184 朝日さし 白蛇、セイント・スノーソード加入 漂う香りは剣奈の秘密
鍾乳洞に吹き荒れる猛烈な神気の嵐は、玲奈たちも巻き込み、まばゆく光り輝いた。白蛇と犬の怪異も、白黄の光に包まれ、輝いた。
白黄の光の奔流は、気を失っていた玲奈と藤倉の意識を呼び戻した。
「剣奈!くっ、テメェ」
パシュ パシュ
玲奈が女(白蛇)に向けて剣気弾を放った。
カツン カツン
剣気弾は女を通り抜け、岩壁に当たった。
「ちっ!覚えてやがれ」
タタッ
玲奈は走り出した。白蛇の施した結解の術式は、剣奈の白黄の輝きによって、吹き飛ばされていた。玲奈は結解に阻まれることなく、洞窟の奥に向けて駆けていった。
やがて玲奈に、光り輝く石筍が見えた。そして、それを掴んで跪いている剣奈の姿が。
「剣奈っ!」
「玲奈姉!」
剣奈は玲奈に抱き着いた。
「あのね……」
剣奈が篠の物語を語った。
「おい白蛇!その村はどこだ!そいつらの子孫すべて皆殺しにしてやる」
玲奈は激怒していた。玲奈の境遇に自分の過去を合わせた。身勝手な村の男と女に、激しい憤りを感じた。
「玲奈姉だめだよ。今の世でそれをやったら殺人だよ」
剣奈が玲奈に抱き着いて呟いた。涙を流しながら。
「人って哀しいね。そして怖いね」
剣奈は瞳を伏せ、言葉をつづけた。
キャウン、ペロペロ
岩屋の犬が、剣奈に駆け寄り足をなめた。
「そいつ、剣奈の神気で浄化されなかったのか」
『少彦名命と市寸島比売命の眷属たる白蛇と、ずっと暮らしておったのじゃ。おそらく怪異とはいえ、眷属扱いになっておるのじゃろ』
「そういうもんなのか?」
『うむ』
蛇の神である宇賀神は、今日、弁才天と習合して、宇賀弁才天として祀られる。
蛇弁財天の頭上で、白蛇がとぐろを巻く姿。弁財天の周囲を、白蛇が巻いている姿。これらは日本古来の蛇神である宇賀神との習合に由来する。ちなみに宇賀神は人頭蛇身の姿で描かれることもある。
白蛇は弁財天の使いとされている。白蛇は縁起のよいものとして神聖視されており、財運や繁栄、あるいは知恵の象徴と信じられている。
無自覚にやっている人もいるだろう。蛇の鱗を財布に入れたり、蛇皮の財布を用いたり。金運を上げるおまじないとして。
弁才天あるいは市寸島比売命は、剣奈と玲奈に縁の深い神様である。
宝塚の塩尾寺断層の闘いや甲山の闘い、そして越木岩神社でのお礼参りの時などで、市寸島比売命は、剣奈の呼びかけに反応し、剣奈たちに加護を与えた。
玲奈の魂の一部である怪異の片割れは、夫婦岩に囚われていた。玲奈は無自覚に夫婦岩や越木岩神社に惹かれ、たびたびバイクでそこを訪れていた。
そんな彼女のことを、女性守護の神である市寸島比売命はずっと見守っていたのである。
あるいはもっとずっと前からかもそれない。ひょっとすると、玲奈が前世で、神戸の座敷牢に囚われていたときからも。
仏教で弁財天と呼ばれる神は、インドの神様サラスヴァティーを由来とする。 सरस्वतीとは水を持つものであり、そこから水と豊穣の女神を意味する。
聖なる川は、サラスヴァティー様の化身であり、川に流れる言葉、知識、音楽、芸術などを司る。
日本神話では市寸島比売命が水の神様である。そのことからサラスヴァーティは弁財天であり、また市寸島比売命であるとされている。
「おぬしからは懐かしい風をいくつも感じる。おぬしの側におると心地よい。妾はおぬしの友となってしんぜようぞ」
「うん。友達が増えるのはいいことだよ。白蛇様はボクの勇者パーティーに加入したんだね。これからボクたちはパーティーメンバーだね!」
剣奈が嬉しそうに言った。
「まて!そいつ、敵だぞ!アタイらに噛みついて毒を流しやがった!」
「すまぬ…… すこし眠ってもらっただけなのじゃ。なんの害も与えておらぬ……」
「手前勝手なこと、ぬかしてんじゃねぇぞ!」
「この娘と篠の話を邪魔してほしくなかっただけなのじゃ。許してたもれ…… この通りじゃ……」
白蛇が玲奈に向かって頭を下げた。神の眷属が、人に向かって頭を下げたのである。ただ事ではない。その様子を見た来国光が、白蛇に助け舟を出した。
『その白蛇の言う通りじゃ。おぬしらが倒れた後、こやつはおぬしらを気遣うておった。すまぬと謝っておった』
「ち、そうかよ」
「ほんにすまなんだ……」
白蛇が再び頭を下げた。剣奈はその様子を見て、白蛇のことを可哀そうに感じた。
「玲奈姉、白蛇さんも悪気なかったようだし…… あの女の人、篠さん。彼女も、お祈りの後、「ありがとう」っていって、天に帰っていったよ?許してあげよ?この子、仲間に入れてあげよ?」
「ちっ、そうかよ。剣奈がいいならいいさ。それにしても…… またおかしなメンバーが増えやがったぜ。おい白蛇、お前、名前はあるのか?」
玲奈が言葉悪く言った。
――あの…… 玲奈さん?白蛇は神様の御使いだぞ?いいのか?その言葉遣いで。しかし…… された仕打ちを考えると、その対応も仕方ないか…… 玲奈らしいか……
「人は妾を「おしら様」と呼ぶ。「しろちゃん」と呼ぶことを許そう」
白蛇が返答した。その言葉に反応し、藤倉が口を開いた。
「おしら様?東北で農業の神として、おしら様信仰があるね。けれどその正体は蚕じゃなかったかな。ご神体は桑の木で作られることが多かったと記憶しているのだけど」
「細かいやつじゃのぉ。おなごとつきおうたことがなさげじゃ。そんなんではもてぬぞ?」
白蛇が藤倉を揶揄した。そして付け加えた。
「ちなみに妾はよくその桑の木とともに描かれておるぞよ?」
「桑の木と?そういえば桑の木は、雷除けの木でもあったけ。そして蛇や龍は雷として描かれることも少なくないよね。その縁かな?いやまてよ。津軽の伝承で「たこ」の正体が蛇で、「おしら様」として祀られるという話も聞いたような気がする」
藤倉が思い出しつつ語った。
「別にどうでもいいだろ?こいつが自分のことを「白ちゃん」っていうんだから、こいつは白だ」
御託を並べる藤倉に、うんざりした玲奈が吐き捨てた。
「うん。白蛇ちゃんは、白ちゃん、しろちゃ。それでいいよ。おいで、しろちゃ」
剣奈が言った。白蛇は、剣奈の足に巻き付き、チロチロと舌を出した。
スンスン
玲奈が鼻を鳴らした。
「ん?なんか臭えな。ションベンの臭いがシやがる」
「え?いや、その……」
剣奈がきょどきょどと挙動不審になった。玲奈は、藤倉から取り上げたオイルランタンであたりを照らした。白蛇の結解が吹き飛ばされ、ランタンは火がつくようになっていた。
そして玲奈は見つけた。見つけてしまった!石筍の側に広がる、黄色い水たまりを!
玲奈は剣奈の股間に視線を移した。見てしまった!剣奈の股間にじっとりと濡れた跡があるのを!染みが広がっているのを!
「剣奈、テメエ、漏らしやがったな?」
「あ、あの、その…… 怖くって……」
剣奈は真っ赤になった。そして叫んだ。
「もう!玲奈姉のいじわる!」
剣奈は入り口に向かって走りだした。
「藤倉、拭いとけ。環境保全だ。剣奈の清らかな気にさらされた聖水だ。キサマにはむしろご褒美だろ」
玲奈がそう言い捨て、剣奈の後を追った。玲奈は剣奈を追いかけ、鍾乳洞から出た。
いつの間にか朝日が昇り始めていた。真っ暗だった丘は、夜の帷を明け、光が差し込んでいた。
キラッ
朝焼けが、剣奈の背を明るく照らしていた。神々しい輝きだった。
剣奈は広がる海を見ていた。そして考えていた。この地に捕らわれつづけていた、篠の魂を。この地の怪異談、幽霊談のもとになった篠。壮絶な人生だった。
(ボクは少しでも彼女の苦痛を癒す手助けができただろうか。彼女は輪廻の輪に還って次こそは幸せな人生をおくれるだろうか)
剣奈は頭を垂れ、深く祈りを捧げた。
波は静かに海岸に打ち寄せ、返し、また打ち寄せていた。人の生の繰り返しを暗示するように。
風は剣奈を取り巻き、優しくそよいでいた。




