64 黒獅子撃破
剣奈は黒獅子に向けて疾走していた。あっという間に剣奈と黒獅子との間合が縮まった。
黒獅子は急速に狭まる間合いに驚き、慌てて剣奈に跳びかかった。
剣奈の手元で何かがキラリと光った。光は円を描きつつ迫ってきた。黒獅子はゾッとするような気配を感じた。
黒獅子は手足に思いっきり力を込め横に飛び退いた。
「ワシが小娘の斬撃に脅威を感じて逃げるだと?」
黒獅子は歯噛みした。しかし黒獅子はプライドなどにかまっていられない何かを感じた。
ヒュン。剣奈の斬撃の刃閃が真横にきらめいた。黒獅子は間一髪でそれを避けた。
剣奈の放った斬撃は水平薙ぎだった。剣奈は走り込みながら体を左にねじった。駆けながら接近し、黒獅子の鼻先から胴体にかけて真横から左一文字に切り裂くつもりだった。
駆けながらの前方への推進力、そして捻り溜められた力の解放からの薙ぎ斬り。
剣奈はすれ違いながら敵を真横から両断するつもりだった。頭で考えたわけではない。ただ身体が本能的に動いた。
黒獅子が横に飛んだ。それを見た剣奈は右足で突進を止めた。突進からの急激な停止。
身体の発達していない子どもの華奢な足首、膝、股関節にかかる猛烈な負担。耐えられるはずがなかった。
「ん♡」
しかし剣奈は耐えた。本能的に右足先から足首、脹脛、膝、腿、臀部、腰にかけて剣気を送り込み、強化した。
猛烈な突進の推進力が瞬時に溜められた。溜められた力は直角反転、真横方向に放出された。
「んん♡」
剣奈の運動ベクトルの方向は、踏みしめられた右足足を起点として、瞬時に真横に向けられた。剣奈は跳んだ。真横に。黒獅子を追うように。
振り抜いて前方に流れた右手は、そのまま、流れるように背中に回り、振りかぶられた。
剣奈は右足の力の解放で跳躍した。剣奈の左足が大きく前方に振り出された。左肘は折り曲げられて黒獅子を向いた。
左足が着地した。着地した左足は力強く大地を踏み込み、蹴り出された。刹那、左肘が勢いよく後方に引かれた。体軸が回転した。右肘が前にでた。
体が入れ替わった。今度は右足が着地し、強く踏み込まれた。右足を起点として、大地の力を強く踏みしめた右足を起点として。そして剣奈の右肘が前に出た。
ビュン!瞬時遅れて、右手首、そして刀身が、切っ先が、大きな円を描きつつ現れた。
「んあぁ♡ いっけえぇぇぇぇぇっ!」
叫び声とともに、刀は振り切られた。剣奈の右頭上から左下に。切っ先がきらめき、光が一筋の円の軌道を描いた。袈裟斬り。
ブワッ
黒獅子は飛び退いた態勢のまま真上から剣奈に深々と斬り下ろされた。黒獅子の身体は切り裂かれた切り口から崩壊していった。そして身体全体が黒霧になっって風に溶けた。
黒獅子が消えた。
「ふぅっ!」
一瞬の静寂。そして…………
ドヤ顔っ!
「にひひ。クニちゃ、やったよ?ボク。こんな大きな黒獅子やっつけたよ!」
黒獅子と闘った神秘的な少女も何処かに消えてしまった!一瞬前の息を呑むような、見惚れるような動きは何だったのか。感動を返して欲しい。
まこと剣奈は残念美少女である!




