169 ミッション戸籍訂正コンプリート 勇者剣奈の奮闘(実は百パーセント千剣破実行)
剣奈は千剣破の手を固く握ったまま、神戸家庭裁判所伊丹支部へ向かった。玄関には「神戸家庭裁判所伊丹支部」との表示が掲げられていた。
剣奈は正面の自動ドアに向かった。夏の日差しがドアに反射して、足元を照らしていた。
「剣奈は勇敢ね。さすがだわ」
「えへへへ。だってボク、勇者だもん。ヒーローだもん。クニちゃと一緒にいるために必要なことだもん」
千剣破は剣奈の頭をそっと撫でた。剣奈は笑顔で目をつぶった。
玄関を入ると受付カウンターが見えた。正面には長椅子が並び、壁際に案内板が設置されていた。明るい蛍光灯が天井から降り注いでいた。
サーー ザワザワザワザワ
エアコンの音が聞こえた。人のざわめきが部屋に満ちていた。千剣破は「家事・戸籍・身分」の家事受付窓口を見つけ、カウンターに進んだ。
カウンターにつくと、千剣破は持参した申請書類を取り出した。受付の女性が柔らかい声で尋ねた。
「おはようございます。どのようなご用件ですか?」
「戸籍訂正の申立てです。性別取り違えの訂正をお願いしたく思います。こちらに診断書と書類をお持ちしました」
「申立書と添付書類を拝見させていただきますね」
千剣破は書類一式を提出した。職員の女性が書類を見ながら、記載内容に誤記がないか確認しはじめた。
申請書の上部には「戸籍訂正申立書」と印刷されていた。申請書には次のような内容が記載されていた。
申立人:久志本千剣破
対象者:久志本剣奈
訂正事項:性別 男 → 女
理由:出生時の取り違えによる性別誤記。医学的証明書添付済。
書類には八百円の収入印紙が貼られていた。書類の下部に添付書類の欄があり、書類がホチキスで留められていた。
添付書類は、医師の診断書、剣奈の戸籍謄本、母子手帳の写し、申立人の身分証写し、などである。
千剣破がふと思った。
(性別を変えるという人生上の大切な手続きが八百円…… こんなに簡単でいいの?)
「申立人ご本人ですね。申立書には性別訂正の理由、現戸籍の記載内容、訂正希望内容をご記入されています。診断書も医師の署名・病院印あります。戸籍謄本も大丈夫です。書類はすべて揃っていますね。それではお預かりします」
「ありがとうございます」
「では、受付票にお名前を書いてお待ちください。後ほどご本人確認と補足説明をさせていただきます」
「はい。ありがとうございます」
千剣破は受付票に氏名を書いて提出した。そして剣奈と並んで長椅子に座った。周りは人々のざわめきはあるものの静かな雰囲気だった。
なんとなく話をするのもはばかられた二人は、黙って席に座っていた。長椅子には、手続き中の高齢者や親子連れが何組か座っていた。
千剣破は今後のことについて一生懸命脳内会議をしていた。剣奈は放心したようにただぼーっと座っていた。
十数分ほどたっただろうか。呼出番号が表示され、職員が声をかけた。
「久志本様、お待たせしました。申立書の内容を説明させていただきます」
千剣破と剣奈は個室に通された。職員が申立書の内容、添付書類、問い合わせ事項について丁寧に確認しはじめた。
「それではご本人様確認をいたします。お名前をお聞かせいただいていいですか?」
「はい。久志本剣奈です」
「ありがとうございます。申立書の内容に誤りがなければ、このまま受付します。後日、裁判所から審理日や追加資料案内が郵送されます」
「はい。よろしくお願いします」
「本日分の手続きは以上で完了です。ご質問などがございましたら窓口でご相談ください」
「ありがとうございました」
千剣破が立ち上がった。そして剣奈の手を繋いで一礼し、部屋を出た。時間は午前十一時過ぎになっていた。
「なんか、あっけなかったね」
玄関を出た剣奈がポツリと言った。
「ええ。そうね」
千剣破が答えた。
「でも、これも大切な冒険よ?よく頑張ったわ」
「えへへへ。そう?」
「ええ。じゃあご褒美をあげなくっちゃね」
「わぁ!なになに?」
「十二時から宝塚ホテルでアフタヌーンティーを予約してるのよ」
「やったぁ!」
「じゃあ行きましょうか?」
「うん!」
剣奈は元気よくバス停に向かった。予約の時間ぴったりである。
さすが千剣破。おみごと。




