164 諭鶴羽山での乙女舞神技 再生と浄化 (イラスト)
玉藻によって土砂降りの大自然の禊をした剣奈である。禊を終えた剣奈は四方拝を行った。
剣奈は地に頭をつけ、淡路の大地に深く感謝の意を表した。そして鳴門海峡の方を向かい、海、玉藻が抱かれていた海底を想い、深く頭を垂れた。
剣奈は思った。これまで邪気に取りつかれたこの島の生き物たち。犬、蛸、狸、猪、猿、そして狐……。
すべての生きとし生けるもの、そして大地が、地脈が……邪気のくびきから解き放たれますようにと。
そして剣奈は思い出していた。ここが日本の大きな結び目だといっていた山木の言葉を。九州、四国から淡路島南部を通って関東へ抜ける巨大断層だとの言葉を。そして来国光の宿敵が巣食う地でもあると。
今の剣奈にはここの邪気本体を滅する力はない。それでも、(はぐれ邪気だけでも……、力の限り清めよう……)。そう思った。
剣奈は再び地に頭をつけた。そして苦しかった闘いに終止符を打てたこと、死の縁から蘇らせていただいたこと、剣気結晶を作り上げることができたこと、さまざまなことを思いながら、神々に感謝の念を捧げた。
(犬さん、蛸さん、狸さん、猪さん、猿さん、全ての魂が……、邪気のくびきから解き放たれますように……。みんなで幸せに仲良く暮らせる世の中になりますように)
剣奈は立ち上がった。来国光を頭上に掲げた。そして緩やかに旋舞を舞い始めた。
来国光は頭上から徐々にらせんを描いて大地まで下げられた。剣奈の舞いにより、その場がどんどん清められていった。
剣奈は旋舞を終えると、丹念にわずかに残る邪気を清めていった。丹念に、根気強く。
やがてその場から邪気が消えた。あとはこの場の大地に深く根ざす邪気本体の浄化である。
剣奈は両膝をついた。そして来国光を地中深く突き立てた。瞳を閉じてしばし黙祷した。
◆剣奈の祈り
この地の産土の大神たちに、国づくりを行った伊弉諾命と伊弉冉命に祈りを捧げた。
伝承は言う。二柱が天沼矛で海をかき回した際にできた「最初の渦」が「鳴門の渦潮の起源」であると。
そして「国生み」を果たした両柱が鶴の羽に乗って舞い降りた聖地がこの地であると。
剣奈は死の縁から救い上げてくださった神々にも深く感謝の祈りを捧げた。
黄泉津大神、そして癒しの神である少彦名命である。
縁深いことに、この地、諭鶴羽神社にお祀りされている神々のご利益は「悪縁切り」「浄化」「再生」「無事回帰」である。
死の縁に追いやられた剣奈が、「死の淵を越え」「よみがえり」「現し世へ帰還した」。
その上でこの地の邪気を祓おうとしている。もはやただの縁ではあるまい。
諭鶴羽神社の主神は伊弉冉尊、そして速玉男命と事解男命である。
速玉男命と事解男命は両柱とも伊邪那岐命が「黄泉の国」から現世へ戻る際に生まれた二柱である。
速玉男命は強力な「生命力」「再生力」、そして「悪縁断ち」「無事回帰」「新たな出発」の守護神とされる。
まさに剣奈を救い、導いた神である。
続いて事解男命。名前の「事解」は「物事を分け、解く」「悪縁を絶ち」「新生をもたらす」との意味を持つ。
「悪縁消除」「問題解決」「災厄の浄化」の神格として、速玉男命とともに祀られることが多く「禊祓」の神とも称される。
この両柱は淡路島に祀られてはいるが、もとは『熊野権現』と深い縁を持つ。日本神話の中で「浄化」「再生」「禊」を象徴する重要な神々なのである。
剣奈はさらに多くの神々に祈りを捧げた。太陽の神。海の守り神。荒ぶる神。地震の神。山の神。火山の神。
そして……狐の神様たる倉稲魂命にも。
最後に祓戸の神様がたに、深く祈りと感謝を捧げた。
剣奈は瞳を開いた。高く朗々とした声で祝詞を奏上し始めた。
掛けまくも綾に畏き天土に
神鎮り坐す
最も尊き 大神達
ことわけて
伊弉諾尊
伊弉冉尊
黄泉津大神
少彦名命
速玉男命
事解男命
大日霊命
綿津見命
素戔嗚尊
武甕槌命
大山祇命
迦具土命
倉稲魂命
瀬織津比売命
速開都比売命
気吹戸主命
速佐須良比売命
の大前に
慎み敬い 恐み恐み白さく
今し大前に参集侍れるものどもは
高き尊き御恵みをかがふりまつりて
辱み奉り尊み奉るを以って
今日を良き日と択定めて、
禍事の限を
祓清めむと、
根の国、地のもとに持ち込まれたる
諸々の禍事・罪・穢・邪の気、有らんおば、
持ち去りて
祓ひ給ひ 清め給えと白すことを、
聞こしめせと
恐み恐み白す
剣奈が白黄の輝きに包まれた。地面からも白黄の輝きが放出された。
剣奈は来国光を地面から抜いた。そして両ひざをついた。先山に上半身を伏せて、深々とお辞儀をした。
この地に根差す邪気が浄化された。
剣奈は遠く中央構造線を見回した。和歌山、淡路、四国に向けて。
そこに巣食う巨大凶悪なる邪気。その邪気を滅する力を得る。それが今の自分に課せられた大きな使命と、深く決意した。
剣奈は立ち上がった。振り返った剣奈、そのあまりにもの美しさ、神々しさに、玉藻と玲奈は思わず息を飲んだ。
雲の切れ間から陽の光が差し込んでいた。まるでスポットライトのようだった。
剣奈は柔らかく微笑みながら風と戯れていた。身体を明るく輝かせながら……
第八章 完




