも見えた。
敵は横一列、横陣の陣形で並んでいた。
シュバババッ
武者のような黒い揺らめきからナニかが一斉に放たれた。黒く細い針のようなナニかが剣奈のいる場所を襲った。
剣奈は前方に跳び、それを避けた。剣奈のいた場所に十本の黒い針が刺さり、地中に消えていった。
『弓兵か?弓矢のようなものを放ちおるぞ!』
「なになに?ナニが起こってるの?敵は黒犬じゃなかったの?」
『これはまさか!しかしそうとしか考えられぬ。うううむ。奴らの思念が聞こえる』
「なに?なんて言ってるの?あいつら何者なの?」
シュバババッ
『これは!先ほどの我らの闘いによって呼び起こされたこの場の残留思念じゃ。邪気が戦場の残存思念に取り付きおった。あやつらの思念が聞こえる。剣奈、お主が尼子家再興を阻む宿敵じゃとな』
「えーーーー!尼子家ってなに?ボク、尼子さんに悪いことなんて、何もしてないよ?」
『残留思念じゃ。もはやまともな思考は持っておらぬ。目的と方向性だけの強い思念の残滓じゃ。邪気によってお主が敵方じゃと刷り込まれれば、その残留思念の方向性はお主に向かい、明確にお主への敵意となる』
シュバババッ
「えー。嫌だよ。人殺しなんて。話し合うことはできないの?ボク、あの人たちに敵意なんて何も無いよ?」
『あ奴らはすでに人ではない。ただの残留思念じゃ。思念の残滓じゃ。その思念を核に、邪気により実体化しとるだけじゃ。黒震獣と変わらん。いや、人の姿を模しただけの黒震獣じゃ。黒震獣念とでも呼ぼうかの。剣奈、人ではない。遠慮はいらぬぞ!』
シュバババッ
会話の最中にも断続的に打ち込まれる矢のような暗い針。言うなれば黒矢。黒矢は黒震獣念につがえられ、次々に放たれた。
『武者姿の黒震獣念は箙(腰にかける矢の入れ物)から矢を取り出す仕草はしておる。じゃが箙に矢は見えぬ。人であった頃の体の記憶だけでが刷り込まれておるだけのようじゃの。あ奴ら何も無い箙から黒矢を取り出し、弓につがえ、放っておる』
「そうなの?」
『剣奈、ひとまず前方の草むら、空堀のような場所に身を隠すのじゃ。飛び道具でこられては分が悪い』
鬼山城の斜面に塹壕のような溝が彫り込まれてあった。細長い凹型の地形である。剣奈は間断なく打ち込まれる黒矢を避けるため横矢掛りに飛び込んだ。一時的に身を隠すためである。
剣奈の飛び込んだ場所は横矢掛りと言う。本来は攻め手を苦しめるための仕掛けである。殺到する敵に対して高所から矢や鉄砲を浴びせかせる必殺の仕掛けなのである。
一時的に矢から逃れるために避難したが、剣奈はそこに長く留まることはできない。隠れている間に黒震獣が押し寄せ、高所に陣取られてはたまらないからである。
高所を敵に抑えられればどうなるか。高所から凹底の剣奈に黒矢が雨あられと打ち込まれることになるだろう。底には隠れる場所もない。なすすべもなく剣奈は無数の黒矢に撃たれ無残にハリネズミのような骸をさらすことになろう。
それにしても剣奈、砂防ダム底といい横矢掛りといい、つくづく凹に縁があるようである。




