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【16200PV感謝】剣に見込まれヒーロー(♀)に 乙女の舞で地脈を正します 剣巫女・剣奈 冒険の旅  作者: 夏風
第九章 千剣破の奮闘 そして篠の道

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183 祈りと洞窟の神風

「ひどい……」


 篠へのあまりに壮絶な仕打ちに、剣奈は絶句した。


 アタ……シ……ハ…………

 ムラデ……ミ……ンナト……

 ト……モニ……イキタ……カッ……タ……


 池に沈められた篠の思念は強く残った。篠は助けてくれた村のみんなと、一緒に生きたかった。村に恩返しをしたかった。弥右衛門様、皆様に恩返しがしたかった。


(どうしてこんなことになってしまったのか。笑顔が足りなかったのか。もっと自分から誘えばよかったのか)

 

 そんな想いが、篠をこの地に縛り付けた。成仏できなかった篠は、ときおり水にゆかりのある場所で目撃されるようになった。

  

 篠の「村に恩返しせねばならぬ」、「男に奉仕せねばならぬ」との強い思念は、周りに漂う思念を引き寄せた。

 

 死の思いにとらわれた者が、知らず知らず引き寄せられ、水底に消えた。入水して命を落とした者たちの成仏できない魂は、篠に引き寄せられ、篠を取り巻いた。

 

 やがて怪異や幽霊の目撃談、入水の名所、などの噂が広まった。それを恐れた人々の想いもまた、思念エネルギーとして篠の思念に捕らわれることになった。

 

 人々は怪異を恐れた。祟りを鎮めるために幾度か池に人身御供が沈められた。「サンマ」である。しかしそれらはむしろ、篠を取り巻く怪異エネルギーを増幅させる糧になるだけだった。

 

 篠を取り巻く思念や魂塊は繭となり、成長して怪異「赤い服を着た女」あるいは怪異「白い女」になった。


 金山ダムの噂、「赤い服の女を見た」、「すすり泣く声や子守唄が聞こえる」。


 鮎屋ダム下流の鮎屋の滝の噂、「滝に向かって歩いていると背後に白い女が立つ」、「けして振り返ってはならぬ」。

 

 篠が最後に着ていたのは、白の肌小袖だった。篠は背中から貫かれ、小袖は赤く染まった。しかし、小袖の袖や裾は白いままだった……

 


「村に恩返しせねばならぬ」


 篠の強い想いから水辺に近づいた男を追うのが怪異の本質となった。明確な意識がないまま篠は水辺に近づいた男を追いかけた。


「男に奉仕せねばならぬ」


 篠はそう信じ込まされていた……


 追いかける男に追いつくと篠は奉仕をするために前に回り込んだ。しかし篠の手はもはや生身に触れることは出来なくなっていた。

 

 奉仕できぬ無念をかかえたまま、篠は水に戻った。


 篠が消えたあと、篠のいた場所には、水だけが残された…… まるで篠の涙のように……


「もてなしが足りなかったから村を追い出されたのだ」


「心を込めて沢山もてなせば村に戻れる」


 もてなせない悲しみが募るごとに、篠の「想い」は益々強く重くなった。


 想いの折り重なった強力な思念核は、ますます浮遊霊や人を引き寄せるようになった。そして篠の自我が薄れるとともに、纏わりつく相手の性別は関係なくなっていった。


 篠のもう一つの心残りは産めなかった我が子だった。恩ある村の子。篠は子を産み、村に感謝をしつつ育てたかった。

 

 恩に報いられず水に流してしまった子を想い、篠は涙を流した。悲しげに哭いた。


 声を聞いた人は「すすり泣く声が聞こえる」と怯えた。噂が広まった。

 

 流れた子を想う慚愧の念は、篠に子守唄を唄わせた。それらは近づいた人の耳に入ることもあった。哀しい唄声は人の心を揺さぶった。


「子守唄が聞こえる」。噂が広まった。

 

「けして振り返ってはならぬ」


 それは篠が無自覚に人の闇を増幅してしまうから……


 篠の強い想いと入水した魂の負力は、近づく人の心の闇を刺激した。闇の意識に囚われた人はふらりふらりと水に誘われた。


「入水の名所」として知られるようになった。

 

 篠の思念繭が邪気に取りつかれなかったのは僥倖(ぎょうこう)だった。知ってしまえば、剣奈はおそらく闘えなかったであろう。


 ――――


 ワタ……シ……ハ……

 ム……ラト……ト……モニ……

 イキ……タ……カッタ……

 ダケ……


 篠は話を終えた。


 深い静寂が訪れた。


 剣奈は篠にかける言葉を持たなかった。母の千剣破であれば、祖母の千鶴であれば、篠に寄り添える言葉を話せただろうか。

 

 篠の心に沈殿した想いは、剣奈の心にも流れ込んでいった。剣奈は水中深く篠と沈んでいく錯覚にとらわれた。

 

 月が水面を照らすのが見えた。キラキラと美しかった。剣奈は光に向かって手を伸ばした。光は美しく、けれど果てしなく遠かった。


 ピチャリ


 光は遠く幽玄の彼方に去り、闇がすべてを支配した……

 

 これが篠の見続けてきた風景……

 

 光の届かぬ深く暗い水の底……

 

 きつく食い込む縄で無慈悲に締め上げられ……

 

 呼吸を奪われ石を抱かされて。抗う術もなく沈み続け……

 

 愛しき胎の子は、救いの余地なく槍に貫かれ……

 

 母子ともども呼吸かなわぬ水牢奥底に……

 

 数百年の絶望……

 

 数百年の過たれる救いへの渇望……

  

 篠の目に映った生の途切れる刹那の月の光は、この上なく美しかった…… そして幽玄に消え去ったその輝きの残滓は、残酷なまでに心を切り裂いた……

 

 剣奈は篠の意識に同調していた。呼吸が奪われた身動きも取れない苦しさの中で、剣奈は言葉を探し続けた。懸命に探し続けた。瞳は固く閉じられ、唇は強く噛みしめられ……


 時は凍り付いたように止まっていた。


 剣奈はうつむいた。血の出るほど唇をかみしめた。そして……瞳を開けた……


 剣奈は立ち上がった。言葉はあきらめた。同情、慰め、励まし、すべて無意味だと感じた。


 浮かぶ言葉はすべて水底に沈んでいった。暗い水の底でそれらは虚ろに消え去った。そして……無だけ残った……。


 言葉は要らない。ただ自分にできることをすれば良い。やりたいことをすれば良い。

 

 剣奈は思った。自分がやりたいこと。篠の穢れを祓い清めたい。心を込めて巫女舞を舞いたい。己があたう全てを行いたい。

 

 剣奈は篠に深く頭をたれた。篠の魂が呪縛から解き放たれて幸せな生を得られるようにと願いを込めた。

 

 剣奈は感ずるままに北東南西の順に深く頭を下げて四方拝を行った。

 

 四方拝を終えた剣奈は、高く両手を広げて天を仰いだ。そのまま黙祷して祈りを捧げた。

 

 剣奈はゆっくりとまぶたを開いた。そして緩やかに舞い始めた。

 

 剣奈はくるりくるりと、優雅に舞いはじめた。天に掲げられた両手は、舞いとともに徐々に下げられていった。


 開かれた両腕は、身体の回転とともに体の周りで円を描いた。腕は徐々に螺旋を描くように下げられた。


 風が吹いた。剣奈の周りで風が舞った。清らかなるそよ風が剣奈を取り囲んだ。風が剣奈の髪を、衣服を、優しく揺らした。

 

 剣奈は(ひざまず)いた。両膝をついて石筍を掴んだ。洞窟全体を清める依代にするためである。

 

 剣奈は瞳を閉じて祝詞を奏上し始めた。淡路島で国づくりをした二柱、黄泉を司る神様、癒しの神様、夜を司る神様、女性と水と蛇を司る神様、海を守護する神様、そして祓戸の四柱に呼びかけた。

 

 おのころの島から葦の船、天磐櫲樟船(あめのいわくすふね)に乗せられて水に流れされた蛭子命(ひるこのみこと)。後に恵比寿神とも言われ、また少彦名命と同一視されることも多い。

 

 神話や伝承で蛭子命と少彦名命の関係は直接記されていない。しかし両柱には「小さな神」「水に流れる(流された)神」「漂流する神」「再生、復活を司る神」など共通点が多い。そのため両柱を同じとする伝承は多く散見されるのである。

 

 剣奈は水に流れされた赤子の冥福、篠とその子への癒やし、そして輪廻への復帰と再生への想いを深く祈りに込めた。


◆イラスト 剣奈渾身の祈り

https://kakuyomu.jp/users/SummerWind/news/16818792437260970167

挿絵(By みてみん) 

≪≦cb2a3531381fb42431b32f08bce9837f.jpg|C≧≫

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()けまくも綾に(かしこ)き天土に

神鎮(かむしずま)()

(いとも)も尊き 大神達 

ことわけて 

伊弉諾尊(いざなぎのみこと)

伊弉冉尊(いざなみのみこと)

黄泉津大神(よもつおおかみ)

少彦名命(すくなひこなのみこと)

月読命(つくよみのみこと)

市寸島比売命いちきしまひめのみこと

綿津見命(わたつみのみこと)

瀬織津比売命(せおりつひめのみこと)

速開都比売命はやあきつひめのみこと

気吹戸主命(いぶきどぬしのみこと)

速佐須良比売命はやさすらひめのみこと

大前(おほまえ)

慎み敬い (かしこみ)(かしこみ)(まを)さく

今し大前に参集侍(まいうごなは)れる篠と剣奈

高き尊き御恵(みめぐ)みをかがふりまつりて

(かたじけな)(まつ)(たふと)み奉るを以って

今日(けふ)を良き日と択定(えらびさだ)めて、

禍事(まがごと)(かぎり)

祓清(はらひきよめ)めむと、

諸々の禍事 罪 穢 有らんおば、

持ち去りて

祓ひ給ひ 清め給えと白すことを、

聞こしめせと

恐み恐み白す


 剣奈の祈りに応えた神々の神気が、鍾乳洞に流れ込んだ。神気は剣奈の手を通じて、石筍に注がれた。鍾乳洞が神気で満たされた。神気の風が強く吹きわたった。


 ア……リ……ガ……ト……ウ……


 篠は白い光に包まれ空中に解けた。篠の呪縛と存在は解かれ、篠と赤子の魂は輪廻の輪に還された。

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