177 ツンデレ玲奈 藤倉に珈琲を入れる
「ちぃ」
玲奈は忌々し気に声をあげ、ワルサーP38の安全装置を外した。
―――― 出発前、宝梅にて
「おい剣奈。肝試しに行くんだったら念のため剣気弾を作っておいてもらえねぇか?」
夜の野島鍾乳洞に肝試しに行くことが決まって、玲奈は剣奈に剣気を込めた剣気弾を作っておいてもらえるか尋ねた。
「うん。いいよ。ん♡」
「わりぃな。無駄に剣気を使わせちまってよ」
「ううん。全然平気。でもなんで?」
「万が一のためだよ。まあ多分つかわねぇだろうがな。けどホントに霊が出たらアタイがこいつをぶっ放して剣奈を守ってやるよ」
「わぁ。ありがとう。玲奈姉大好き」
――――
「はっ。まさか剣奈じゃなく、クソ藤倉のために貴重な剣気弾を使おうとはな」
玲奈はワルサーP38の銃口を藤倉に取りついていた霊に向けた。玲奈には見えていた。白く靄のような霊体が。そしてその霊体の中に核があるのを。
玲奈は核に向かって照準を合わせた。
パシュ
玲奈は照準を合わせたまま静かにワルサーP38の引き金を落とした。白黄に輝く剣気弾が銃口から放たれた。
静かに引かれた引き金。照準は一切ずれなかった。幾度もの闘いを経て、玲奈はすっかり戦士になっていたのである。
剣気弾が放たれた。霊体の核に向かって真っすぐに。白黄の軌跡を残し、剣気弾が飛んでいく。
シュン
玲奈の剣気弾が見事に霊体の核を撃ち抜いた。核を粉砕された白い霊体は存在が薄くなり、やがて空中に霧散した。
コツン
玲奈は藤倉の頬をブーツの先でつついた。
「起きろ藤倉」
「んんん?」
「やっつけてやったぞ」
「そ、そうなんだ。ありがとう。助かったよ。霊が肩にいると思った瞬間、身体の力が抜けてね。気が遠くなったんだよ」
『霊に生体力を吸い取られたんじゃろ。よくある話じゃよ』
「エナジードレインか。ホントにあんだな」
玲奈は鼻で笑いながら言った。
「笑い事じゃないよ。身体から力が抜けて本当に死ぬかと思ったんだよ?」
藤倉が青い顔をして言った。
「心配すんな。まだ剣気弾は余裕があるからよ。じゃあ話の続きをするか」
玲奈はキャンプチェアを二つ取り出した。一つを藤倉にすすめ、もう一脚には自分が座った。
日は傾き、海に沈むところだった。夕日が赤く二人を照らしていた。赤く染まった玲奈の顔。藤倉にはそれがとても恐ろしく見えた。
『逢魔が時じゃな。現世と幽世の位相が重なりやすい時間じゃ。剣奈の神気や我々の話にひかれ、現世から霊が引き寄せられたんじゃろ』
「え?じゃあ話は続けない方がいいんじゃないの?」
「気にすんな」
玲奈がそっけなく藤倉に答えた。
ボッ
玲奈がオイルランプの灯をともした。そして二人の間に置いた。火はゆらゆらと揺らめき、瞬いた。位相の重なりを示すように炎は二重になり一重になり、また二重になった。
「こういう時は変に心に残すより全部吐き出しちまった方がいいんだ。なんならテメェのしょぼいもんをゆわえてやろうか?ちったぁ元気でるだろう」
「い、いや、俺は剣奈ちゃん一筋だから遠慮しとくよ」
玲奈はギラリと藤倉を睨んだ。
「剣奈には手を出すなよ?地球が滅ぶぞ?」
玲奈が藤倉の胸倉をつかみ、引き寄せて低い声で言った。
「わかってるよ。手は出さない。でも心で思うのは許してもらえるんだろ?」
「はっ。ヘタレ藤倉だからな」
「ひどいなぁ」
「まあ飲め」
玲奈は藤倉と話をしながら携帯ミルで豆を挽いた。そしてOD缶コンロで湯を沸かして珈琲を入れた。
挽きたての粉を使っての珈琲ドリップ。あたりに珈琲の香ばしい香りが広がった。玲奈はチタンカップに珈琲を注ぎ、ナイフでバターを斬った。そしてバターを珈琲にポトリと落とした。珈琲の豊かな香りとバターの甘い香りがまじりあった。
「ほらよ」
玲奈は出来立てのバター珈琲を藤倉に渡した。藤倉はバター珈琲を一口飲んだ。苦みのある珈琲のコク、そしてバターのうまみが合わさっていた。
藤倉は唇を口の中に引き込んで目を固くつむった。とてつもなくうまかった。エネルギーが身体中に戻ってくるのを感じた。
藤倉は目を開けて玲奈を見た。
(この娘は口は悪いが実は優しんじゃないのか?)
そんな気がした。
藤倉が異性として玲奈を意識した瞬間であった。素直になれない玲奈はそれをあっさりと突き放した。
「くそ気持ちのわりぃ目を向けてんじゃねぇよ。クズが。元気が出たんならさっさと話を続けな」
照れなのか、本心なのか、玲奈本人もよくわかっていない。
――いや、ならば私が言おう!ツンであると!
罵倒された藤倉は何時ものことだとばかりに小さく苦笑した。そして、ともかく話を続けることにした。




